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ムラサキノハナ―あの日まで―

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プロローグ

この世界には天使と悪魔の2種類の種族が存在している。1つの大きな大陸を北は悪魔の世界、南は天使の世界とし、大陸の中央には大きな葉も花も無い木がたたずんでいる。ある戦争がきっかけで天使と悪魔は大陸中央の木を一直線の境界とし、お互いの世界に干渉してはならないという決まりを作った。数十万年という時が経ち、私、マレア·スウェードが住む天使の世界は平和だ。もちろん、悪魔にもあったこと無い。教科書に載るような非道で残虐な悪魔とそのような奴らが住む世界には行きたいとは思わない。


本編

自然に目が覚める。ベットから離れ真っ白なカーテンを開けると爽やかな朝の光が降り注ぐ。背中についた白く大きな羽根を気持ちよく伸ばす。今日は学校は休みだが、お母さんに買い物を頼まれている。病院勤めの母親はもうすでに起きて出勤しているだろう。ミルク色の背中まである髪をとかし、寝間着から外出用のワンピースに着替える。このワンピースは最近学校で作ったものでフィットする上に飛ぶときなどに羽根を動かしやすい。自信作で母や姉にも褒められた。お父さんは私が小さい時に天界に侵入した悪魔に殺されてしまった。玄関にある写真にワンピースを見せてみるとどこからか「よく似合ってるよ、マレア」と声が聴こえた気がした。

屋台で賑わっている街道についた。近くなのでわざわざ羽根で移動する必要もない。頼まれていたものを手短に買うが意外と奥まで来てしまった。早く引き返そう。来た道を同じように戻ると、さっきまで聞こえなかったであろう揉め声と白いローブを被った困り果てている男性がいた。こういうのはあまりジロジロ見るのも失礼だし、他の天使は気にしないのだろうけど…私は気になってしまう。ただ、単純に。

気づかれないように男の背後に迫る。気配を消すのは得意なのだ。声聞きつけて出てきたのか、店の奥から小さな女の子が出て来る。すると突然女の子視界から消え、手に持っているものが宙に浮く。それは男をめがけたが横に避けて回避、後ろにいた私が身代わりになる。バシャッ。黒の絵の具がワンピースを染めて仕舞った。「えっ…」とっさのことで理解ができない。「あぁぁぁぁっ!君後ろに居たの!?俺避けちゃったよ!!!」男が叫ぶ。お店の人もびっくりしたように言う。「あぁ、娘がとんでも無いご迷惑を…。これは水にも落ちにくく作ったのでシミになるかもしれません。お詫びと言ってはなんですがうちで作った洗剤をどうぞ」「お姉しゃん…ごめんなさい…怒った…?」実際悲しいものはあるがここで泣かせるわけにはいかない。「だ、大丈夫だ…よ」「俺洗浄魔法得意だから洗剤と併せてその絵の具、完璧に落とすから!!まじですまん!」男が手を合わせて謝る。早く帰りたかったが。自分でもこれは完璧に落とせない。せっかく綺麗にしてくれるんなら、お言葉に甘えよう。「分かりました」「おっけー、じゃあ俺の生活してるところで洗うから着いてきて!」別に自分の家でも良かったが流石に家族に見つかったらやばい。かと言ってこの人の所に着いていくのもおかしいが、仕方ない。自分の戦闘の成績は満点だ。なにかあったら跡形もなく消してやろう。そうして2人、屋台を離れた。

「いや~、まじでごめん!まさか後ろに人が居ると思わなくてさ~」男が話しかけてくる。「まぁ、完璧に落としてくれるなら別にいいですけど…」「当たり前だよ!あ!君、名前は?」果たしてこいつに教えて良いものか。「先に名乗ってください」「あ、俺はルカ·アメル。ルカでいいよ。てか、ルカって呼んで!」これはルカって呼ばないとめんどくさいタイプだ。「私はマレア」「名字は?」「…スウェード。マレア・スウェード」「おっけー。よろしくねマレア!」「………」しばらく歩いて居ると森に入った。「ルカ、こんなに遠くなら飛べばよかったんじゃ…」ローブを被っていて目元は見えないが口元が戸惑っていることを表している。「あはは…。まぁそうなんだけどね。いろいろと……足腰鍛えてるって思って!」…変なやつ。「ところで屋台でなんであんなに揉めてたの?揉めてなかったらこんなことにはならなかったのに」「あー、そうだね~紫の絵の具が欲しくて…。ぶつぶつ交換でいけると思ったんだけどなぁ。天界の絵の具って発色がいいからさ」「天界の絵の具って…どの店も取り扱っているのは天界の絵の具だよ?」「あぁぁ…ごめんごめん」何故か少し焦っているように感じる。「さぁ、もう少しだよ!」ルカが指差した先は川辺が見えるだけだ。「川しかないよ?」「他にもあるじゃん」あるのは焚き火の跡と、少しの荷物だけ。まさか……。「野宿してるの!?」「そうそう」いや、野宿するのは別に変なことではないけど…「最近悪魔の出没率が高いんだよ!こんな目立たないとこ危ないって!!」ルカがこちらを見つめる。「なに、心配してくれてんの?」「いや、うん…まぁ……」上手くはぐらかされた気がする。「じゃ、着いたところで汚れ落としをはじめるけど…そこに立ってくれる?着たままでいいから」大人しく川辺に立つ。店主さんからもらった洗剤を汚れたところにかけ、ルカが洗浄魔法をかける。「これ洋服濡れたままなんじゃ…」「心配ないよ。この魔法は乾かすまでがセットだからね」魔法をかけ終わると、何事も無かったかのように綺麗になり、私の好きな紫に戻った。「はい完了~。いった通り、綺麗になったでしょ?」「ありがとう…!」「いいのいいの」そう言ってルカは荷物をあさる。「そうそう、なんで紫の絵の具が必要だったかと言うと…ジャン!」そう言って1枚の画用紙を取り出した。それは、薄暗い紫の花をつけた1本の木だった。「ほんとはもっと綺麗で鮮やかな色なんだけど…俺が持ってるやつじゃこれが限界」確かにこれがもっと鮮やかで、明るい色だったら…。でもこんな花、見たこと無い。「提案なんだけどさ、」「?」「いっしょ見に行かない?」「…え?」「マレアと一緒なら見れると思うんだよね」「ど、どういうこと…?」戸惑っている私を見て、楽しそうに笑う。「じゃ、明日またあの街道集合ね」

―はぁ、結局来てしまった。

正直言うと、今日は休みの日じゃない。無断で学校を休んだのだ。今まで休まず行ってたのに、積み上げてきたものが今日で崩れ落ちた気がする。…自分の中であの木を見てみたいという気持ちが沸き上がってくる。そもそも紫の花がなる木の話なんて聞いたことがない。ほんとにそんなものあるのか…?それとも魔界に…。「マレア!来てくれたんだね!」ルカを見ると昨日と同じ白いローブを深く被っている。「行こうか」とりあえずルカに着いていく。しばらく歩いて街道を抜ける。「ねぇルカ、ほんとにそんな木あるの?天界で聞いたこと無いよ…」「心配しないで、マレアとならきっと見れるから」…信じてみるしかないか。「ところでどこまで行くの?徒歩で行くには限界があるよ?」ルカがこっちを見て微笑む。「境界まで」「…はぁ!?あそこは大人でも行っちゃだめって言われてるでしょ!しかも遠すぎるよ!徒歩じゃ無理!!私、お金少ししか持ってきてないよ!」「大丈夫、ちゃんとチケット用意してあるから」そう言ってルカは街の外れのボロ家に入っていった。「ここ、多分空き家だよ…?」自分も中に入る。扉を閉めると「おぉ、ルカか!」野太い声がした。「ちゃんと依頼終わらせましたよ。ビグノさん」ビグノと呼ばれた男はまるで天使族とは思えない姿をしていた。ボサボサの薄茶の髪に、頬に大きな傷跡、羽根も右が切り落とされたように短くなっている。「お前がルカが言っていた嬢ちゃんか、どうだ驚いただろう。天使にこんなやつがいるなんてな!どうせ裕福な育ちだろう。俺たちのことは存在すら知らないだろう」「……」本音をいうと、こういう事を生業にするのは悪魔だけかと思ってた。自分の世間知らずに絶望する。「さぁ、報酬のチケットを渡してもらいましょうか」ビグノは笑う。「おう、ちゃんとやってきたみたいだな。ほらよ、チケットだ」ルカはしっかりと受け取る。「嬢ちゃん、俺は神様だの運命だの信じねぇ。天使である俺すらこんなんだからな。若造の戯言だと思ってるよ。早く行って、ンなものないと理解してこい」そう言って私の分のチケットを渡された。「じゃ、俺たちは行きますね」「…フンッ」こうしてこの場所を後にした。

少し歩いて汽車乗り場に着く。プァァァァァァァッ。乗る汽車は結構豪華なものらしい。2人で指定された座席につく。ルカを見ると汽車の中でもローブを被っている。「…ルカ」「なに?」「はずさないのそれ…?」少し驚き、モゴモゴ言う。「……あんま人に姿みられたくなくてさ…。ごめんね」聞いちゃいけなかったかもしれない。「謝らないで!こっちこそごめん…」無言の気まずい空気を汽笛と景色がかき消した。

4時間ぐらい経っただろうか、「この駅で降りるよ」境界まで行ったことないからルカに着いていく。ここは境界が近いため、何があってもいいように騎士団が在住している。そのため、豪華な建物や公園が沢山ある。学校で習ったけど実際見てみると感動に近いものをおぼえる。「こっからしばらく歩くけど、大丈夫?」ルカが心配そうに聞いてくる。流石に体力の限界が近い。学校の戦闘授業の比にならない。「ちょっと休みたいかも…。のどもかわいたし…」近くにある水売り場で持ってきたお小遣いを使い水を買う。公園のベンチで飲む冷たい水は今までの疲労を流してくれた。「水うまぁっ!」横ではルカが何故か感動している。…それにしても誰かに見られてる気がする。街道にいたときから…、いやルカと会ったときから…。

不意に今までにない強い風が吹いた。それはそれは、身につけているものを吹き飛ばして仕舞うほどの…。ルカを見る。今ならローブの中身を見れるかもしれない。白いローブがゆっくり、スローモーションで飛ばされていく。…真っ黒な髪が見えた。白く尖った耳が見えた。そして、本でしか見たこと無い、しかし本で見るよりもも綺麗な、まるで彫刻のような焦げ茶色のうねった2本の角が見えた。強風が収まり、ルカがゆっくり目を開ける。輝く深緑の色がまるで宝石みたいだった。時間がゆっくりと流れた気がした。「悪魔だッッッ!!!捕まえろ!!」不意にそんな声がして時間がまた動き出した。ルカが立ち上がる。バサッ。広げた羽根は見たこともない漆黒でとても鋭い。長い尻尾が揺れる。まるで絵画みたいだった。グイッと腕を引っ張られる。「逃げるよ!」落ちないように私も羽根を羽ばたかせる。後ろからは大量の翅音と怒号が聞こえる。今、こうやって悪魔と逃げているということは私は悪魔の仲間、裏切り者であり天界のものではなくなる。天界にいる悪魔の最期は…。

「いやぁ、バレっちゃったな~」ルカは楽しそうに言う。「あれ、騙したとかおもわないの?」「………確かにルカは天使ではなかった。だけど、あの紫の木のことは本当だと思うから」「そっか、ありがとう!」そう言って私達は力強く羽ばたいた。……悪魔は悪で天使は善だと思ってた。けど実際は私が知らないだけで2種族の間に違いはなかった。同じ命を持って、生きてるんだなぁ。不意にルカが口を開く。「大陸の真ん中にあるあの大きな木の言い伝えって知ってる?」「いや…」「あの木いつもは枯れてるけど、運命が結ばれたとき、輝く、鮮やかな紫の花が咲きほこるらしいよ。ひいおばぁちゃんは見たことがあるらしい。でも周りの大人たちは繰り返す戦争で枯れてしまって、もう絶対に咲くことはないってお前が見たのは幻覚だって否定されたらしいんだ。」「………」一本の大きな木が見えた。花は咲いていない。たとえ、私がルカのことを想っていても運命じゃなかったかもしれない。ビグノさんのいうとうり運命なんて戯言かもしれない。木の根元に降り立つ。騎士団に囲まれる。


―二人、木の根元にもたれかかる。重い瞼をルカを見るために必死に開ける。ふと、目の前に紫の淡く輝く花びらが落ちてきた。上を見上げる。枝の先にはたくさんの花が咲き誇っていた。「運命…だね」二人はそっと手を握る。


運命とは必ず幸せなものじゃない。


エピローグ

今日は高校の入学式。誰よりも早く家を出た。特に将来やりたいことも決まっておらず、ギリギリまでどこに通うか悩んでいのだが、姉が持ってきてくれたパンフレットでここに通うと決めた。パンフレットによると校庭の真ん中に大きな桜の木があるらしい。噂によると、普通の桜の色と色が違うらしい。

校門を抜けるとサァっと花びらが目の前に降ってきた。淡く輝く紫色の花………。木の根元を見ると誰か立っている。黒い髪、白い肌、綺麗な深緑の目…。急激に記憶が流れ込んできた。これは誰でもない、私とルカの大切な記憶だ。ゆっくり1歩を踏み出す。転ばないように慎重に走り出す。そして…その胸に飛び込んだ。「運命だね」二人でつぶやいた。

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