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変わらぬ日常

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「ねぇ」
いつもならばまだ寝起きで不機嫌なはずの彼が口を開く。今年の桜は開花が遅く、四月となりやっとちらほら薄紅が目立ち始めたようで、彼はそれらに目をやりながらマフラーで覆われた薄い唇を動かした。
さく、今年もお花見する?……まだ咲いてないけどこれなら暖かくなった頃に満開になるんじゃないかな、そしたら丁度いいよね。」
彼の口から出たのは何でもない花見の誘いでなぜだか身構えた自分から力が抜けていく。自分はいったい彼からどんな言葉が出ると予想したのだろうか、よく分からないけれど。
「そうだな。去年は花見どころじゃなかったし、天音あまねが寒がりなせいで。」
ほんの少しからかってやれば軽く鳩尾に肘を入れられる。そう来るとわかっていたので痛くも痒くもなかったが一応ここは痛いという顔をしておかなければ。
いつの間にやら開いた身長差。少し見下げなければいけない彼の顔。光に透かされた柔らかな色素の薄い髪の毛は、男子にしては長く右サイドをピンで止めている。髪の毛が掛けられた耳には紅のピアスが一粒。身体に傷をつけるなんてと怒る親が大半だろうけれど彼にはその親がいない。否、傍にはいてくれない。
まだ幼さの残るその顔が悲しみに歪んでいく様を何度も何度も見てきた自分としてはもう二度と涙なんてものを流して欲しくはないのだけれど、その綺麗な紅玉の瞳にはいつも『あい』の色が乗せられており、儚げな雰囲気を醸し出す。華奢な身体と相まってまるで散り際の桜のような危うさと美しさが創り上げられていた。
じっと見つめすぎたのか此方の視線に気がついて彼がふっと顔を上げる。目が、合った。彼は不思議そうに首を傾げてから瞳を細める。やけに大人びていて一見心配なんて無用かのように見えるがそれはただの見せかけに過ぎない。
「なぁに、朔。そんなに熱心に見つめられると流石に僕でも照れちゃうんだけど?」
鈴の音のような声で我に返り、慌てて視線を背けた。
「いや、悪い…。天音は昔から変わらないと思ってな。」
「………変わったよ…………。ちゃんと、変わったよ、ね…朔……?」
嗚呼間違えた。混乱したよう問いかける彼に胸が締め付けられる。そう、彼は変わったのだ。変わったなんてそんな生易しいものじゃなく彼は全てを変えたのだ。無理矢理五感さえもねじ曲げて新しい人間になったのだった。
「ごめん、言葉が足らなかった。顔が、変わらないって言いたかったんだ。ごめんな。」
素直に謝れば彼はぺたぺたと自分の頬に触れてから、すぐいつもの笑みを浮かべた。
「そう?……もー、失礼だなぁ…童顔って意味?まぁいいけどね、それが僕の武器だし。」
彼の地雷に触れぬよう細心の注意を払いながら隣に居続ける。それはとても辛くはないかといつか誰かに問われたが、そんなこと一切ない。彼のそばにいることで存在価値を見出し、自分がそばにいることで彼が壊れることなく生きていける。なにより自分は彼が大切なのだ。大切な友であり家族であり、想い人なのだから。
そんな会話の間にも終業式以来ご無沙汰していた学舎に到着する。校門から少しした場所に張り出されたクラス分け。成績順に振り分けられているから見るまでもないが一応確認。彼は人混みが嫌いなので当たり前のように自分のクラス確認も俺に任せ人だかりを避けて玄関へ先に向かう。
「天音、今年も同じクラスだ。」
教師から手渡された二つのバッジのうちの片方を手渡す。この学校はクラスがSからCまで分かれており自分のクラスのバッジをつけることが校則となっているのだ。Sクラスならばつけて損は無いが彼はこのバッジを嫌う。
「いらない。捨てといて。こんなくだらない格付けなんて不必要でしょ、別にこのバッジがあるからって頭が特別良くなるわけでもないのにさ。」
ひらひら背を向けたまま手を振る彼に溜息を。そうは言われても受け取ってもらわないとこちらとしては困るのだ。回り込んで胸元に手早くつけてやればじろりと睨まれる。
「……受け取ればいいんでしょ、朔は堅物なんだから。校則なんて破るためにあるんだよ~。」
わざわざバッジ外し嫌がらせのように教師の手に握らせる。その教師には見覚えがあった。ああ確か天音が珍しく気に入っている保健教師。
「お~い、天音さ~ん?スムーズにバッジ渡されても困るんだわ、ほら早くつけろ。」
「うわっ、ちょっとせんせー酷くない?制服破れたらどうしてくれるんですかー!」
「わざとらしい敬語を使うなチビ。全くもう何でこんなガキがS組なんだろーな?理事長にまで取り入ってんのか、このやろ~。」
首根っこを掴まれ無理やりバッジをつけられている最中にも友達のような会話が交わされている。噂によれば彼がサボっている時の行き先は大体保健室らしい。どうやら餌付けされているよう。
楽しそうな彼の笑顔は自分にはなかなか向けられないものでどこかで胸が軋む音がした。
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