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第4部 連なってゆく青春篇

序章・夏【1】

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 夏、八月である。

 気づけば夏休みも終盤が近づき、時期としてはお盆を迎えていたわけで、俺は山中にある小さな田舎村にやって来ていた。

 といっても、俺の元々住んでいる街も、地方に点在するであろう田舎町ではあるのだが、ここは田舎も田舎。天地と星を見に行ったあの田舎町よりもレベルの高い、真の田舎だった。

 その証拠に、電車などあるはずもなく、バスは一時間に二本ほど。コンビニも無ければ、スーパーだって車で往復四十分もかかるような、そんな多大な距離があり、テレビだって、公共放送は映るものの、一部の民放放送は映らないような、そんなレベルでの田舎だった。

 ここは母方の実家であり、つまるところ、俺達はお盆参りに来ていたのだ。

 父親の車の運転で、先程やっと着いたばかりであり、墓参りを済ませ、俺は居間にあるテレビで、俺と同じか、それより少し上の先輩達が全力で白球を投げ、打ち、それを追って走る、彼らにとってそれは、大きな青春の一ページになるであろうその様を画面越しで眺めていた。

 つまりそれは甲子園であり、高校野球である。

 今やっている試合が、何回戦なのかは知らないが、しかしどちらとも全力だ。それもそのはず、勝てば次の試合へと進み、負ければ涙を流しながら、甲子園の黒土を手で掬って、袋に入れて持って帰ることになるのだから。

「なあ、兄貴」

 声が聞こえる。と言っても、俺をこんな呼び方するのは、生意気な我が弟であるはじめ以外いないのだが。

「兄貴もこの人達みたいに、野球に熱中してた時ってあったの?」

 それは多分、画面に映っている高校球児たちを見て、ふと思いついた素朴な疑問だったのだろう。

 俺も中学時代は、白球を追いかけて走り回っていた時期があったからな。
 
 まあ……万年球拾いだったから当たり前だが。

「そうだな……俺の場合スタメンにも入れてなかったから、正直この人達のように熱中してたかって言われると、そいつは嘘になるかな」

「ふうん」

「ただまあ、憧れはしたさ。一生懸命追えるものを追ってる人の姿って、輝いてるからなぁ」

「……っぷ」

「おい、なにわろてんねん」

「関西人でもないのに関西弁喋ろうとすんなよな。笑ったのは、薄情な兄貴でもそういうものに憧れたりするのが、キャラに合わないなって思っただけだよ」

「俺はそんなキャラ設定された覚えはねえよ」

 確かに以前までの俺は、薄情というか、そんな事件が起これば何にでも足を突っ込んでみようなんて、そんなキャラでは無かったのは間違いないのだが、しかしここ数ヶ月、高校に入ってからというものの、俺は立て続けに色々なことに、足をズッポリと、深く突っ込んじまっているからな。

 だからなのかは分からないけれど、昔はこの画面に映っている高校球児たちのように、何かに熱中するような青春に憧れていたわけなのだが、今自分が体験している波乱に満ちた青春にも、満更満足していないわけでもないので、昔ほどに、こういう人達が光って見えていたということは、実は無くなっちまったんだけどな。

 まあ俺にも、自分の駆け抜けるべき青春が見つかったってことなのかな。

「そういえば兄貴は、まだあの女の人とは付き合ってるの?」

「あの女の人?」

「ほれ、この前っつっても六月の時に、うちに連れて来たあの人だよ」

「ああ、天地か」

「そうだよ、理解が遅ぇな。大体、兄貴に女の人って言われて、誰のことか悩むほど、女友達がいるのかよ」

「失敬な、俺にだって多少は……」

 と考えたところで、思いついたのは三人。

 天地、神坂さん、そしてクラス委員長の早良のたった三人。

 思考するほどの数でも、ましてやギャルゲームの主人公のような、ハーレムパラダイスと呼べるほどでもない、というか、そう呼んだら恥ずかしくなるような、そんな人数だった。

「無駄な見栄だったってわけだな……」

 実兄の姿を見ず、そのままテレビの画面を見ながら嘆息する実弟。

 ホント、可愛げのない弟だ。中一、小学校出たてのわりには擦れてやがる。

 俺は……いや、俺もこんな感じだったか。中一なのに……いや、中一に上がった途端、無邪気はよこしまを得たような、そんな気もする。

「無駄で悪かったな……話は戻すが、天地とはまだ付き合ってるぜ。この前だって、あいつの家に泊まりに行ったんだからな」

「ふーん……」

 相変わらずそっぽを向いたまま、無関心な返事を返してくる元。

 出題者側としては、これ以上に無いほど最悪の態度だ。

 答える側としては、自然と不快感を感じざるをえない。

 訊かれてるはずのに、聴かれていない。

 そんな気になってしまう。

「でもさ兄貴、あの日泊まりに行ったのはいいけど、それ以来、外出してないじゃん」

「ん?」

 態度は悪いが、どうやらちゃっかり話は聞いていたらしい。

「外出してない……?まあ、残りの夏休みの課題もあるし、やっぱ外は暑いからあんまり外を出歩きたくはないからな」
  
 今年の夏は、例年に比べ猛暑となっており、外をしばらく歩くだけでもジリジリと、まるで肌を焦げ付かされそうな暑さとなっており、正直、吸血鬼でもないのに、太陽の光によって焼き尽くされてしまいそうな、そんな日照りの日々が続いていた。

 そんな中、活発に外に出て日光を浴び、黒々と健康的に日焼けしながらも、アウトドアを楽しむような連中とは異なり、完全インドア派の俺は、昼間は電気代を意識し、クーラーは入れず扇風機をつけ、なるべく日陰に入ってゲームをするという、現代のもやしっ子と言われてもおかしくないような、そんな日々を送っていた。

「いや……そうじゃなくてさ、というか、なんでこんな基本的な、ある意味常識的なことが分からないんだ兄貴は?」

「常識的……?」

 はて?俺は三つも年が離れている若造に、そんな俺のやっていることが世の理に反していると、非難を受けるようなことをやっているだろうか?

「まさか本当に分かってないのか?朴念仁もいいところだろ?」

 オーバーリアクションとも言い難いが、先程までテレビに目を釘づけにされていた元だが、俺の方にやっと振り返ったかと思うと、目を見開き、まるで引いてるかのような、軽蔑するかのような瞳を俺に向けていた。

 なんだコイツ……言わせておけば、こっちはこっちで段々腹が立ってきたぞ。
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