4 / 103
第1部 青春の始まり篇
第1章 悪魔の女との出会い【3】
しおりを挟む
「あっはっはっはっはっ!!やるじゃない岡崎君……何時から気づいてたの?」
パニックの元凶、天地魔白は何の悪気も無く、まるで何も無かったかの様に振る舞い、目に涙を浮かべて笑っていやがった。
体中には赤黒い液体が付着しており、新品のセーラー服の白い部分は見事なまでにその液体の色に染まっていて、黒地の襟元とスカートだけは目立たない程度に、それでも汚れている様に見えた。
「お前……それ何を使ったんだ?」
俺は自然と冷静に、何故こんな事をしたのか問い詰めるのではなく、これが何の液体なのかという事について天地に訊いたのである。
自分でも、何故ここまで冷静に事を対処出来ているのかは分からない。ただ、なんというか直感で怒る必要は無い、怒りに任す必要は皆無だと悟っていたのだ。
「んん?これの事?これは血糊よ。よくインターネットショップや大きな雑貨屋さんで売ってるでしょ?なんだっけ?ドンドンドン……」
「あーはいはい分かった、あそこだな。でもあの店って隣町にしか無いだろ?」
「そうよ!だから昨日入学式が終わった後、電車に乗って急いで買って来たんだから!我ながらナイスなアイデアかと思った……あれ?」
すると天地も何かに気づいたのか、首を傾げた。
「どうした?まだ何かあるのか?」
「いや……何であなたそんなに普通でいられるのかなって……怖くないの?怒らないの?わたし嘘吐いてみんなを怖がらせたのよ?」
何故かって、それは俺が一番自分から訊きたいくらいさ。俺は今、それくらい平常心で心が保たれているんだ。
「さあな、まあゾクッとはしたけど何故か自然と怒りは湧いてこない。それにお前のそれは嘘じゃなくて度を超えたドッキリだ。ほれ、皆に謝っておけ」
俺は天地の両肩を掴んでいた腕をクイクイと上に動かし、奴をその場に立たせる。
「はい、ごめんなさいは?」
「…………ごめんなさい」
天地が頭を下げると、そこで初めてクラス中の生徒が肩の荷を下ろした。中には安心感からか、膝から崩れる者も目に見えた。
「せ……先生あそこ、天地さんが……あれ?」
教室を出て、担任の山崎教諭を呼びに行った女子生徒が帰って来て、天地が立っているのに驚いていた。
「あ……天地!?なんだその恰好は!!」
全身真っ赤の天地の姿を見て、山崎教諭も目を皿の様にしていた。
まっ……誰でもそういう反応になるわな、これを見たら。
「あっ……えっと……そのぅ……」
すると天地の奴は、流石に教師まで乱入して来る騒ぎになるとは思っていなかった様で、もじもじと先程までには見せなかった困惑の表情をしていた。こんな大そうな事思いつくんだったら、その言い訳くらい考えとけよな。
そして奴は在ろう事か、俺の顔を一瞥してくるのだ。まさかコイツ……イタズラを振った相手にその処理までさせる気じゃないんだろうな?……いや、分かってるよ言われずとも。コイツはさせる気だ。
致し方無い、なんか周囲の雰囲気もお前は中心人物なんだからお前がどうにかしろと言わんばかりの、ある種押しつけ的な、ある種俺の即興で考えた言い訳を期待してるかの様な眼差しをこちらに向けていやがるしな。
まったくもって嫌になるぜ。
「あーっ……あれです、天地さんちょっとジュース零しちゃったみたいで……でも思ったより零した量が酷くて皆おっかなびっくりになっちゃってたんですよ~」
俺は適当な言葉を、それっぽく羅列させて山崎教諭を諭そうとする。勘弁してくれ……俺は被害者であり、コイツとは隣の席である以上の関係性なんて皆無なんだ。
先程から俺の脳内セロトニンが激減して、登校初日から今にもメランコリーな気分になりそうになったその時、山崎教諭は俺の言葉をやっと理解しやがったのか一つ溜息を吐いた。
「はぁ……分かったもういい。天地、とりあえずそのままじゃ授業は受けれないだろ、着替えて来い」
何と言おうか、これでやっと一件落着と言ったところまで漕ぎ着けたのだろうか、俺は小さな溜息を吐いて肩を落とした。
「それと岡崎、天地が着替えている間にその机を綺麗にしておいてくれ。あと床もな」
前言撤回。丸くなんて納まっちゃいなかった。
サッカー馬鹿の山崎め、普通こういう時は「クラスの皆で片付けよう!」っていう風にはならなかったのかよ。仮にもチームスポーツの顧問ならそういう発想にいち早く辿り着くべきだと思うね俺は。
今日一番で怒りを覚えたのはこの教師の一言だった。だったのだが……。
……怒り?もしかして、これも天地の作戦なのか!?
あいつは俺を怒らせる為にこんな目茶苦茶をやりやがったんだ。もしかしたらこれも全て天地の計算通りで、俺がこの赤黒い液体に染まった机と床を掃除せねばならなくなるのも奴の計画の内だった……のか?
俺はすかさず天地の方を見る。奴はどんな表情をしていやがる!?
してやったりって感じか?それとも純粋に笑ってやがるのか?
だが、天地の表情はそのどれでもなく、まるで憑き物が落ちたかの様に落胆としていたのだ。
俺の思い過ごしだったのだろうか……。
「ほら天地、岡崎早くしろ!他の者は席に着け~」
山崎はそう言って、教室にずかずかと入って来ると朝のホームルームを始める。
俺は嫌々ながらも掃除道具箱にあった雑巾を何枚か持って来てから、天地の机とその周囲の床を拭く破目となり、一方の天地は幸い、天地の通学鞄に入って血糊の被害を受けなかった体操服を持ってトイレへと着替えに行く最中だった。
その時、天地が通りすがったその一瞬。奴は俺の表情を見て来た。目が合ったから間違いない。
俺が怒っているのかを確認したのか、それとも申し訳無いと思っていたのか、それは俺には分からない。
ただ一つだけ俺にも分かる事はあった。天地は全てを意識的にやっているのではなく、無意識的に引き起こしている事態もあるのだと。
意識的にやっている事は、どちらかと言えば俺からすると行き過ぎた無邪気なガキンチョという感じがするが、むしろ無意識下でやっている事の方が俺の精神に直接ボディーブローを浴びせ、徐々にその痛みを増幅させている様なそんな気がしたのだ。
それら全てをイコールしていって、そこで俺は気づいたんだ。奴は計画的に人を貶めていく様な所謂、悪女という分類のものではない。アイツは、天然であんな事をやってのける奴なんだ。
つまり天地魔白にとって、悪意は『持っている』のではなく『備わっている』という表現の方が正しいのだ。
本当に極めて純粋な悪意の持ち主、それがあの女、天地魔白だったって事なのだ。
「……悪魔め」
それに気づいた時、俺は思わず床を拭きながら呟いちまった。
決して恨み言なんかではなく、ただただ発見しちまったんだ。純度百パーセントの本物の悪魔をな。
パニックの元凶、天地魔白は何の悪気も無く、まるで何も無かったかの様に振る舞い、目に涙を浮かべて笑っていやがった。
体中には赤黒い液体が付着しており、新品のセーラー服の白い部分は見事なまでにその液体の色に染まっていて、黒地の襟元とスカートだけは目立たない程度に、それでも汚れている様に見えた。
「お前……それ何を使ったんだ?」
俺は自然と冷静に、何故こんな事をしたのか問い詰めるのではなく、これが何の液体なのかという事について天地に訊いたのである。
自分でも、何故ここまで冷静に事を対処出来ているのかは分からない。ただ、なんというか直感で怒る必要は無い、怒りに任す必要は皆無だと悟っていたのだ。
「んん?これの事?これは血糊よ。よくインターネットショップや大きな雑貨屋さんで売ってるでしょ?なんだっけ?ドンドンドン……」
「あーはいはい分かった、あそこだな。でもあの店って隣町にしか無いだろ?」
「そうよ!だから昨日入学式が終わった後、電車に乗って急いで買って来たんだから!我ながらナイスなアイデアかと思った……あれ?」
すると天地も何かに気づいたのか、首を傾げた。
「どうした?まだ何かあるのか?」
「いや……何であなたそんなに普通でいられるのかなって……怖くないの?怒らないの?わたし嘘吐いてみんなを怖がらせたのよ?」
何故かって、それは俺が一番自分から訊きたいくらいさ。俺は今、それくらい平常心で心が保たれているんだ。
「さあな、まあゾクッとはしたけど何故か自然と怒りは湧いてこない。それにお前のそれは嘘じゃなくて度を超えたドッキリだ。ほれ、皆に謝っておけ」
俺は天地の両肩を掴んでいた腕をクイクイと上に動かし、奴をその場に立たせる。
「はい、ごめんなさいは?」
「…………ごめんなさい」
天地が頭を下げると、そこで初めてクラス中の生徒が肩の荷を下ろした。中には安心感からか、膝から崩れる者も目に見えた。
「せ……先生あそこ、天地さんが……あれ?」
教室を出て、担任の山崎教諭を呼びに行った女子生徒が帰って来て、天地が立っているのに驚いていた。
「あ……天地!?なんだその恰好は!!」
全身真っ赤の天地の姿を見て、山崎教諭も目を皿の様にしていた。
まっ……誰でもそういう反応になるわな、これを見たら。
「あっ……えっと……そのぅ……」
すると天地の奴は、流石に教師まで乱入して来る騒ぎになるとは思っていなかった様で、もじもじと先程までには見せなかった困惑の表情をしていた。こんな大そうな事思いつくんだったら、その言い訳くらい考えとけよな。
そして奴は在ろう事か、俺の顔を一瞥してくるのだ。まさかコイツ……イタズラを振った相手にその処理までさせる気じゃないんだろうな?……いや、分かってるよ言われずとも。コイツはさせる気だ。
致し方無い、なんか周囲の雰囲気もお前は中心人物なんだからお前がどうにかしろと言わんばかりの、ある種押しつけ的な、ある種俺の即興で考えた言い訳を期待してるかの様な眼差しをこちらに向けていやがるしな。
まったくもって嫌になるぜ。
「あーっ……あれです、天地さんちょっとジュース零しちゃったみたいで……でも思ったより零した量が酷くて皆おっかなびっくりになっちゃってたんですよ~」
俺は適当な言葉を、それっぽく羅列させて山崎教諭を諭そうとする。勘弁してくれ……俺は被害者であり、コイツとは隣の席である以上の関係性なんて皆無なんだ。
先程から俺の脳内セロトニンが激減して、登校初日から今にもメランコリーな気分になりそうになったその時、山崎教諭は俺の言葉をやっと理解しやがったのか一つ溜息を吐いた。
「はぁ……分かったもういい。天地、とりあえずそのままじゃ授業は受けれないだろ、着替えて来い」
何と言おうか、これでやっと一件落着と言ったところまで漕ぎ着けたのだろうか、俺は小さな溜息を吐いて肩を落とした。
「それと岡崎、天地が着替えている間にその机を綺麗にしておいてくれ。あと床もな」
前言撤回。丸くなんて納まっちゃいなかった。
サッカー馬鹿の山崎め、普通こういう時は「クラスの皆で片付けよう!」っていう風にはならなかったのかよ。仮にもチームスポーツの顧問ならそういう発想にいち早く辿り着くべきだと思うね俺は。
今日一番で怒りを覚えたのはこの教師の一言だった。だったのだが……。
……怒り?もしかして、これも天地の作戦なのか!?
あいつは俺を怒らせる為にこんな目茶苦茶をやりやがったんだ。もしかしたらこれも全て天地の計算通りで、俺がこの赤黒い液体に染まった机と床を掃除せねばならなくなるのも奴の計画の内だった……のか?
俺はすかさず天地の方を見る。奴はどんな表情をしていやがる!?
してやったりって感じか?それとも純粋に笑ってやがるのか?
だが、天地の表情はそのどれでもなく、まるで憑き物が落ちたかの様に落胆としていたのだ。
俺の思い過ごしだったのだろうか……。
「ほら天地、岡崎早くしろ!他の者は席に着け~」
山崎はそう言って、教室にずかずかと入って来ると朝のホームルームを始める。
俺は嫌々ながらも掃除道具箱にあった雑巾を何枚か持って来てから、天地の机とその周囲の床を拭く破目となり、一方の天地は幸い、天地の通学鞄に入って血糊の被害を受けなかった体操服を持ってトイレへと着替えに行く最中だった。
その時、天地が通りすがったその一瞬。奴は俺の表情を見て来た。目が合ったから間違いない。
俺が怒っているのかを確認したのか、それとも申し訳無いと思っていたのか、それは俺には分からない。
ただ一つだけ俺にも分かる事はあった。天地は全てを意識的にやっているのではなく、無意識的に引き起こしている事態もあるのだと。
意識的にやっている事は、どちらかと言えば俺からすると行き過ぎた無邪気なガキンチョという感じがするが、むしろ無意識下でやっている事の方が俺の精神に直接ボディーブローを浴びせ、徐々にその痛みを増幅させている様なそんな気がしたのだ。
それら全てをイコールしていって、そこで俺は気づいたんだ。奴は計画的に人を貶めていく様な所謂、悪女という分類のものではない。アイツは、天然であんな事をやってのける奴なんだ。
つまり天地魔白にとって、悪意は『持っている』のではなく『備わっている』という表現の方が正しいのだ。
本当に極めて純粋な悪意の持ち主、それがあの女、天地魔白だったって事なのだ。
「……悪魔め」
それに気づいた時、俺は思わず床を拭きながら呟いちまった。
決して恨み言なんかではなく、ただただ発見しちまったんだ。純度百パーセントの本物の悪魔をな。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
【完結】たとえあなたに選ばれなくても
神宮寺 あおい
恋愛
人を踏みつけた者には相応の報いを。
伯爵令嬢のアリシアは半年後に結婚する予定だった。
公爵家次男の婚約者、ルーカスと両思いで一緒になれるのを楽しみにしていたのに。
ルーカスにとって腹違いの兄、ニコラオスの突然の死が全てを狂わせていく。
義母の願う血筋の継承。
ニコラオスの婚約者、フォティアからの横槍。
公爵家を継ぐ義務に縛られるルーカス。
フォティアのお腹にはニコラオスの子供が宿っており、正統なる後継者を望む義母はルーカスとアリシアの婚約を破棄させ、フォティアと婚約させようとする。
そんな中アリシアのお腹にもまた小さな命が。
アリシアとルーカスの思いとは裏腹に2人は周りの思惑に振り回されていく。
何があってもこの子を守らなければ。
大切なあなたとの未来を夢見たいのに許されない。
ならば私は去りましょう。
たとえあなたに選ばれなくても。
私は私の人生を歩んでいく。
これは普通の伯爵令嬢と訳あり公爵令息の、想いが報われるまでの物語。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
読む前にご確認いただけると助かります。
1)西洋の貴族社会をベースにした世界観ではあるものの、あくまでファンタジーです
2)作中では第一王位継承者のみ『皇太子』とし、それ以外は『王子』『王女』としています
よろしくお願いいたします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
誤字を教えてくださる方、ありがとうございます。
読み返してから投稿しているのですが、見落としていることがあるのでとても助かります。
興味はないので、さっさと離婚してくださいね?
hana
恋愛
伯爵令嬢のエレノアは、第二王子オーフェンと結婚を果たした。
しかしオーフェンが男爵令嬢のリリアと関係を持ったことで、事態は急変する。
魔法が使えるリリアの方が正妃に相応しいと判断したオーフェンは、エレノアに冷たい言葉を放ったのだ。
「君はもういらない、リリアに正妃の座を譲ってくれ」
第二夫人に価値はないと言われました
hana
恋愛
男爵令嬢シーラに舞い込んだ公爵家からの縁談。
しかしそれは第二夫人になれというものだった。
シーラは縁談を受け入れるが、縁談相手のアイクは第二夫人に価値はないと言い放ち……
彼女の光と声を奪った俺が出来ること
jun
恋愛
アーリアが毒を飲んだと聞かされたのは、キャリーを抱いた翌日。
キャリーを好きだったわけではない。勝手に横にいただけだ。既に処女ではないから最後に抱いてくれと言われたから抱いただけだ。
気付けば婚約は解消されて、アーリアはいなくなり、愛妾と勝手に噂されたキャリーしか残らなかった。
*1日1話、12時投稿となります。初回だけ2話投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる