英雄のいない世界で

赤坂皐月

文字の大きさ
上 下
61 / 149
THE GROUND ZERO Chapter4

第11章 終焉の一撃【4】

しおりを挟む
「わしが元素爆弾のことを知った時にはまだ、魔石機構の調整段階の時で、とても実用など程遠いと言われていたのだが……まさかこの短期間でそれを実用化させ、あろうことか実戦配備するとは……やはりマグナブラの練魔術はもう、練魔術の総本山であるバルマヒルと肩を並べるほどのものがあるというのか」

 さすがのマジスターもこれには愕然とし、そしてマグナブラの持つ強大な力に恐れを抱いているようだった。

 それもそのはず、僕達が「これから頑張ろう!」と意気込んでいたその時に、こんなものを目の前で見せられたのだからな。

 士気は無論、落ちてしまうものだ。

「ルーナ、大丈夫か?」

「………………」

 僕が呼びかけても、ルーナは返事をしない。エトワール・ロックのある方角を見たまま、ずっと突っ立っている。

 しかしその怯えている目と、震えている口元を見れば、今彼女がどんな状態であるのかは、ひと目で分かった。

 彼女は今、恐怖に浸食されそうになっている。そこに立っているのが精一杯であるほどの、大きな恐れに。

 しかしそれと同時に、恐怖に抗ってもいる。目の前で起きている惨状から決して目を逸らさず、そして崩れることなくその場に立ち尽くしている。

 でもそれも限界なのか、ついにその恐怖が足の震えとなって表れているのを、僕は目にした。

 そうだ……みんな恐れている。これほどまでの恐怖を、たった一発であの爆弾は人の心中に植え付けたのだ。
 
 そしてこの恐怖が、元素爆弾のことが世界中に拡散された時、更なる盤石な支配が世界に敷かれることになるだろう。

 だけど僕はジョンの元で誓ったんだ……この世界の支配構造を破壊し、真に解放される自由を得ると……。

 だからここで……屈するわけにはいかないんだっ!

 僕は咄嗟に、身震いしているルーナの手を取った。

 するとさっき僕の呼びかけに反応しなかったルーナが、はっと我に返ったように目をぱちくりさせ、そして僕が手を握っていることに気づき、やっと僕の方を振り向いてくれた。

「な……ななななっ! なにアンタ! いきなり手を握ったりなんかしてっ!」

 目を見開き、頬を赤く染めてルーナは僕に大声をあげる。

 だけど僕は彼女の手を握ったまま、至って真剣な表情で呟く。

「行こう……」

「えっ? 行くってどこに?」

「エトワール・ロック……あの爆弾の爆心地だよ」

「ええええええっ!?」

 ルーナは僕の提案に、頓狂な声をあげ、驚いてみせる。

 それを聞いてマジスターも僕の方へと振り向いた。

「コヨミ……それは本気で言ってるのか?」

「ああ、本気だ。僕達はあの爆弾のことを知っておかなければならない」

「言っておくが、わしも元素爆弾のことについて詳しい情報を多く握っているわけではない。ましてや実弾となった物についての情報など皆無だ……何があるか分からんが、それでも行くのか?」

「ああ……それでも行く。行く必要が僕達にはある。それにあの元素爆弾っていうのは、言ってみれば敵側の秘密兵器であり、切り札でもあるんだろ?その情報をタダで仕入れるチャンスなんだ……こんなこと滅多にないぞ」

「そうか……」

 マジスターは腕を組み、そして目をつぶってしばらく黙り込む。

 一秒、二秒、三秒……と時間が刻み、丁度十秒くらい経ったところで彼は目を開いた。

「……分かった、行こう!」

 そう言ったマジスターの目には、もう恐怖の色は無かった。だがその代わりに目に宿ったのは、覚悟。

 自分の気持ちをコントロールする術、メンタルコントロールについてはマグナブラの兵士になると、どの兵士も教わることではあるのだが、しかしこんな短時間で自分のメンタルを完璧にコントロールするのは、なかなか容易にできることではない。

 さすがは歴戦の戦士だ。

「ちょっと、マジスターさんまで……」

 だがそんなマジスターとは対照的に、ルーナは影の差した暗鬱な表情を浮かべる。

 でもルーナの気持ちも僕には分かる。あんな光景を目に焼き付けられて、トラウマにならない方がむしろ異常だ。

「ルーナ、無理なら君はここに居てくれ。あそこには僕達だけで言ってくる」

「…………」

 しばらく眉を伏せて黙り込んでいたルーナだったが、しかしその後大きく首を横に振って、僕の配慮を全力で拒否してきた。

「わたしも行く」

「えっ……でも……」

「もう大丈夫……というか、アンタとマジスターさんの立ち直りがむしろ早過ぎるのよ。もうちょっとこう……躊躇いとかないわけ?」

「いや、そりゃあ躊躇いがあるか無いかって言われたらあるけどさ……でもずーっとあれは嫌だとか、これは無理だから避けておこうなんて言ってたら、何もできなくなっちゃうだろ? そういうことだよ」

「っ!? ……はぁ……」

 するとルーナは目を見開いたかと思うと、すかさず大きな溜息を吐いてみせた。

「なんだよ?」

「まさかアンタからそんなことを言われると思わなかったわ……」

「え? どういうこと?」

「自分の心に訊いてみなさい」

 やれやれと言わんがばかりにルーナは首を横に振って、呆れ返っているようだった。

 まあ……とりあえず、ルーナが何のことを言っているのかはさておき、兎にも角にも、彼女が立ち直ったのなら良しとしよう。

「それじゃあ行こうか、二人とも」

 なし崩し的とはいえ、これで全員の心の準備は整った。

 未曽有の規模の爆弾が落ちた場所。そこには一体、どんな不可思議な情景が広がっているのかは、今の僕達には予想もつかない。

 爆弾による大きな傷跡が残っているのか。それとも、それすらも抹消された無があるのか。

 そしてこれによってレジスタンスは消滅し、マグナブラがこの地方の完全統治をやり遂げたという形で歴史が動くのか。

 この世界の規範に抵抗した者達の末路を、これからその規範を破壊する僕達には見届ける必要がある。

 彼らと同じ末路を歩まないためにも……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

僕は、転生できませんでした。

君の五階だ
ファンタジー
『どうして? 僕はただ、転生したいだけなんだ!』 僕は、どうやら女の子に告白する前に死んでしまったらしい…… 終わってしまった人生を、神様のおかげて異世界の勇者に転生して続けさせてもらうことになった。 はずなんだけど……なんか僕の代わりに違う人が転生しているのですが…… どうなるの? いろんなバトルと、可愛い女の子達と楽しい冒険が、僕を待ってる! 俺は、どうやら女の子に告白する直前に、雷に撃たれて死んでしまったらしい…… 神にヤラれてしまったお詫びに、異世界のハーレムパーティーの男に転生させてもらえることになったはずなんだけど…… 俺の代わりに転生したヤツがいる? このままじゃ魂だけの浮遊霊になっちゃう! どうしてくれるんだ! 神のオススメで、俺は男の守護聖霊として共に行動することになったのだが……なんだかなぁ…… 美少女たちと冒険出来るのはうれしいけど、みなさんくせのある娘ばかりで…… この先、一緒に旅をして楽しい事はあるのだろうか……いや、ポジティブに生きなきゃ(死んでいるけど)……という話です。 小説家になろう、カクヨムで公開しております。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

処理中です...