英雄のいない世界で

赤坂皐月

文字の大きさ
上 下
8 / 149
THE GROUND ZERO Chapter1

第2章 王都の兵士達【1】

しおりを挟む
『次のニュースです、本日十六時頃、王室は魔石エネルギーの増税を発表いたしました。現状税率が十五パーセントに対して、今後は二十パーセントまで引き上げることとなり……』

「げえっ!? また魔石エネルギーの料金上がるのかよ! 今年に入って三回目だぞ!」

「……おいおやっさん、僕は静かに酒が飲みたいんだ。税率が上がったくらいでギャーギャーさわが……」

「これが騒がずにいられるかっ! チキショー王室め……どれだけ俺達庶民から搾取するつもりなんだっ!」

 僕は今、兵士の寮を抜け出し、マグナブラの市街地の少し外れにある、行きつけの飲み屋に来ていた。

 ボロッちい飲み屋ではあるが、僕が王都の兵士になってからはずっとここに行きつけていて、目の前で増税について怒り狂ったり、嘆いたりしているおやっさんには、世話になったり、世話させられたりで、まあ持ちつ持たれつの関係でやっている。

「おいロクヨウ! お前一応兵士なんだから、王に直訴状とか出せねえのかよ? 飲み屋のおっさんが、このままじゃ税金に押しつぶされちまうってよ」

「無理言うなよ……僕は兵士の中でも端の端にいる人間だぜ? そんなやつが持ってきた直訴状なんて、王の目につかないどころか、その手前で紙くずにされちまうさ」

「それもそうだったな……お前みたいな落ちこぼれのはみ出しもんの直訴状なんて、紙くずに等しいもんな」

「こんなボロ屋でしけた酒しか出してないオヤジの嘆願だって、あいつらからしたら、ただのうわ言程度にしかとらえないだろうさ」

「チッ……あーあ、レジスタンスのやつらが暴れ回るわ、王族は民衆を苦しめるわ……マグナブラはいつからこんな窮屈な場所になっちまったんだろうなぁ」

「…………」

 モンスターがはびこっていた時はモンスターに悩まされ、それがある程度抑えられたかと思えば、今度は人間達のやることに悩まされ……まったくもって、忙しい世界だ。

 そんな世界に愛想を尽かせた僕が、とやかく大口を叩けるような立場ではないのだろうけれど。

 僕はそんなことを思いながら、おやっさんの愚痴を聞きながら、安いグラスに入った安いラム酒を口にする。

 ラム酒は安い割に、よく酔える。

 僕のような末端の兵士の給料なんてたかがしれているから、安価でアルコールのキツイこういう酒は、僕達の味方だ。

「おやっさん、同じやつおかわり」

「あいよ……お前がもうちょっと高い酒を毎日飲んでくれりゃあ、店も少しは潤うんだけどな」

「世の中の愚痴はいいけど、あくまで僕は客で、おやっさんは店の人間なんだから、客の愚痴を客の前で言うなよな。もう来ないぞ?」

「へっへっ! そう言ってお前もう、ここに何年来てんだよ?」

「どれくらいだろうな……もう四年くらい経ったかな?」

「まっ、それくらいだろうな。お互い四年も経ちゃあ、随分と変わっちまったな……特にお前は」

「……そうかもしれないな」

 五年前の僕なら多分、同じラム酒でも、夢を語りながらその酒を喉に通して、酔っぱらって浮かれていただろう。

 今の僕はこうやって、静かに酒を煽りながら、酒の力を使って、酔いの力を行使して、現実逃避をしている毎日。

 本当に変わってしまった……すさんでしまったな……僕。

「でもさおやっさん、これは別に煽ってるわけじゃないんだけど、この店大丈夫なのか? 今日も昨日も、夜だってのに僕以外人が入ってないじゃないか?」

 そんなに大きな店ではないが、しかし十人以上は収容できるスペースはあるだろう。

 しかしそのだだっ広いスペースに今、僕以外の客はいない。

 夜、仕事終わりの一杯には丁度良い時間帯なはずなのに。

「なんだってんだ? 今宅飲みやらってのが流行ってんだろ? コンビニで安い酒を買って、安いつまみを買って、家で飲むってのが」

「ああ、そうなんだ……ゴメン僕、そういう流行には疎いからさ」

「お前まだ二十四だろうよ……そんなんだからその歳で女一人できねえんじゃねえのか?」

「僕のことはいいから……それで宅飲みがなんなんだよ」

「だからよ、家で飲むやつが多いから店に来ねえんだ。特にこの店は市街地の外れにありやがるから、余計人が来ねえ。まあ、お前みたいなもの好きの客に支えられて、やっとってところだ」

「そうか……それで首が回ってるっていうのなら、もっと客を丁重にもてなさないとな」

「この雑さが売りなんだろうがウチは! お前もだから、こんな街はずれまで、わざわざ兵士の寮を抜け出してまで、毎日来てるんじゃねえのか?」

「まあ、そうかもな」

 実際、そうだった。

 別に丁重なおもてなしとか、そんなものを飲み屋に僕は求めていない。

 酔える酒と、話していて面白い店主。それだけあれば、十分事足りる。

 ああそれと、ここのおやっさん顔がむさいわりに、実は料理が上手く、僕はここに酒を飲みに来るという意味でも来ているが、飯を食うという意味でも来ているのだった。

「それに増税に次ぐ増税で、庶民はみんな金が無くて首も回らねえような生活をしいられてんだ。そんな状態で店に来る客が増えるわけねえじゃねえか!」

「まあ、それも原因なのかもな」

「王室の経費削減だか何だか言ってるが、所詮はあんなもんパフォーマンスに過ぎねえだろ! あいつらはそもそも……」

「はあ、また始まった……」

 どうやらおやっさんの王室への不満は、星の数ほどあるようで、納まりがきかないらしい。

 普通なら客が愚痴を言って、店主がそれを、たまに相槌を入れる程度に聞き届けるのがセオリーなのだろうけれど、まったくもってその逆だ。

 まあ僕はそもそも、そういうことにすらも興味が湧かないから、愚痴の一つもこぼれないのだけれど。

 こうやって酒を飲んで、一日が過ぎていく。それだけで満足しちゃってるからな。

 でも……たまにそれで満足してるのかっていう、不安を抱かないわけでもないけれど。

 このまま何もせずに、年老いていくだけなのだろうかと、恐怖を感じないこともないのだけれど……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ダンマス(異端者)

AN@RCHY
ファンタジー
 幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。  元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。  人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!  地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。  戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。  始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。  小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。  向こうの小説を多少修正して投稿しています。  修正をかけながらなので更新ペースは不明です。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...