英雄のいない世界で

赤坂皐月

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BACK TO THE OCEAN Chapter3

第22章 決断の時【1】

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 テティ・ロジャースとの交渉が終わり、イニツィア岬の灯台からまた三時間ほどかけて、僕達はロベルトのハンバーガーショップへと戻って来ていた。

 一応店自体は閉店となっているので、僕達以外の他の客はおらず、店内はしんと静まり返っているのだが、しかし唯一そこに座っている僕達も、ずっとだんまりとしており、尚且つ暗い雰囲気に包まれていた。

 正直今回の交渉、大目に見たとしても上手く事を運べたとは言えない……というか、交渉ですらなかったような気がする。

 完全に相手のペースに乗せられたまま、一方的に無理難題な宿題を押し付けられて、そのまま帰らされてしまった……そんな感じだ。

 その難題を整理すると、まず最低条件として僕達は、船を動かすための船員を各役割ごとに計十四人集めなければならない。

 この最低条件をクリアすると、テティはミネルウェールスまで僕達を送ってくれるが、ただそこまで。

 それ以降彼女がどうするつもりかは知らないが、まあ、このアクトポートに帰って来て、またあの灯台の中に籠るんだろうな。

 そしてその後の追加ミッション。これをこなせば、テティもろとも僕達の仲間となり、ヘイトウルフは一気に組織として巨大化する。

 しかしその条件というのが、前アクトポート自治区長のスティード・トルカロスと、レイカー・トレードの元会長チャールズ・レイカーを引き入れること。

 トルカロスは交渉となるわけだが、なんせ辞任したとはいえ、この街の最高権力者だった人物だ。

 そんな簡単に、僕達のような得体の知れない人間とコンタクトを取ってくれるかどうか、それが心配だ。

 そしてチャールズ・レイカー……彼は今、マグナブラの兵団に捕らわれている身であるため、引き入れるにはまず前提として、彼の身を兵団から奪取しなければならない。

 しかしそうすることで、僕達は留置中の人物を逃走させた罪により、正真正銘、本物の犯罪者集団とマグナブラからは見做されるようになるわけだ。

 いずれにしろ、僕達にとってリスキーな条件ばかりだ……まさか通過点であるはずのこのアクトポートで、ここまで大きな壁にぶち当たるとは思ってもみなかった。

「すいません皆さん、わたしがもう少し上手い具合に話ができていれば……」

 すると人数分のコーヒーを厨房から持ってきたロベルトが、僕達の前にコーヒーを置いてから、謝罪をする。

「なに、ロベルトさんが謝る必要はない。わしもうんともすんとも言えんかったからな……さすがは大海賊の娘……食えない相手だ」

 マジスターは自分の不甲斐無さを悔やんでか、大きな溜息を吐く。

 まあ確かに、ああいう時、最も頼りになるはずのマジスターがまったく何も抗えずに、相手のペースに流されっ放しだったからな。

 考えてもみれば、僕達はテティに船を出すよう願い出てるのだから、そのために必要不可欠なクルーをこちら側が手配するのは、当たり前といえば当たり前のことだし、それに追加条件はあくまで『必ず』ではなく、『できたら』ということが前提なので、決して滅茶苦茶な条件を彼女は提示してきたわけではない。

 だから誰も彼女に反論することができなかった……これは本当に誰のせいでも無い。

 ただ彼女が、駆け引きの上手い人間だったということだ。

「しかし今回の話し合いで、テティさんも心変わりしつつあるのは確かです。おそらく、あなたの言葉が彼女に火を着けたのかと……」

 そう言ってロベルトが見てきたのは、僕だった。

「えっ? 僕?」

「はい。最初の内は適当にあしらって、さっさと帰してしまおうという雰囲気を出してましたが、しかしあなたのあの煽りで、彼女の反応が百八十度変わったのは確かです。あれが無ければ交渉条件を出される間も無く、帰されたかと」

「あ……ああ、じゃあ僕って一応、役に立ったってことなの?」

「はい」

「そ……そっかそっか! あははは!」

 僕はわざとらしい、渇いた笑いをしてみせる。

 というのも確かに、僕はあの場で不本意に打ち切られそうになった交渉を繋ぎ止めるため、テティさんを煽ったのだが、しかしこうやって、褒められるほどの成果を出せていたという手応えは、自分の中では無かった。

 それにそもそも、あの時は感情を優先に、思ったことを次々と口にしていただけだったから、今となっては、僕が彼女に何を言っていたのか、正確に思い出すことはできない……。

 でも、あれほど頑固に、海に出ないと豪語していた相手の気持ちを変えれたのなら、よっぽどのことを僕は言ったんだろうな。

「ふん……まぐれだまぐれ」

 ロベルトの持ってきたコーヒーに口を着けながら、つかさずいつものように僕を扇動してきたのは、ライフ・ゼロだった。

「ちぇっ……だけど、ああやってテティさんに言えたのは、ルーナのお蔭なんだよね」

「えっ!? わたし?」

 さっきロベルトに僕が指名された時と同じように、ルーナは目を丸くして僕を見てきたので、僕は首を縦に振った。

「ルーナがテティさんに、今の海に興味が無いその理由を訊いてくれたから、僕は活路を開けたんだ」

「あ……ああ……あれはただ、本当に気になっただけだから。海賊だったのに海が嫌いってどういうことなんだろうって」

「なるほどね……まあ結局、まぐれで開ける道もあるってことだ。ライフ・ゼロ?」

「フン……開けとらんから皆で今、こうやって頭を悩ませておるのではないのか?」

「ぐ……くうううううう……」

 クソ……良い感じにまとめて返してやったと思ったのに、正論を叩きつけられてしまった。

 しかしライフ・ゼロの言っていることは、悔しくも正しい。突破口が開かなかったから、僕達はこうしてブルーになっているのだった。

「あの、一ついいですかロベルトさん?」

 そこで小さく手を挙げたのは、今まで一言たりとも喋っていなかったマンハットだった。

「なんでしょうか?」

「ちょっと気になったことなんですが、彼女は船を所有してるんですか? 乗せて行くとは言ってましたが、ハッキリと彼女は船を持っていると明言してなかったので。それに、何年も海に出ていない人が船を持っているのかなぁ……と思いまして」

 確かにそう言われればそうだと、マンハットが質問した時は僕も思ったが、しかしロベルトはすぐに、その質問に対しての解答を返してきた。

「はい、彼女は船を一隻所有しております。といっても、元はネプクルス船長の船ですが」

「なるほど……でも何年も乗られていない船なんでしょう? 動かそうと思って、すぐに動かせるものなんですかね?」

「普通の船なら難しいかもしれませんが、あの船なら大丈夫です。それはわたしも保証できます」

 元船員であるロベルトは、曇りない眼で、自信満々にそう言い切ってみせ、更にこう続ける。

「それにおそらく、テティさんが随時メンテナンスをしているでしょう。あの船は彼女にとっても、大切な物のはずですから」

「なるほど……父親の形見でしょうからね……」

「ただの形見というわけではありません。彼女は早くに母親を亡くし、ずっと船長とわたし達のいる船の上で育ちました。だからあの船は彼女にとって、家でもあるのです」

「そうでしたか……」

「自分の帰るべき場所は海だと、おそらく彼女もそう思っているはずです。しかしやはりあの時の……海賊狩りパイレーツハントのことを引きずっているのでしょう。それはわたしも……そして他のクルーもきっとそうですから……」

 ロベルトは立ったまま、顔を床の方に向ける。

 海賊狩りパイレーツハント……海賊に詳しくない僕でも知っている、一大事件。

 世界の海から海賊を撲滅させ、海洋の統制を取るため、暁の火が傘下となっている国へ一斉に討伐令を頒布したというものだ。

 マグナブラ近辺にはターミルオーシャンの海賊、そしてカリオプソの海賊と、海賊が多い上に且つ、強豪な者達が多くのさばっていたので、その時は外からの応援なんかも来て、マグナブラ中でお祭り騒ぎになっていたのを思い出すな。
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