英雄のいない世界で

赤坂皐月

文字の大きさ
上 下
136 / 149
BACK TO THE OCEAN Chapter3

第21章 大海賊の娘【2】

しおりを挟む
「それでロベルトさん、どの葉巻タバコシガーが彼女は好みなんですか?」

 ひとまとめにシガーと言っても、さすがは煙草の専門店だけあって、シガーだけでも数多の種類が揃っている。

 それにこういう嗜好品は人によって好みやこだわりがあるため、慎重に選ばねば返ってプレゼントをしても、嫌がられるだけだからな。

 プレゼント選びはセンスうんぬんよりも、情報戦だと僕は思っている。

 だからこの中で唯一、テティ・ロジャースと面識があるロベルトに、ここは頼るのが得策だと僕は踏んだのだ。

「ふむ……確かテティさんは、クバナ産のシガーを好んで吸っていたと聞いたことがありますね」

「クバナ……ああ! マグナブラに居た頃、僕そこで作られたラム酒をよく飲んでたよ! 確かカリオプソ海に浮かぶ島国じゃなかったっけ?」

「よくご存じで。あの海に居た海賊はカリオプソの海賊と呼ばれ、その名を聞いただけで周りからは恐れられるほどの、そんな強者が多く居たものです。わたし達もあそこの海賊を丸め込むのには時間が掛かりましたね……とは言っても、今となってはもう、あの騒がしい日々が嘘であるかのように、とても穏やかな海になったと聞きますけどね……」

 ロベルトは昔の日々を思い出し、懐かしみながらそんなことを言ってみせる。

 まあ今の御時世、海賊なんていうものが居ること自体、珍しいことだからな。

 それに今の海賊は、団体を結成して暴れ回るような輩ではなく、自分達が生きるために貿易船なんかを襲う、ただの盗人のような連中らしいからな。

 もう彼の知っている海賊は、この世には居ないのだろう。

 海賊の時代は、海賊狩りパイレーツハントを境にもう、終わったのだから。

「おっ、これじゃないか? クバナのシガーは」

 僕がロベルトの話を聞いている間に、マジスターは店にある無数の棚から、クバナ産のシガーを探してくれていたようで、彼が今、それを見つけ出してくれたようだ。

 マジスターが手に取っていたのは、見ただけで高級そうだと分かる箱に入っているシガーであり、産地を確認してみると、確かにクバナ産と表記してあった。

「これはどうなんだロベルトさん?」

 マジスターがその箱をロベルトに見せると、しかし彼は首を横に振った。

「いえそれではなく、そうですね……こっちの方がいいかと」

 そう言って、ロベルトがマジスターの前にある棚から手にしたのは、マジスターの持っているものとは対照的な、普通の安い箱に入ったシガーだった。

「む? 贈り物なのにプレミアムシガーではなく、ドライシガーでいいのか?」

「ええ、大丈夫です」

 ロベルトは表情には表さないが、自信満々にそう答える。

 単に値段を見てみると、マジスターの持っているプレミアムシガーという物の方が、ロベルトの勧めるドライシガーより二倍近く高く、それだけで考えればプレミアムシガーの方が僕も良いと思うのだが、しかしそもそも……。

「あのさマジスター……そのプレミアムシガーとドライシガーってどんな違いがあるんだ?」

 そう、もとより僕は喫煙をしないので、その二種類の違いについてよく知らなかった。

 まあ、マジスターもタバコは吸っていないのだが、しかし知識はあるようなので、僕はいつも通り、彼に問い掛けた。

「うむ……ショートフィラーかロングフィラーかの違いとか、そういう様々な違いが細々とあるのだが、やはり一番分かりやすいところで言うと、ハンドメイドかマシンメイドかの違いだろうな。プレミアムは完全ハンドメイドでならなければいけないのに対して、ドライは機械で大量生産することができるんだ」

「なるほど」

「あとはやはり中身も違ってな。プレミアムは百パーセント純粋なタバコ葉でなければならないのに対して、ドライにはタバコ葉の他に、人口のシート葉が混ざっている物もあったりする」

「つまり製法と中身が違うから、これだけの値段の差が出るってことだな?」

「まあ、そういうことだな」

「でもそれだったら、マジスターの言う通りプレミアムの方が贈り物としては良さそうな気がするけど……」

 しかしロベルトが勧めるのは、ドライシガー。

 そのわけとは一体……。

「ええ、お二人がおっしゃるように、確かにプレミアムの方が贈り物としては通常、適切なのでしょう。しかしプレミアムは保管をする際、湿度や温度を十分に配慮しなければすぐに品質が低下してしまうんです。その点ドライは、多少の環境変化では劣化することはありません。ですので、環境変化の激しい船の上でシガーを吸う際は、よくこっちを重宝するんです。彼女もそれに則って、よく船上ではドライを吸っていました」

「ほほう」

「このドライシガーを吸えば、きっと彼女は船上に居た時の記憶を思い返すでしょう。だからこそここはあえて、ドライを贈るべきなんです」

「なるほど……そういうことか」

 ただの贈り物というわけではなく、彼女の中にある、海の上に居た頃の記憶を呼び起こすための、そんな贈り物ということか。

 そうと分かれば僕達も他に意見すること無く、ロベルトの選んだクバナ産のドライシガーを購入し、そして店を出た。

「あっ、戻って来た!」

 店から出てきた僕達の姿を確認すると、すぐさまルーナは目を輝かせながら、僕の元へと走ってやって来た。

「ねえねえどんな感じだったお店の中?」

「えっ? ああ……」

 どんな感じだったって言われてもなぁ……。

「まあ……煙草がいっぱいあった」

「そんなの入らなくても分かるわよ! そうじゃなくてこう、店の雰囲気とかさ」

「う~ん……レトロチックって言えばいいのかな……でも大人な空間って感じはしたよ」

「ふうん……あーあ、やっぱりわたしも入ってみたかったなぁ~」

「来年までの我慢だ」

「ちぇっ……子供扱いして……」

 そう言ってルーナはちょっとだけふて腐れてみせる。

 でもまあ、ルーナは好きかもしれないな。ああいう雰囲気のあるお店。

 僕もああいうレトロな雰囲気のある場所は好きなので、また来れる機会があれば、彼女の成人を祝って来てみたいものだな。

 まあその時僕が、この大陸に居るかどうかは分からないけれど……今回の交渉次第ってところにはなるのかな。

 そんなわけで、交渉材料となる手土産も確保したところで、僕達は再びバイクに乗車し、そして目的地であるイニツィア岬の灯台に向けて、一斉に走り出した。

 イニツィア岬までの距離は百七十八キロメートル。バイクで飛ばしても、約三時間はかかる距離だ。

 まあとはいっても、僕達は既にマグナブラ大陸横断という苦行を乗り越えて来ているので、三時間の距離でさえも『たった』と思えてしまうのは、果たして感覚がずれてしまっているのか……。

 まあ……その良し悪しに関してはとりあえずいいとして、風景に関してだが、最初はアクトポートの都市を走っていたのだが、このアクトポートの創設者、ネプクルス・ロジャースの名が着いた橋、ロジャースブリッジを超えた先にはのどかな田舎町が広がっており、更に距離を進めていく内に、周囲の建物の数は段々減っていき、いつの間にか道路は、舗装された黒いアスファルトから、茶色い地面が剥き出しになっている道になっていた。

 イニツィア岬へ辿り着く頃には、日はすっかり沈んでしまっており、真っ暗な闇の中をライトを点灯しながら走って行くと、今まで建物が皆無だった岬の最先端に、一つだけポツンと残されたように建っている大きな灯台が見えてきた。

 あれがロベルトの言っていたイニツィア灯台。アクトポートを出入りする、全ての船達の水先案内を行う、無くてはならない灯台。

 そしてそこは今、大海賊の一人娘テティ・ロジャースの灯台守としての職場であり、そして住処にもなっているとか。

 まあだから、あの灯台は今や女の子の家ということでもあり、これから僕達は女の子の部屋を訪問することになるのだが……なんだろう……ドキドキ感が全く無い。

 女の子の家っていっても、所詮は灯台だからな。こういうのはやっぱり、形が大事なんだなぁ……と、そんなくだらないことを考えながら、僕は建物の近くにバイクを停車させた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

「ただの通訳なんて宮廷にはいらない」と追放された【言語術師】。追放された瞬間、竜も機械も使えなくなって女王様が土下座してきたけどもう遅い。

アメカワ・リーチ
ファンタジー
「ただの通訳など、我が国にはいらない」  言語術師として、宮廷に仕えていたフェイ。  しかし、新女王の即位とともに、未開の地への追放を言い渡される。 「私がいないと、ドラゴンや機械に指示を出せなくなりますよ……?」 「そんなわけないでしょう! 今だって何も困ってないわ!」  有無を言わさず追放されるフェイ。  しかし、フェイは、得意の“言術”によって未開の地を開拓していく。  機械語によって、機械の兵隊軍団を作り、  神々の言葉で神獣を創造し、  古代語でドラゴンたちと同盟を結ぶ。  ドラゴン、猫耳美女、エルフ、某国の将軍と様々な人間にご主人様と慕われながら、  こうして未開の地をどんどん発展させていき、やがて大陸一の国になる。  一方、繁栄していくフェイの国とは違い、王国はどんどん没落していく。  女王はフェイのことを無能だと罵ったが、王国の繁栄を支えていたのはフェイの言術スキルだった。  “自動通訳”のおかげで、王国の人々は古代語を話すドラゴンと意思疎通をはかり、機械をプログラミングして自由に操ることができていたが、フェイがいなくなったことでそれができなくなり王国は機能不全に陥る。  フェイを追放した女王は、ようやくフェイを追放したのが間違いだと気がつくがすでに時遅しであった。  王都にモンスターが溢れ、敵国が攻め行ってきて、女王は死にかける。  女王は、フェイに王国へ戻ってきてほしいと、土下座して懇願するが、未開の地での充実した日々を送っているフェイは全く取り合わない。  やがて王国では反乱が起き、女王は奴隷の身分に落ちていくのであった。

ダンマス(異端者)

AN@RCHY
ファンタジー
 幼女女神に召喚で呼び出されたシュウ。  元の世界に戻れないことを知って自由気ままに過ごすことを決めた。  人の作ったレールなんかのってやらねえぞ!  地球での痕跡をすべて消されて、幼女女神に召喚された風間修。そこで突然、ダンジョンマスターになって他のダンジョンマスターたちと競えと言われた。  戻りたくても戻る事の出来ない現実を受け入れ、異世界へ旅立つ。  始めこそ異世界だとワクワクしていたが、すぐに碇石からズレおかしなことを始めた。  小説になろうで『AN@CHY』名義で投稿している、同タイトルをアルファポリスにも投稿させていただきます。  向こうの小説を多少修正して投稿しています。  修正をかけながらなので更新ペースは不明です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

全校転移!異能で異世界を巡る!?

小説愛好家
ファンタジー
全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。 目覚めるとそこは大聖堂みたいな場所。 周りを見渡すとほとんどの人がまだ気絶をしていてる。 取り敢えず異世界転移だと仮定してステータスを開こうと試みる。 「ステータスオープン」と唱えるとステータスが表示された。「『異能』?なにこれ?まぁいいか」 取り敢えず異世界に転移したってことで間違いなさそうだな、テンプレ通り行くなら魔王討伐やらなんやらでめんどくさそうだし早々にここを出たいけどまぁ成り行きでなんとかなるだろ。 そんな感じで異世界転移を果たした主人公が圧倒的力『異能』を使いながら世界を旅する物語。

処理中です...