1 / 1
7月は気まぐれ
しおりを挟む高校3年の夏。
部活も引退し、大学受験のシーズン。
教師や生徒たちが忙しそうに騒ぐ学校の教室に、私はいた。
蝉の声と唸るような暑さの中、行き交う言葉はどこの教室も卒業した後の話でもちきりだった。
私は、高校を卒業したら、地元の小さな企業にでも就職するのだろうな。
隣で面接練習をする友人の舞(まい)を横目に、私は、4時限目のプールですっかり眠くなった身体をゆっくりと起こしながら、そんなことを考えていた。
明日から高校最後の夏休みが始まる。
一年前までは、この蒸し暑い中、テニスボールを追いかけながら身体を動かしていたことが嘘のようだ。
あの頃はコンプレックスだったこんがりと焼けた肌は、今はもうすっかり真っ白くなっている。
外から聞こえてくるボールの音に、時がたつのは早いものだなと少し笑えてきた。
「誉(ほまれ)?どうしたの?」
さっきまで呪文を唱えるかのごとく面接練習をしていた舞が、驚いたようにこちらを見る。
「いきなり笑い出すって割とこわいよ?」
「ごめん、なんかわたし年寄りみたいだなあと思って。」
ふふふっと笑う私に、怪訝な表情を見せる舞は、頭の上にクエスチョンマークを出しながら、よくわからないと呟いた。
「舞は夏休み、何をするの?」
「私?うーん、私はおばあちゃん家行くくらいしか予定ないかも。」
「だよね、私も。」
学生最後の夏休みだからといってハメを外して何処かに遠出したり、ましてや遊ぶ予定をたてたりも全くない。
お盆には祖母の家行って少しのお小遣いを貰う。それくらい。
特別なことなど何もない。
私の周りには暇な友人もいなければ、一緒に時間を共有するような恋人もいない。
皆、夏は忙しいのだ。
舞だって、昔から夢だった”両親のような自衛官になる”という夢を叶えるため、毎日のように勉強や面接練習、筋トレを頑張っている。
私としても、夏だからといって特別に何かをしたいわけではない。
ーーー”日々に何も求めない”。
これが私の長年のポリシーなのだ。
「はあ、夏だねえ。」
「暑いね。」
日常は平和だ。
高校生の私にとっては、それが気楽だ。
私の中の物語は何も”始まらない”。
”始める”ことは億劫だ。
成すようになれ。
成らぬなら放っておけ。
「折角の夏なんだから、恋愛の一つでもしたいところだねえ。」
「はははっ。」
まさか、私が恋愛?それは面白い冗談ね。
そんなことを考えながら、心地良い風とさらに重くなる瞼に負けて、昼休み終了のチャイムの音を聞きながら、私は冷たい机に頬を寄せた。
暗闇に包まれる私の耳には、生徒たちが立ち上がる椅子の音も、授業始めの号令係の声も、もう聞こえはしなかった。
0
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
結局夫を元カノに奪われるんだったら、結婚なんてしなければよかった
ヘロディア
恋愛
夫には元カノがいる…
更に彼女はまだ夫のことを諦めていないため、ストーカー行為をやめない。
そんな悩みを抱えて不安になっていた主人公だったが、ある日、元カノから電話がかかってきた…
浮気性の旦那から離婚届が届きました。お礼に感謝状を送りつけます。
京月
恋愛
旦那は騎士団長という素晴らしい役職についているが人としては最悪の男だった。妻のローゼは日々の旦那への不満が爆発し旦那を家から追い出したところ数日後に離婚届が届いた。
「今の住所が書いてある…フフフ、感謝状を書くべきね」
20年かけた恋が実ったって言うけど結局は略奪でしょ?
ヘロディア
恋愛
偶然にも夫が、知らない女性に告白されるのを目撃してしまった主人公。
彼女はショックを受けたが、更に夫がその女性を抱きしめ、その関係性を理解してしまう。
その女性は、20年かけた恋が実った、とまるで物語のヒロインのように言い、訳がわからなくなる主人公。
数日が経ち、夫から今夜は帰れないから先に寝て、とメールが届いて、主人公の不安は確信に変わる。夫を追った先でみたものとは…
【完結】騙された侯爵令嬢は、政略結婚でも愛し愛されたかったのです
山葵
恋愛
政略結婚で結ばれた私達だったが、いつか愛し合う事が出来ると信じていた。
それなのに、彼には、ずっと好きな人が居たのだ。
私にはプレゼントさえ下さらなかったのに、その方には自分の瞳の宝石を贈っていたなんて…。
旦那様、最後に一言よろしいでしょうか?
甘糖むい
恋愛
白い結婚をしてから3年目。
夫ライドとメイドのロゼールに召使いのような扱いを受けていたエラリアは、ロゼールが妊娠した事を知らされ離婚を決意する。
「死んでくれ」
夫にそう言われるまでは。
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる