天才たちとお嬢様

釧路太郎

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危険な兄と妹編

異世界への門

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 翌日、俺はエイリアスさんの案内で禮禮屋にたどり着くことが出来た。
 そこには以前と違って普通の家が建っていた。看板もどこにもなく、誰が見ても普通の家にしか見えない外観をしているのだが、エイリアスさんが呼び鈴を鳴らすと中から出てきたのは禮禮屋の主人である竜胆さんであった。
 竜胆さんは緊張しているのか少しだけ顔が強張った感じで出迎えてくれたのだ。俺達はそのまま禮禮屋の中へと入って行った。玄関から入って奥まで続く真っすぐな廊下は以前とは違う不思議な感じを受けた。この建物は外から見ていた感じは二階建てのはずなのにどこにも二階に上がる階段が見つからなかった。
 俺とエイリアスさんは竜胆さんに案内されるまま奥へと進んでいくと、そこには地下へと降りる階段が隠されていた。
「二階に行く階段じゃなくて地下に行く階段しかないんですか?」
「はい、二階はなくて全て天井になっています。二階部分が全て天井になっていると思ってください」
「それって、大丈夫なんですか?」
「ええ、むしろそうしないと危険なんですよ」
 竜胆さんは相変わらず不安そうに俺達を案内しているのだが、階段を下りた先にある扉の前まで来ると、そのままそそくさと階段を上って行ってしまった。
 俺はその様子を黙って見ていたのだが、エイリアスさんはそんな竜胆さんの行動に何も疑問を持っていなかったのか俺に扉を開けるように指示してきた。
「じゃあ、開けますよ」
 扉の中には鳥居が三つ設置されていたのだが、それ以外は変わったところも無い板の間であった。俺は恐る恐る部屋の中へと入って行ったのだが、この部屋の中は恐ろしいほどに音が消えていた。足音も服の衣擦れの音もお互いの息遣いも何も聞こえない無音の世界になっていた。
 エイリアスさんは何も言ってこないのだが、俺はこの鳥居のどれをくぐればいいのかわからずに立ち尽くしていた。
「どうしました。緊張しなくても大丈夫ですよ」
 音のない空間にいきなり聞こえてきたエイリアスさんの声に驚いて振り向くと、俺が驚いたことにエイリアスさんも驚いていたようだった。
「緊張はしてないんですが、なんだかこの張り詰めた空気が気になりまして」
「厳かな空気というやつですね。私にはまだ理解出来ないのですが、アジア特有のモノだと思いますよ。リラックスして鳥居をくぐれば大丈夫です。それで将浩さんが異世界に行けるかどうか判明しますよ」
 リラックスして鳥居をくぐればいいと言われても、何となく神社以外の場所にある鳥居をくぐるのは緊張してしまう。どれを見ても向こう側が見えているので何の問題も無いと思うのだが、俺は今までと違うことになるのではないかと思い緊張していた。
 三つある鳥居をくぐる順番も大事になってくるだろうし、タイミングも重要なのかもしれない。そこを詳しく教えてもらうことが出来ればと思ってエイリアスさんに尋ねることにした。
「この鳥居ってくぐる順番とかあるんですか?」
「順番ですか。そんなのは無いんじゃないですか。回数も一回で良いと思いますよ」
「順番が無いなら一回ずつで良いって事ですね」
「一回ずつ?」
「どれか一つだけで良いって事ですか?」
「どれか一つだけ?」
「え、三つある鳥居のうち一つだけで大丈夫って事ですよね?」
「三つの鳥居って、ここには一つしかありませんよ?」
「そんなはずないですよ。ここから三つ横に並んでるじゃないですか」
「三つは無いですよ。この部屋には一つしかないです。ここにあるって事ですか?」
 真ん中にある鳥居の横にエイリアスさんは移動したのだが、エイリアスさんが移動した場所には鳥居があるのだ。エイリアスさんは鳥居と重なるような形で立っているのだが、不思議なことにエイリアスさんの姿も鳥居もハッキリと認識することが出来ている。動かない鳥居と動いているエイリアスさんが完全に重なって見えるのだが、エイリアスさんにはこの鳥居が見えていないし触れることも出来ないようだ。3Dで映し出されているにしてはリアルすぎる。どこにも光源なんかないので映しようもないと思うのだ。
「ここにあるって事ですか。何も無いと思うんですが、ここであってますか?」
「俺から見るとエイリアスさんと鳥居が重なって見えるんですが、何ともないですか?」
「何ともないというか、何も無いですよ。ちょっと怖いこと言うのやめてもらっていいですか。場所が場所だけに冗談に聞こえないんですよね」
 俺は冗談を言っているつもりは無いし、エイリアスさんもふざけていっているわけではないようだ。俺とエイリアスさんは見えている物が違うだけなのかもしれない。
 俺の隣に戻ってきたエイリアスさんは俺の立っている位置に来て鳥居を見ていたのだが、首をかしげて真ん中の鳥居を見ているだけで他の鳥居が見えている様子はなかった。
 俺だけに見える三つの鳥居をよくよく見ていると、額が飾られている部分にそれぞれ参、伍、漆と書かれていた。俺は初めのうちはその意味が分からなかったのだが、伍を見て数字だという事を理解したのだ。漫画で見たことがあるのを思い出すことが出来た。
「鳥居の額に三と五と七って書いてあるんですけど、どういう意味だと思いますか?」
「さあ、さっぱりわかりません。そもそも、私に見えている鳥居にはそういう数字は書いてませんから」
「普通の漢数字じゃなくて昔の漢数字だと思います。参上の参に人偏のついた五に漆って感じで七ですね」
「ああ、これも漢数字なんですか。漢字って読み方も難しいし同じ意味でも違う文字があるからわかりにくいですね。私が見えているのは参上の参が書かれてますよ」
「それって、真ん中の鳥居ですよね?」
「真ん中も何も、私には一つしか見えていないんですが」
「そうでしたね。じゃあ、エイリアスさんの見えている鳥居をくぐってみます」
 恐る恐る近付いてみると、俺の身長よりも少しだけ大きいはずの鳥居が異常に大きく見えていた。何か得体のしれない力を感じてはいたのだが、それは決して嫌な感じではなく俺を受け入れてくれているようにも感じていた。
 なぜか俺は呼吸を止めてゆっくりとくぐっていたのだが、その先の世界は異世界などではなく何も変わることは無かった。足元もふわふわした感じも無くしっかりと踏みしめている感じがしていて、夢の世界でもないという事は実感できた。
「通ってみたけど何も変わってないです。何か変わって見えますか?」
「こちらからも将浩さんの姿はちゃんと見えてますよ。このまま戻ってきてもらっても大丈夫ですか?」
「はい、そっちに戻りますね」
 俺は先程とは違って息を止めずに鳥居をくぐり抜けた。もと居た場所に戻ったわけだが、こちらに来ても何も変わることは無かった。エイリアスさんも変化を見逃さないように俺を見守ってくれているようだが、何も変わったことは無かったのだ。
 俺はゆっくりと振り返って他の鳥居も確認してみたのだが、先程と変わっている様子は見られなかった。
「本当にそこにも鳥居があるんですか?」
「ええ、見えないんですか?」
「全く見えないです。それに、その位置ってさっき私が立ってた場所ですよね?」
「そうですね。俺にはエイリアスさんと鳥居が重なって見えてたんです」
「それって、プロジェクションマッピングみたいな感じだったって事ですか?」
「そういう感じだと思ってもらえればいいんですけど、鳥居と重なっているエイリアスさんの姿は完全に消えていたんですよ。映し出されているだけなら姿って消えないですよね」
「ちょっと、怖いこと言うのやめてくださいよ」
 お互いに黙ってしまい再び静寂がこの部屋を支配していた。会話が無ければ何も音のしないこの空間は鳥居があるという事もあって緊張感を高めていたのだった。
 俺のそばまで歩いてきたエイリアスさんの足音が小さく聞こえている以外はお互いの息遣いさえも聞こえない程であったのだった。
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