天才たちとお嬢様

釧路太郎

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危険な兄と妹編

愛情と憎悪

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「魔剣と妖刀ってどう違うんだろうね。お兄ちゃんは何か知ってるの?」
「さあ、璃々が知らないことを俺が知るはずもないだろ。璃々は何も知らないの?」
「うん、こういうのって美桜ちゃんが詳しいんだけどさ、美桜ちゃんがあんな感じ人ってるんだったら聞けないよね。色々調べてみたんだけどさ、魔剣も妖刀もそんなに違いはないみたいなんだよね。璃々の調べ方が悪いだけなのかもしれないけどさ、お兄ちゃんはどう思う?」
「どう思うって言われてもな。俺は何も知らないわけだし、璃々がそう思うならそうなんだと思うよ」
 そんな会話を俺と璃々がしているのだが、何か言いたそうな顔で俺達の方を見ているジェニファーさんと目が合ったのだ。俺はジェニファーさんが何か知っているのではないかと思い声をかけてみたところ、禮禮屋と刀についての話をしてくれたのだった。
「禮禮屋はその人にあった刀を見付けてプレゼントしてくれるというのはもうご存知だと思いますが、美桜さんに魔剣を差し出したのは悪意ある者の仕業だと言ってましたよね。それに対抗するために藤次郎さんは妖刀を授けられたのですが、その妖刀をもって夢の世界で美桜さんを斬ることになるんですよ。夢の世界で魔剣を壊すためとはいえ、一般人が妖刀を使うのにはリスクが大きいんですよ。藤次郎さんは剣道をやっていて体も心も鍛えているとは思うのですが、それはあくまでも一般人としての基準でしかないんです。妖刀を扱うための訓練を受けていない藤次郎さんが妖刀で人を斬ってしまうと、夢の世界の出来事とはいえ現実世界の藤次郎さんの体と心に悪い影響を及ぼさないとも言い切れないのです。この前の全国大会で優秀な成績を収めた藤次郎さんであれば妖刀の誘惑に打ち勝てるのかもしれませんが、そううまく行くかは神のみぞ知ると言った話ですね」
「俺は藤次郎さんがどれくらい鍛えてるのか正確なことはわからないけどさ、藤次郎さんが参加したこの前の全国大会って藤次郎さんが所属している流派の大会らしくて、日本中の強者と言っても同じ道場の門下生しか参加してなかったみたいなんだけど、それでも十分だと思うかな?」
「どうなんでしょうね。私はそう言った事も含めて判断してましたが、この前一緒にいた間に大丈夫だと判断できるくらいには鍛えていると思いましたよ。結果がどうなるかは明日にはわかると思いますが、きっと良い報告が聞けると思いますよ」
「ちなみになんだけど、藤次郎さんではなく俺があの妖刀を受け取ってたらどうなってたと思います?」
 ジェニファーさんは両手を組んで考えていたようなのだが、そのまま悩んでも答えが出ないようであった。組んでた腕をといて顎に手を当てて考えてみたり、親指と人差し指を広げておでこを包むように当てながら考えているようなのだが、なかなか答えにたどり着くことは出来ないようだった。
「ジェニファーさん、お兄ちゃんに遠慮しないで言ってくれていいと思いますよ。その方が後々お兄ちゃんのためにもなると思いますし」
「そうですね。では、私が想像する結果をお知らせしますね。私が想像しているだけなので当たるとは限りませんが、気を悪くせずに聞いてくださいね」
 気を悪くせずに聞けと言われると、答えを言われる前にどういうことを言われるのかわかってしまう。俺は藤次郎さんほど鍛えているわけではないから魔剣を壊すことは出来ないかと思うのだが、ジェニファーさんの考えている結末は俺の想像とは違うものであった。
「将浩さんの技量と皆さんの人間関係を考慮して考えてみたのですが、将浩さんは夢の世界で魔剣を壊すことが出来ると思います。なぜなら、禮禮屋の竜胆さんが言っていた通りで美桜さんは将浩さんの攻撃を何のためらいもなく受けてしまうでしょう。その際に魔剣も一緒に壊すことが出来ると思うのですが、将浩さんは美桜さんを斬った時の感触が起きてからも忘れられずに妖刀卑怨を日常的に持ち歩くことになるでしょ。最初のうちは手に持っているだけで満足していると思うのですが、時間が経つにつれて夢の中で美桜さんを斬った感触を忘れることが出来ず、誰かを斬ってしまおうと思うはずなのです。たぶん、お嬢様が将浩さんの部屋に訪れた時にその衝動に負けてしまうと思います。これは私の勘でしかないのですが、将浩さんは夢の中で美桜さんを斬った感触をまた味わうためにも同じ女性であるお嬢様を斬ろうと思うはずです。その後は将浩さんが止められるまで誰かれ構わず斬りつけていくと思いますよ。これは将浩さんの心が弱いと否定しているわけではなく、何の訓練も受けていない一般の人が妖刀を使うとその魅力に惹きこまれてしまうという事なので悲観しなくても大丈夫ですよ。将浩さんは剣術を嗜んでいないんですし、そうなるのは仕方ない事なんです。それがわかっていて竜胆さんが将浩さんに渡そうとしたことは理由がわからないんですよ。将浩さんに渡しても私に渡してきてもあの場では藤次郎さんが持って帰ることになるとは思うのですが、あの場に藤次郎さんがいなければ今頃私もお嬢様も将浩さんに斬られていたのかもしれないですね」
 俺はジェニファーさんの考えを聞いて言葉に詰まってしまった。ジェニファーさんの言葉を否定しようと思ったのだが、俺にはその言葉を否定するような経験も努力もしていないのだ。なぜ禮禮屋の竜胆さんが俺に渡そうとしたのかは謎だし、最終的に藤次郎さんが持っていくことになっていたのだとしても、俺を経由する必要は全くないと思うのだ。
「でも、ジェニファーさんが言う通りだったとしたら、綾乃さんよりも璃々の方がお兄ちゃんの側にいると思うから璃々の方が先に斬られるんじゃないかな?」
「たぶんですけど、璃々さんは最後まで斬られないと思いますよ。世界中の女性を斬った後に残っていれば璃々さんが斬られるんだと思います。長年一緒に暮らしてきた妹を斬ることなんて余程仲が悪くても躊躇うと思いますよ。妖刀に操られて自我が無くなったとしてもそれだけは変えられない記憶ですからね」
「ジェニファーさんには悪いけど、俺は操られても璃々は斬らないと思う。璃々に対して腹が立つことは今まで何度かあったけれど、それでも俺は璃々を斬ることは出来ない。世界中から俺が斬れる人が消えて璃々だけが残ったとしても、俺は璃々を斬ることは出来ないと思うよ」
 俺の言葉を聞いて璃々が嬉しそうにしているのはわかるのだが、それを聞いていたジェニファーさんと綾乃も嬉しそうにしていたのは不思議な感じだった。綾乃がこの話をどこから聞いていたのか気付かなかったが、俺と璃々を見つめる綾乃の目は慈愛に満ちているように思えたのだ。
「でも、安心していいですよ。将浩さんが妖刀に支配されたとしても、この家には私がいるから何の問題も無いです。私がだめでも他にメイドはいますしね」

 いつもと同じように登校したのだが、いつもと違う印象を校舎から受けたのだ。何が違うのか具体的には言えないのだが、いつもよりも空気が澱んでいるような気がしたのだ。
 俺と綾乃はいつものように階段を上って自分たちの教室へと向かうのだが、不思議なことに誰も廊下に出ていなかったのだ。いつもであれば登校する生徒が他にもいるはずなので廊下に人がいないということは無いと思うのだが、今日に限っては誰も廊下に出ていなかったのだ。全校集会があるというわけでもなく、いたって普通の平日なのだが、教室に入るまで誰とも出会うことは無かったのである。
 俺は綾乃と一緒に教室の前までやってきたのだが、ドアについている小さい窓から教室の中を覗くと、そこにはまだ朝だというのに藤次郎さんが俺達に背を向ける格好で立っていた。廊下に背を向けているというよりも、目の前の席に座っている誰かに話しかけているように見えていた。
「夢の中とは言え俺は妹の美桜を斬ってしまった。だが、それには海よりも深い理由があったのだ。夢の中で妹を斬った時の感触が今でも俺の手から消えないんだ。何をやってもどんなに竹刀で打ち込みをしても消えないんだ。それで、どうすれば消えるのか考えてみたんだが、消せないのだったら上書きしちゃえばいいんじゃないって思ったんだよ。な、俺のために斬られてくれよ。嫌とは言わせないよ、昌晃君」
「嫌ですよ。なんで僕なんですか。牛肉の塊でも買ってきて斬ってればいいじゃないですか。僕を斬るよりもそっちの方が斬り応えあると思いますよ」
「確かにな、お前よりも牛肉の方が斬り応えはありそうだ。でも、お前じゃなきゃダメなんだ。ダメな理由があるんだよ。俺はな、一目見た時から愛華さんの事が好きなんだ。これは運命の出会いと言っても過言ではないと思う。そこで、俺は愛華さんについて色々聞いてみたんだ。好きな人がいるのかってのが一番気になったんだが、誰に聞いても恋人はいないようだけど昌晃君とは仲が良いって言うんだよ。お前の他に愛華さんと仲が良い昌晃君なんて知らないからよ、人違いとは思わないよ。だから、俺はお前を斬らなくてはいけないんだ。勘違いしないで欲しいのは、俺はお前を憎いと思っているから斬るんだ。愛華さんの事が好きだからお前を斬るんだ。それだけは勘違いしないで欲しい、俺はお前の事が憎いから斬るって事をな」
「僕は別に勘違いもしてないし嫌われてもなんとも思いませんけど、それって逆恨みに近くないですか。もしかして、その刀って怪しい刀なんじゃないですかね。呪われている刀って事ですかね?」
「さあ、どうだろうね。答えはあの世で聞いてきな」
 藤次郎さんは腰を少し落として左腰につけている刀の柄に手を伸ばすと、そのまま腰を左側に捻って一気に刀身を鞘から抜き出して昌晃君に向かって斬りかかったのだ。そのあまりにも速すぎる一撃だったがために俺はいつものようにその場面を記憶することは出来ず、刀に残像が残る形でしか記憶に残せなかった。時々あるあまりにも速すぎるものを見てしまった時の残像がこんなところで見れるとは思わなかったのだが、座っている昌晃君に向かっていった刀の終着点を俺は見ることが出来ずに刀の残像が見えたと同時に目を逸らしてしまった。
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