天才たちとお嬢様

釧路太郎

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危険な兄と妹編

妖刀卑怨

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「ただ、霊刀檀朔はまだ完成していないのです。刀としてはもう完成しているのですが、刀に宿る魂がまだ空のままなのです。本来であれば美桜様の無垢な魂の一部をいただく事で完成する手はずになっていたのですが、魔剣亞燕に魂を惹かれている今の状態ではせっかくの霊刀檀朔も呪われた刀となってしまう恐れがあるのです。その可能性は限りなくゼロに近いのですが、不確定要素は少しでも排除しなければいけなののです。なぜなら、私どもに失敗は許されないからなのです」
「でも、美桜ちゃんに魔剣渡してますよね?」
 俺は思わず思ったことを言ってしまったのだが、軽い気持ちで言った一言がとても重い空気を生み出してしまった。誰も俺と目を合わせようとしないのだが、ジェニファーさんくらいは俺の味方になってくれてもいいような気がしていた。
「そうですね。禮禮屋と言えども失敗はありますもんね。ですが、その失敗を糧により高みに登ることも大事だと私は思いますよ」
 沈黙に耐えられなくなったのか、ジェニファーさんがいつもとは違って気を遣っていたのだが、竜胆さんはそれに気付いていないようだった。
「いえ、そうおっしゃっていただけるのはありがたいのですが、まだ当方のミスが失敗と決まったわけではないのです。幸いなことに美桜様はまだ夢の世界でのみ力を振るっていらっしゃるのです。現実世界に影響を及ぼしていない以上は、まだ成功とも失敗とも言い切れないのです。それに、美桜様に魔剣亞燕を渡したのは当店の関係者ではないのですから」
「いや、このお店の倉庫から持ってきてましたよ。ちょっと嫌な感じの人だったんですけど、竜胆さんとは全然性格も印象も違う感じだったのでよく覚えてます。あんな人が武器を取り扱っていいのかなって思いましたもん」
「そうなんですよ神山様。彼は誰に対しても敬意を払うという事が出来ず、この店には相応しくないという事で研修中に首という事になりました。研修中に首という事で当店に所属していたという記録は残らないのですが、それでかたをつけるわけにもいきませんのでうまく対処していただく事になります。そこのところは神山様、一つよろしくお願いいたします」
 禮禮屋の主人である竜胆さんは俺に向かって深く頭を下げてきたのだが、そんな頼みをされても俺にはどうすることも出来ないのだ。確かに、夢の中で美桜ちゃんに切られているのは認識しているが、それにどう対処すればいいのかわからない。俺が何かしようにも夢の中の俺は自由に動くことも出来ないのだ。
「お願いしますって言われましても、俺にはどうすることも出来ないと思うんですけど」
「それは重々承知しております。ですので、こちらの妖刀卑怨をお使いになって魔剣亞燕を破壊していただきたいのです。魔剣亞燕に打ち勝てるのは今のところ妖刀卑怨しかない状況なのです。どうかこれをもって夢の世界で魔剣亞燕を破壊してくださいませ」
「破壊しろって言われましてもね、俺にはこんな刀を使ったことなんて無いですし、魔剣亞燕を壊す前に俺の方が死んじゃうと思いますよ。今から練習して強くなるにしても、そんなに時間はなさそうですよね」
「そうですね。出来れば今週中に破壊していただきたいと思っております。来週になると色々と手続きも変わってきますので事務仕事が増えてしまうのです。それだけはどうしても避けたいところなのですが、お願い出来ないでしょうか」
「そう言われましてもね。本当に俺には無理だと思うんですよ。こういうのに慣れてる人の方がいいと思いますし、もしかしたら飛鳥君とか昌晃君がこういうの使えるんじゃないかな」
「残念ですがそれは無理な話ですね。確かに飛鳥さんや昌晃さんは別の世界でこれと似たような武器を使って戦っていたそうなんですが、肝心の夢の世界にたどり着くことが出来ないのです。お二人とも強くて素晴らしいとは思うのですが、美桜さんの作る夢の世界に入ることが出来ないのであれば意味がないのです。そこが一番重要な事なのです」
 魔王と勇者なのかわからないが、飛鳥君と昌晃君がこの刀を使うことが出来るというのは朗報だった。今回は無理でもいつか別の機会で力を貸してもらう事になると思うのだが、本音を言うとそんな場面に出くわしたくはないと思っている。
「一ついいかな。その妖刀卑怨を俺に預けてくれないか。俺なら剣道部で鍛えた技と精神力もあるし、何より美桜の事は俺が一番よく知っていると思う。向こうも俺の事を知っていると思うが、俺は高校生になってからかなり強くなっているので妖刀を破壊するという事に関しても問題はないと思うんだ。俺では無理なのかな?」
「無理ではないと思いますよ。藤次郎さんは美桜さんのお兄さんであられますので夢に入ることも可能でしょう。ただ、そうなると将浩さんの時にあった油断や気を抜いた瞬間というものが存在しなくなる可能性があるんですよね。美桜さんも自分の夢に呼んでないお兄さんが入ってきたら身構えるとも運ですよ。全くの無防備になるとしたら将浩さんか昌晃さんが急に割り込んできた時だけだと思うんですよね。しかし、藤次郎さんの技術と腕であれば美桜さんが油断していなくても破壊することも出来るように思えるんですよね。真剣での勝負は拝見したことが無いのですが、以前隣町で行われていた剣道の試合の映像を見る限りでは相当な腕前だと思っていますからね」
 俺も藤次郎さんが適任だと思うのだが、竜胆さんはあまり藤次郎さんの事を良く思っていないようだ。他に適任者がいない以上任せるしかないと思うのだが、それでも竜胆さんは藤次郎さんを認めようとはしなかった。
「どうしてそんなに藤次郎さんを拒むんですか。何か言えない事情でもあるのですか?」
「事情なんて無いけれど、夢の世界での戦いとはいえ肉親を向かわせるのはどうかと思うんだ。もちろん、私は君が成功して全て丸く収まると思っているのだが、万が一太刀筋がブレてしまって美桜様の体を傷付けることになると藤次郎様の精神的負担はかなりのモノになると思うのです。それでもいいのでしたらご参加いただいて構いませんよ」
「大丈夫です。俺は絶対に美桜を傷つけたりしないですから。他の誰よりもそれだけは自信を持って言えます」
 その真っすぐな目を見て竜胆さんはとうとう折れてしまった。ついに藤次郎さんも禮禮屋から武器を提供してもらえるようになったのだ。
「名前はダサい刀だけど頑張りますよ。夢の世界への行き方は神谷家のメイドさんに教えてもらうといいですよ。特別な事は何も無いのですが、準備だけはしっかりと整えておいてくださいね」
 俺の知らないところで物語は進んでいくことになるのだが、それでも俺は良いと思っている。俺が世界の中心である必要はないのだ。今回も俺が助けに行くことは出来ると思うのだが、時間がかかってしまう事で美桜ちゃんにも負担が行くと考えるとおいそれと行動に移すことは出来ないのだ。
 それでも、いつになく真剣な様子のジェニファーさんと藤次郎さんは傍から見ていると面白い存在だと再認識させていただいたのだった。
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