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危険な兄と妹編
一方通行の片思い
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藤次郎さんと美桜ちゃんはアレからも頻繁に俺達の教室へと遊びに来ていたのだが、二人が揃う事は無くなっていた。おそらく、二人が家で話し合った結果どちらかが俺達の教室にいる時にはもう片方は遠慮するという事になったのだと思う。
交互にくるというわけではなく、三日連続で美桜ちゃんが遊びに来たと思ったら次の日だけ藤次郎さんが遊びに来るという事もあった。美桜ちゃんが遊びに来ている回数の方が断然多くなっているのだが、それは藤次郎さんが全く相手にされていないという事も影響しているのかもしれない。
昨日やってきた藤次郎さんは相変わらず愛華さんに全く相手にされていない状態でもずっと愛の言葉を述べていたのだが、どうしてそこまで強い心を持ち続けることが出来るのか不思議でならなかった。
「うちの兄貴は家でも愛華さんの話題しか出さないんですよ。妹の私が見てても全く脈は無いなって思うんですけど、それでもめげないってのは凄いなって思いますよ」
「でも、美桜ちゃんも昌晃君にはあんまり相手にされてないんじゃない?」
「そうなんですよね。私って結構可愛い方だと思うんですけど、昌晃さんって私みたいな感じよりも愛華さんみたいな胸が控えめの方が好きだったりするんですかね?」
「さあね。でも、昌晃君はそういうのあんまり拘ってないような気もするけどな。そういう話ってあんまりしないからってのもあるけど」
「お兄さんも拘りとかなさそうですよね。誰でも良いって感じですか?」
「さすがにそれは無いでしょ。あんまり拘りはないと思うけどね。今日もここに来たのに昌晃君と話さなくていいの?」
「今はお兄さんと話す時間かなって思ってるんで大丈夫ですよ。それに、私が話しかけても昌晃さんは相手してくれないですからね。お兄さんと話すんだったら璃々ちゃんも連れてくれば良かったな。璃々って私に優しくしてくれること多いのにお兄さんの事になると私の事なんて無視するんですよ。そう考えたら、お兄さんと話したいときには璃々って邪魔かもしれないですね」
たまに璃々の部屋から美桜ちゃんの声が聞こえてくることがあるのだが、聞こえてくる声は二人とも楽しそうに笑っていることが多い。学校で二人がどんな感じで過ごしているのかわからないけれど、璃々と美桜ちゃんはどんな時も楽しそうに笑い合えているのだとは思う。ただ、美桜ちゃんの話が本当ならば、俺が美桜ちゃんと話している時は璃々が近くにいない方がいいような気もしていた。
「美桜から聞いたんだが、君はこのクラスの女子と仲が良いらしいな」
いつもなら愛華さんの方へ行っている藤次郎さんが俺に話しかけてきたので驚いてしまった。あまりにも驚いてしまったので言葉が出ず、無視してしまったような形になってしまったのだが、そんな事はお構いなしに藤次郎さんは俺に話しかけてきた。
「俺は愛華さんが運命の人だと本気で思っているんだ。そんな俺が愛華さんに相手をしてもらうためにはどうするのが一番だと思う?」
「どうするのがって言われましてもね。今までと違うようにしたらいいんじゃないですかね。聞かれてもいないのに自分の事を話し続けるのってあんまりよくないみたいですよ。話しかけるとしても、相手の興味があるようなことにした方がいいんじゃないですかね」
「なるほど。君の言うことはもっともだな。だが、俺にはどんな話題が愛華さんの興味を引くことが出来るかさっぱりわからないんだ。なあ、どんな話題が良いと思う?」
「そう言われましても。藤次郎さんは剣道部の人なんだから剣道の話題とかいいんじゃないですか。この前地区予選で良いところまで勝ち進んでるって言ってたと思うんですけど、そのままの勢いで優勝して全国大会とかに出ればさすがに無視はしないんじゃないですかね。でも、藤次郎さんは全国大会に行けそうなんですか?」
「どうだろうな。くじ運次第だと思うんだが、相手によっては勝ち上がれる可能性が高いとは思うぞ。俺は小学生の頃からずっと剣道をやっているのでそれなりに自信はあったんだが、中学生の時に所詮井の中の蛙だという事を強く実感した試合があったんだよ。その時からそいつの事が苦手になってしまったみたいでな、そいつとあたるといつもの力が全然出し切れずに試合が終わってしまうことも多いんだ。中学の時から数えて公式戦では一度も勝ったことが無いってくらい苦手なんだが、今の俺なら愛華さんの応援があれば勝てるような気もしているのだ。なあ、何とかうまく応援してもらえる方法とかないかな?」
「素直に応援してもらいたいって言えばいいんじゃないですかね。さすがにそんな事を無視するとは思えないんですけど」
「そうだといいんだがな。あまり多くを望まないんだけど、愛華さん一人からの応援じゃなくてこのクラス全員からの応援の中に愛華さんがいるって形でも無理そうかな。無理だったら諦めるんだが」
どうしても勝てない苦手な相手がいるというのはどこの世界でも同じなのだろう。藤次郎さんにとっての天敵は俺が想像するよりもずっと深いトラウマを抱えるような相手になっているようなのだが、そんな相手と戦う前に愛華さんの応援があれば勝てるかもしれないというのは最後の最後で精神力がモノを言うという事なのだろうか。
俺は藤次郎さんの事を悪い人だとは思っていないので協力してあげたいのはやまやまなのだが、愛華さんが完全に藤次郎さんの事を無視しているという事実が俺を躊躇させてしまうのだ。
なぜそこまで頑なに無視を続けているのか思い切って聞いてみようか。その理由次第では少しだけ二人の関係を前進させることも出来るのかもしれない。
「ありがとう。君のお陰で次の試合は勝てそうな気がしてきたよ。君経由とはいえ愛華さんから名前を呼んでもらって応援も頂いたのは感激以外の何者でもないよ。この気持ちを明日も忘れずに、今まで公式戦で一度も勝てなかった原田君に勝てるかもしれない。そうなった時には君にももちろんお礼はするからな。俺が出来ることなんてたかが知れているかもしれないが、きっと君にも喜んでもらえると思うよ」
「勝てるといいですね。愛華さんも直接は嫌でもあんな形だったら大丈夫かもしれないって言ってましたからね」
「そこで相談なんだが、俺が全国大会に行けたあかつきには、愛華さんと連絡先を交換したいと伝えてもらえないだろうか。これはそんなに深い意味は無いのだが、全国に向けてのモチベーションを高める為に必要な事なんだ。ただそれだけなんだ」
「大丈夫かどうかは愛華さんに決めてもらう事になると思いますけど、あまり期待しないでくださいね。俺は藤次郎さんの事をあまり知らないですけど、全国大会に行くほど頑張ったよって事は愛華さんに伝えますからね。それだけは約束しますよ。例え、行けなかったとしても頑張っていたことを伝えますからね」
藤次郎さんはまだ結果が出たわけでもないのにその目には涙を浮かべていた。俺は藤次郎さんほど何かに熱中したことなんてないのだけれど、そんな藤次郎さんでも全てがうまく行っているわけではないという事をあらためて知ることになった。
公式戦で何回戦ったのかはわからないが、たった一度の失敗で立ち直れないくらいのトラウマを抱え込まされたというのはついていないという言葉だけでは片付けられないだろう。逆に考えると、その出来事と正反対の事が起こってしまえば一気に今までの分を取り返す可能性だってあるのではないかと持っている。藤次郎さんにとってそれは愛華さんなのだと思うが、この話を横で黙って聞いている昌晃君と目を合わせることがここ数日出来ていないような気がしていた。
「僕は愛華が嫌がってないんだったらいいと思うよ。でも、嫌がるような事はさせないでね。愛華が嫌がるような事をするんだったらさ、将浩君でも許さないと思うからね」
昌晃君とは相変わらず目が合うことは無かったのだが、藤次郎さんが帰っていく姿を二人で見ながら俺に釘を刺してきたのだ。昌晃君の言葉はとてもゆっくり丁寧に言い聞かせるような感じだったのだが、俺は短い言葉で昌晃君に返事をしていた。その声が昌晃君に届いていたかはわからないが、昌晃君は俺と目を合わせてくれなかったのだった。
交互にくるというわけではなく、三日連続で美桜ちゃんが遊びに来たと思ったら次の日だけ藤次郎さんが遊びに来るという事もあった。美桜ちゃんが遊びに来ている回数の方が断然多くなっているのだが、それは藤次郎さんが全く相手にされていないという事も影響しているのかもしれない。
昨日やってきた藤次郎さんは相変わらず愛華さんに全く相手にされていない状態でもずっと愛の言葉を述べていたのだが、どうしてそこまで強い心を持ち続けることが出来るのか不思議でならなかった。
「うちの兄貴は家でも愛華さんの話題しか出さないんですよ。妹の私が見てても全く脈は無いなって思うんですけど、それでもめげないってのは凄いなって思いますよ」
「でも、美桜ちゃんも昌晃君にはあんまり相手にされてないんじゃない?」
「そうなんですよね。私って結構可愛い方だと思うんですけど、昌晃さんって私みたいな感じよりも愛華さんみたいな胸が控えめの方が好きだったりするんですかね?」
「さあね。でも、昌晃君はそういうのあんまり拘ってないような気もするけどな。そういう話ってあんまりしないからってのもあるけど」
「お兄さんも拘りとかなさそうですよね。誰でも良いって感じですか?」
「さすがにそれは無いでしょ。あんまり拘りはないと思うけどね。今日もここに来たのに昌晃君と話さなくていいの?」
「今はお兄さんと話す時間かなって思ってるんで大丈夫ですよ。それに、私が話しかけても昌晃さんは相手してくれないですからね。お兄さんと話すんだったら璃々ちゃんも連れてくれば良かったな。璃々って私に優しくしてくれること多いのにお兄さんの事になると私の事なんて無視するんですよ。そう考えたら、お兄さんと話したいときには璃々って邪魔かもしれないですね」
たまに璃々の部屋から美桜ちゃんの声が聞こえてくることがあるのだが、聞こえてくる声は二人とも楽しそうに笑っていることが多い。学校で二人がどんな感じで過ごしているのかわからないけれど、璃々と美桜ちゃんはどんな時も楽しそうに笑い合えているのだとは思う。ただ、美桜ちゃんの話が本当ならば、俺が美桜ちゃんと話している時は璃々が近くにいない方がいいような気もしていた。
「美桜から聞いたんだが、君はこのクラスの女子と仲が良いらしいな」
いつもなら愛華さんの方へ行っている藤次郎さんが俺に話しかけてきたので驚いてしまった。あまりにも驚いてしまったので言葉が出ず、無視してしまったような形になってしまったのだが、そんな事はお構いなしに藤次郎さんは俺に話しかけてきた。
「俺は愛華さんが運命の人だと本気で思っているんだ。そんな俺が愛華さんに相手をしてもらうためにはどうするのが一番だと思う?」
「どうするのがって言われましてもね。今までと違うようにしたらいいんじゃないですかね。聞かれてもいないのに自分の事を話し続けるのってあんまりよくないみたいですよ。話しかけるとしても、相手の興味があるようなことにした方がいいんじゃないですかね」
「なるほど。君の言うことはもっともだな。だが、俺にはどんな話題が愛華さんの興味を引くことが出来るかさっぱりわからないんだ。なあ、どんな話題が良いと思う?」
「そう言われましても。藤次郎さんは剣道部の人なんだから剣道の話題とかいいんじゃないですか。この前地区予選で良いところまで勝ち進んでるって言ってたと思うんですけど、そのままの勢いで優勝して全国大会とかに出ればさすがに無視はしないんじゃないですかね。でも、藤次郎さんは全国大会に行けそうなんですか?」
「どうだろうな。くじ運次第だと思うんだが、相手によっては勝ち上がれる可能性が高いとは思うぞ。俺は小学生の頃からずっと剣道をやっているのでそれなりに自信はあったんだが、中学生の時に所詮井の中の蛙だという事を強く実感した試合があったんだよ。その時からそいつの事が苦手になってしまったみたいでな、そいつとあたるといつもの力が全然出し切れずに試合が終わってしまうことも多いんだ。中学の時から数えて公式戦では一度も勝ったことが無いってくらい苦手なんだが、今の俺なら愛華さんの応援があれば勝てるような気もしているのだ。なあ、何とかうまく応援してもらえる方法とかないかな?」
「素直に応援してもらいたいって言えばいいんじゃないですかね。さすがにそんな事を無視するとは思えないんですけど」
「そうだといいんだがな。あまり多くを望まないんだけど、愛華さん一人からの応援じゃなくてこのクラス全員からの応援の中に愛華さんがいるって形でも無理そうかな。無理だったら諦めるんだが」
どうしても勝てない苦手な相手がいるというのはどこの世界でも同じなのだろう。藤次郎さんにとっての天敵は俺が想像するよりもずっと深いトラウマを抱えるような相手になっているようなのだが、そんな相手と戦う前に愛華さんの応援があれば勝てるかもしれないというのは最後の最後で精神力がモノを言うという事なのだろうか。
俺は藤次郎さんの事を悪い人だとは思っていないので協力してあげたいのはやまやまなのだが、愛華さんが完全に藤次郎さんの事を無視しているという事実が俺を躊躇させてしまうのだ。
なぜそこまで頑なに無視を続けているのか思い切って聞いてみようか。その理由次第では少しだけ二人の関係を前進させることも出来るのかもしれない。
「ありがとう。君のお陰で次の試合は勝てそうな気がしてきたよ。君経由とはいえ愛華さんから名前を呼んでもらって応援も頂いたのは感激以外の何者でもないよ。この気持ちを明日も忘れずに、今まで公式戦で一度も勝てなかった原田君に勝てるかもしれない。そうなった時には君にももちろんお礼はするからな。俺が出来ることなんてたかが知れているかもしれないが、きっと君にも喜んでもらえると思うよ」
「勝てるといいですね。愛華さんも直接は嫌でもあんな形だったら大丈夫かもしれないって言ってましたからね」
「そこで相談なんだが、俺が全国大会に行けたあかつきには、愛華さんと連絡先を交換したいと伝えてもらえないだろうか。これはそんなに深い意味は無いのだが、全国に向けてのモチベーションを高める為に必要な事なんだ。ただそれだけなんだ」
「大丈夫かどうかは愛華さんに決めてもらう事になると思いますけど、あまり期待しないでくださいね。俺は藤次郎さんの事をあまり知らないですけど、全国大会に行くほど頑張ったよって事は愛華さんに伝えますからね。それだけは約束しますよ。例え、行けなかったとしても頑張っていたことを伝えますからね」
藤次郎さんはまだ結果が出たわけでもないのにその目には涙を浮かべていた。俺は藤次郎さんほど何かに熱中したことなんてないのだけれど、そんな藤次郎さんでも全てがうまく行っているわけではないという事をあらためて知ることになった。
公式戦で何回戦ったのかはわからないが、たった一度の失敗で立ち直れないくらいのトラウマを抱え込まされたというのはついていないという言葉だけでは片付けられないだろう。逆に考えると、その出来事と正反対の事が起こってしまえば一気に今までの分を取り返す可能性だってあるのではないかと持っている。藤次郎さんにとってそれは愛華さんなのだと思うが、この話を横で黙って聞いている昌晃君と目を合わせることがここ数日出来ていないような気がしていた。
「僕は愛華が嫌がってないんだったらいいと思うよ。でも、嫌がるような事はさせないでね。愛華が嫌がるような事をするんだったらさ、将浩君でも許さないと思うからね」
昌晃君とは相変わらず目が合うことは無かったのだが、藤次郎さんが帰っていく姿を二人で見ながら俺に釘を刺してきたのだ。昌晃君の言葉はとてもゆっくり丁寧に言い聞かせるような感じだったのだが、俺は短い言葉で昌晃君に返事をしていた。その声が昌晃君に届いていたかはわからないが、昌晃君は俺と目を合わせてくれなかったのだった。
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