天才たちとお嬢様

釧路太郎

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疑似恋愛の章

中学生の割には大きいって言われます

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「昌晃さんって愛華さんと付き合ってないんだとしたら、私にもチャンスあるって事ですよね。チャンスがあるんだったら、攻めないとダメって事ですよね。私が世界で一番強くて可愛いって事を教えてあげないといけないって事ですよね」
「世界で一番強くて可愛いってどういうこと?」
「どういう事って、私はこう見えても中学生の中で一番強いんです。大会でも優勝したことあるんですよ。見た目がこんなんだから強そうに見えないかもしれないですけど、戦ったら強いんですからね。その証拠に、一度戦ってみますか?」
 璃々よりも一回り小さくてあどけなさもまだ残る中学生の女の子にしか見えないのだが、この子の立ち居振る舞いから底知れぬ自信を感じてしまう。もしも、本当に手合わせをお願いしたら一瞬で勝負がついてしまうような怖さも感じていたのだ。
「一つ気になるんだけど、天樹透がうちのクラスにやってきた時にみんなが戦ってるのを見てたって事だよね?」
「はい、お兄さんの近くで見てましたよ。私も助っ人として参加しようかなって思ったんですけど、部外者が首を突っ込むと面倒なことになるかもしれないなって思ったんですよね。だって、お兄さんのクラスって神谷さんのクラスですもん」
 俺の近くで見ていたと言っているけれど、俺の近くでこの子を見た記憶はない。ちょっとでも俺が見ていれば記憶に残っているはずなのだけれど、あの時の情景を思い出してもこの子の顔が一切浮かんでこないのだ。
「あ、思い出そうとしたって無駄ですよ。璃々ちゃんからお兄さんって瞬間記憶能力が凄いって聞いてましたから見られないようにずっとお兄さんの死角にいましたから。お兄さんって目が凄くいいからソレに頼り切ってたんで死角に入るの簡単でしたよ。フランソワーズさん達には何度か一緒に戦えってアピールされてましたけど、やっぱり部外者なんでやめといたんです。神谷さんから直接頼まれてたら断る理由はなかったんですけど、神谷さんのところのメイドさんに頼まれてもデメリットの方が大きそうでしたもん」
「デメリット?」
 フランソワーズさん達が天樹透の連れてきた男たちと戦っている時に何度かこっちを見ていたのは俺達を見てたのではなくこの子を見ていたという事なのだろうか。この子が言っていることを信じてみる前提ではあるが、俺と綾乃は少し離れていたので何をそんなに気にしているのかと思っていた疑問もこれなら納得出来るような気もしていた。
 それと、思わず口にしてしまったのだが、フランソワーズさん達を助けるデメリットってなんだったんだろう?
「お兄さんって本当にいい人ですよね。わざと気付いていない振りをしているのかもしれないですけど、あの場面で私が助っ人に入ってあっさり終わらせると余計な事をしたって怒られちゃうと思うんですよね。神谷さんがコツコツと積み重ねてきたものを横から掻っ攫うことになっちゃうじゃないですか。それって、とっても良くない事だと思うんですよ。でも、あの場面で私が加わっても加わらなくても結果は変わらなかったと思うんですけどね。変わらないんだったら楽出来た方がいいじゃないですか。お兄さんのクラスの人は最初にやられた男子の怪我以外は大したことなかったんですしね」
「つまり、どういうこと?」
「もう、本当は気付いてますよね。あの事件は神谷家が天樹グループを乗っ取るために計画されていた一つの作戦だったって事ですよ。天樹グループが神谷家よりも上だって証明するために天樹透がバカな事をするように仕向けられたって事だと思いますよ。状況から推測しただけですけど、もともとヤンチャ坊主な天樹透が劉輝達を使って悪さをして調子に乗らせておいて神谷綾乃をどうにかしようとしたんじゃないですかね。たぶん、それとなく劉輝達が天樹透を煽ってたんだと思いますよ。天樹透は自分が劉輝達を動かしていると思ってたようですけど、実際のところは神谷家によって支持されていた劉輝達に乗せられていたに過ぎなかったんだと思いますよ。だって、普通に考えたら一般人がプロの殺し屋に勝負なんて挑まないでしょ。プロの殺し屋って例えは悪いですけど、それくらい離れた世界の住人だって事です」
「ちょっと待って、あの出来事って神谷家で仕組んだことだったって言いたいわけ。さすがにそれは飛躍し過ぎだと思うよ。第一、そんな事をする理由は無いじゃない」
「確かに、こんなのは陰謀論が好きな妄想家の妄言でしかないと思いますよ。でも、それだけのことが出来る人達ではあるんですよ。だって、お兄さんが普通に転校してきてますからね。それって、最初からお兄さんのために枠が一つ空いてたって事かもしれないですよね」
「そんなことは無いんじゃないかな。俺が今いるクラスは生徒数も十二人だったし、定員に余裕はあったと思うよ」
「他のクラスは定員数に達してますもんね。でも、なんでお兄さんのクラスはそんなに人数が少ないんでしょうね。そこに何か秘密があるような気がするんですけど、あんまり深く考えるのは良くないかもしれないですね。私の悪い癖です」
「そうは言うけどさ、何か気になってるなら教えてよ。俺もだんだん気になってきたし」
「あくまでも私の勝手な妄想ですけど、お兄さんのクラスの人達って神谷家にとって必要になる人材だけが集められているような気がするんですよ。本当に必要な人だけを集めているからこそ人数も少ないって事なんじゃないですかね」
「でも、それだとしても伸一さんのクラスには普通に定員ピッタリの人数がいるみたいだけど。それはどういうことになるのかな?」
「それは単純に神谷伸一と神谷綾乃の人を見極める能力の差なんじゃないですかね。神谷伸一には専属のメイドもついていませんし、一人で何でも出来ちゃうって事なんじゃないですか。神谷綾乃が一人で何も出来ないってことは無いと思いますけどね。それか、神谷綾乃の方が神谷家にとって重要なので常に専属のメイドを傍に置いているのかもしれないですね」
 この子の言っていることは何か説得力があるように感じてしまうのだが、それを全て信じる気にはなれなかった。仮に、あの事件が全て神谷家の手のひらの上で踊らされた結果だったとしたら俺は憤りを感じてしまう。なぜなら、被害に遭った人達の事を何とも思っていなさすぎるからだ。俺が知っている神谷さんは皆思いやりがあって困っている人を無視することの出来ないような人たちなのだ。そんな人達が街の人達を毎日不安な気持ちで過ごさせるような目に遭わせるだろうか。そんな事はしないはずだ。
 だが、この子の言っていることを完全に否定しきれない面もあるのだ。事件の解決と同時に天樹グループが実質的に神谷家の傘下に下ったという事だ。ほぼ天樹グループの自爆に近い形ではあるが、神谷家の傘下に下ったという事実はそれらすべての妄言を否定するにはあまりにも出来過ぎている結果になっているのだ。
 飛鳥君の家の問題が解決した後も神谷家は労せずして益を得ていたようにも思えるのだが、それも俺の考えすぎなのだろうか。そもそも、この子の言っていることを信じていいのだろうか。問題はそこからなのではないだろうか。俺にはその答えが何なのかわからなくなくなってしまっていた。
「もう、お兄ちゃんは頭が良いのにすぐ乗せられちゃんだから。美桜ちゃんもそれっぽいこと言ってお兄ちゃんを騙そうとしちゃダメだよ。そんな事をしたらお兄ちゃんが協力してくれなくなるかもよ」
「ごめんなさい。お兄さんがあまりにも素直に私のいう事を聞いてくれてたんでついついからかっちゃいました。でも、私がお兄さんの側にいたってのは本当ですからね」
 あまりにも説得力がある感じだったので信じかけてしまったのだが、この子の言っていることは本当に嘘だったのだろうか。俺にはその嘘という言葉も嘘なのではないかと思えてしまい何が何だかわからなくなっていた。そもそも、俺の近くにいたというのは完全に嘘だと思うのだが。
「お兄さんの近くにいたのが嘘じゃないってのを証明しますね。証明のために水着を着替えてくるんでここで待っててくださいね」

「どうですか。この水着。私の初めてのビキニなんです」
 美桜ちゃんは先ほどの競泳水着からピンク色の可愛らしいビキニに着替えてきたのだ。気付かなかったのだけれど、中学生のわりにはふくよかな胸をしているような気がする。
「あ、競泳用の水着って締め付けがきついんで胸も潰れちゃうんですよ。普通にしてたら愛華さんより大きいかもしれないですね。昌晃さんって胸は大きい方が好きだったりしないですかね?」
「さあ、そういう話はしたことないからわからないな」
 確かに、こう言っては失礼かもしれないけれど、単純に大きさだけを比べてしまえば愛華さんより美桜ちゃんの方が大きいのかもしれない。ただ、昌晃君がそれを良しと思うかは本人次第だろう。
 あまり見ているつもりはないのだけれど、璃々から注意されたので視線を胸元に持っていくのはやめておこう。
「それで、お兄さんの死角にいたって証拠を見せるために今からあることをします。それは、このビキニを璃々に渡してお兄さんの後ろで見つからないようにしますね。一応手で隠してはおきますけど、私と目が合ってしまったら手をどけてもいいですよ」
「別にそこまでする必要はないと思うけど」
「大丈夫ですよ。お兄さんの動きくらいなら読めますから。別に見たくないって言うんだったら制限時間いっぱいまで黙って立っててくれていいですからね」
「制限時間って?」
「そうですね。三分にしましょうか。三分間黙って立っててもいいですし、私の胸を見ようと努力してくれてもいいですからね。でも、男の人に見られたことってないから恥ずかしいかも」
 制限時間三分の間に俺がやるべきことは何だろうか。黙って立っていればいいだけの話かもしれないが、そんな事をしてこの子は満足なのだろうか。あまりにも自信たっぷりな様子から察するに、その自尊心を傷つけないようにすることの方が先決なのではないだろうか。その為に俺に出来ることとは何だろうか。そう、それは、俺も全力で見ようと努力することのはずだ。お互いに全力をぶつけ合ったところにこそ生まれる達成感というものがあるはずなのだ。その達成感を美桜ちゃんに味わってもらうためにも、俺は全力でこの勝負に挑まなくてはならないのだ。やましい気持ちなんてこれっぽっちもないのだが、美桜ちゃんの自尊心を満たすためにも全力で挑む必要があるのだ。
「ねえ、今のお兄ちゃんって最低な男の顔しているよ。ちょっと軽蔑しちゃうかも」
 璃々が何か言っていたような気もするのだが、今の俺にはその言葉は届かない。だが、後でケーキでも作ってあげる事にしようかな。璃々の好きなケーキを作ってあげる事にしよう。
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