天才たちとお嬢様

釧路太郎

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疑似恋愛の章

璃々の友達

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 前の学校では登校拒否をしていた璃々が毎日ちゃんと学校に通うようになったのはとてもいい事である。さすがに璃々の頭に勝てる生徒はいないと思うのだが、体力面ではずっと引き籠っていた璃々に勝てる相手はいないようだ。その上、毎日の登下校が歩きではなく車での送り迎えがしっかりされているという事もあってどう考えても体力がつくはずもないのだ。
 そんな璃々の体力強化も兼ねて先週から一緒に運動を始めてみたのだが、一週間通してやってみて学んだことは、もともと体力のない璃々にとっては普通に走るという事だけでも体力の消耗が激しすぎて準備運動の段階で疲労困憊になってしまっているという事だ。ただ、瞬発力だけはあるので短い時間ならそれなりに動くことが出来る。
 自分でもこのままでは危ないと思った璃々は仲良くなった友達に体に負担を少なく体力をつけるのはプールで歩き回るのが良いと言われて、今週から俺も一緒にプールで体力づくりをすることになったのだ。
「お兄ちゃんと一緒にプールにくるんだったら新しい水着買ってもらえばよかったな」
「買ってもらえばよかったって、誰に頼むつもりなんだよ?」
「そりゃ、水着と言えばお母さんでしょ。璃々もお母さんみたいにセクシーな水着を着てお兄ちゃんに見てもらいたいって思ってたからね」
「お母さんの水着って、ほとんど紐だろ。あんなの着て市民プールに来たらただの迷惑行為だと思うよ。それに、あの水着を
「お兄ちゃん、それ以上は言わなくても大丈夫だよ」
 頭の良い璃々は俺が言おうとしていることを最後まで聞かなくても理解したのだろう。もっとも、この文脈で言いたいことがわからないんだとしたらその方が問題だったりするのかもしれない。
「普通に歩くだけでも結構大変なんだね。思っていたよりも水が温かいからいいんだけど、普通に海とか川でやったら溺れちゃいそうだよ」
「そうかもな。でも、璃々って普通に泳げるんじゃないの?」
「泳ごうと思えば泳げるんだけどさ、今はこうして歩いている方がいいと思うんだよね」
 俺の手を握っている璃々の手から伝わる力が急に強く感じたのだが、その強さとは裏腹に璃々の表情は明るく楽しそうに見えていた。こんなに楽しそうに握った手を力いっぱい握り返してくるのはどんな意味があるのだろうと思い、考えるのも怖くなってしまったほどであった。
 一時間ほど軽く歩いてみたのだが、思っていたよりも体で感じる疲労は無かったと思う。璃々も美味しそうにホットレモンティーを飲んでいるのだが、その表情を見る限りではあまり疲労も蓄積していないようだった。
 俺はそろそろ帰ろうかなと思っていたのだが、もう少しでここを紹介してくれた璃々の友達とやらがやってくるようなので、もう少し運動をすることにしたのだ。と言っても、やれることは限られてしまうわけで、俺がプールを歩いて一往復する間に璃々が泳いで何往復できるかという勝負をすることになったのだ。
 何やら勝算があるように思えるのだが、これはそこまで熱意を注いで真剣に戦うような事でもないんだよなと思いつつも楽しそうに死地ている璃々を見ていると無粋な事は言わない方がいいと思ったのだ。
 俺は全く泳げないので水の中を歩くだけで精一杯なのだが、璃々はそんな事は構わずに俺の横をすいすいと泳いでいた。水しぶきをあげながら進んでいく璃々を見ていて思ったのだが、水しぶきの大きさと速さは比例するわけではないのだ。早い人ほど優雅に泳いでいるように見えた。
 俺が歩いて一往復している間に璃々は泳いで三往復くらいしていたのだが、璃々の隣で優雅に泳いでいた女の子は十往復くらいしていたような気がしていた。正確に数えていないので確かなことは言えないのだが、俺が少し顔を上げた時には折り返して戻ってきていたところを見ていたのだ。
「璃々はもっと速く泳げるかと思ってたんだけどな。三往復だけってちょっと物足りないかも」
「狭いプールとはいえ往復するのは普通に疲れるでしょ。途中で足付いたりしてないよね?」
「足もつかないで三往復なんて無理でしょ。璃々は水泳の選手じゃないんだからね。お兄ちゃんよりも少しだけ泳げるってだけなんだよ」
「ほら、いつまでもそのレーンを一人で使うのは良くないって。次の人に譲りなよ」
「そうだけどさ、美桜ちゃんがまだ来てないみたいなんだよね。美緒ちゃんにお礼を言わないと帰りづらいし。お兄ちゃんは美桜ちゃん見なかった?」
「見てないかと言われてもさ、その人がどんな人か知らないからね。知ってれば教えると思うけど、俺にはどんな人かもわからないからな」
 その間も璃々の隣のレーンで泳いでいる女の子は何往復もしていたのだ。そのフォームは最初に見た時と変わらず水しぶきもほとんど上げない綺麗な泳ぎ方であった。泳げない俺が言うのも何なのだが、教科書に載るレベルで綺麗な泳ぎ方をしていると思った。
「あ、璃々の隣で泳いでいた人が美桜ちゃんかも。泳ぎ終わるまで待っててみようか。待ってる間に何飲もうかな。次は甘いのでもいいかも」

 俺と璃々がベンチに腰を下ろして待っていたのだが、アレからしばらく経っているはずなのに美桜ちゃんという女の子は疲れることも無く淡々と泳いでいたんだと思う。それから更に五往復した後にプールから上がって俺達の方へと歩いてきた。
 それを見ていた璃々が嬉しそうに手を振っていた。しばらくしてそれに気付いた美桜ちゃんは璃々に手を振りながらも小走りで駆け寄ってきてくれたのだ。
「ホントに来たんだね。璃々ちゃんはそういうのしないのかと思ってたよ」
「そんな事ないよ。璃々は美桜ちゃんにお勧めされたから確かめに来たってのもあるしね。でも、普通に面白かったしいい感じだよ」
「毎日通ってればそのうち体力も付くんじゃないかな。でもさ、神谷さんの家ってなんでもありそうなのにプールはないんだね。意外かも」
「それもそうだ。ねえお兄ちゃん、神谷さんちにはプールってあるのかな?」
「さあ、俺も全部見たわけじゃないんでわからないけど、かなり広い家だからもしかしたらあるのかもしれないね。帰ったら聞いてみようか」
「プールが無くても屋敷の中を歩いているだけでも運動になりそうだよね。璃々の生活範囲って虫よりも小さいと思うからさ、今日からちゃんといろんなところに歩いて行ってみるよ」
「ところで、お兄さんのクラスって違う世界の記憶がある人がいるって噂を聞いたんですけど、それって本当ですかね?」
「そういう人はいるけど、元魔王とか信じるタイプなのかな?」
「あ、元魔王じゃない人です。勇者やってたか英雄になったとかそういう人の話なんですけど」
「それだったら昌晃君と愛華さんかな愛華さんはそんな記憶もはっきり思い出せないって言ってたし、昌晃君の方がその噂に当てはまってるかもね」
「そうなんですね。じゃあ、今度時間がある時で良いんでその人も誘ってくださいよ。別にここに来てもらうんじゃなくてもいいですから、誘っておいてくださいね。何か進展があったら私に知らせるようにって璃々に伝えておいてくださいね」
「うん、それは良いんだけど、何か目的でもあるの?」
「お兄さんなら言っても笑わなそうなんで言いますけど、私も前世の記憶があるんですよ。たぶん、お兄さんのお友達と一緒でいろんな世界を渡り歩いていたんだと思うんです。その証拠に、私の中に見た事のない場所で一緒に冒険していた人がいるんですけど、お兄さんのお友達がその人なんじゃないかなって思ったりしてるんです。もしかしたら、私の運命の相手かもしれないですからね」
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