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集団暴行事件編
メイドと刺青男
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宇佐美さんの運転する車はフランソワーズさんの指示に従って海沿いにある倉庫群へと向かっていた。港湾地区に当たる倉庫群では一般の釣り人も何人か見かけるのだが、誰も俺達に対して意識を向けている人はいなかった。この時期に何が釣れるのかさっぱりわからないのだが、釣り人は皆自分の竿に集中しているようだった。
「では、三十分経っても戻らないようでしたら私が直接お迎えに参りますね」
「そうなることは無いと思いますが、もしもの時はお願いします。あと、将浩さんのために何か食べる物を買っておいてくれると助かります」
「かしこまりました。あまり無茶なことはなさらないように」
宇佐美さんは俺とフランソワーズさんを下ろすとそのまま遠回りして元の道へと戻っていった。何が何だかわからないまま俺は車を降りてフランソワーズさんの後に続いていたのだが、フランソワーズさんが立ち止まったのは他の倉庫に比べて落書きが異常に多いいかにも普通ではない倉庫の前であった。
「この扉は鍵がかかっているみたいで開かないですね。ですが、他に入口も見当たりませんし、ここからどうにかして入らないといけないですよね。将浩さんはここの合い鍵なんて持ってないですよね?」
「え、合い鍵なんて持ってないですよ。ここに来たのも初めてですし」
「そうですよね。困ったな。この中に飛鳥さんが探している男がいると思うんですけど、きっと呼んでも出てこないですよね。あまり時間も無いですし、多少強引な手段に出るのも仕方ないですよね」
辺りを見回しながら何かを探していたフランソワーズさんではあったが、何かを見付けたフランソワーズさんは嬉しそうにそれに駆け寄ると子供のようにはしゃいでいた。
「見てくださいよ。こんなところにちょうどいいブロックがありました。これでドアノブを叩き壊せば何とかなりそうじゃないですか」
「いやいや、さすがにそれはマズいと思いますよ。この倉庫って他の倉庫に比べてヤバそうな感じもしてますし、無茶な事はしない方が良いと思います」
「大丈夫ですよ。一人も逃がすつもりはないですから。将浩さんは私の後ろにいれば大丈夫ですから安心してついて来てくださいね」
「そういう事じゃなくて、中にいるのが刺青の男だとしたら、他にも危険なやつがいるかもしれないじゃないですか。そうなったらフランソワーズさんを守れるか心配なんですよ」
「将浩さんって優しいですよね。でも、私は将浩さんよりこういう時は強いと思うので心配はご無用ですよ。他の事で困った時に助けてくださいね」
フランソワーズさんは俺が止めるのも聞かずにコンクリートブロックをドアノブに叩きつけたのだ。ドアノブは大きな音を立てて外れたのだが、肝心の鍵が開くことは無く外からは開けられない扉が出来ただけであった。
「あら、思ってたのと違う結果になってしまいましたね。こうなると外から開けるのは無理っぽいですよね。どうしようかな。その辺にバールとか無いか探してもらってもいいですか?」
「わかりました、何かないか探してみますね」
何かないか探してくれと言われてもそんなに都合よく見つかるものでもないだろうなと思っていると、後ろからドゴッという大きな音が聞こえてきた。何事かと思って俺が振りかえると、フランソワーズさんの足が扉を蹴りぬいていたのだ。体勢を見ると胴回し蹴りを決めたようなのだが、目標物が動かないとはいえここまで綺麗に打ち抜けるのかと思えるくらいにピンポイントでドアノブがあった場所を蹴りぬいていたのだ。
「あの、ドアノブを外すのが目的でコンクリートブロックを叩きつけたんですか?」
「その理由もあったんですけど、あのブロックで鍵を壊せたらいいなって思ったんですよね。でも、それは無理だったんでちょっと他の事を試したいなって思ったんですよ」
「それならそうと言ってくれれば良かったのに。でも、綺麗にドアノブがあった場所を蹴って壊せたんですね。凄いな」
「動かない相手だったら誰でも出来ますよ」
その声のトーンからは謙遜なのか自信なのかわからないが、少し恥ずかしそうにしていたのが印象的だった。
「これだけの音を立てても誰もやって来ないって事は、今日はここに居ないんですかね。どこかに行ってるのかな」
物が雑多に置かれている一階には人の気配もなく、入り口わきにある階段の上にある小さな部屋くらいしか人がいそうな場所は無かった。
「私は上を見てくるので将浩さんはこのフロアをもう少し見ててもらっていいですか?」
「別にいいですけど、上を見に行くなら俺も一緒に行きますよ」
「大丈夫ですよ。あのくらいの部屋だったら多くても五人くらいが限度だと思いますから。隠れてるんだとしたら一階の方が人も多そうですしね」
俺は言われるがままに一階を念入りに調べてみたのだが、人が隠れられそうな場所を念入りに探してみても当然誰も隠れてなどいなかったのだ。
他に見る場所も無いだろうと思って二階に行ってみようかなと思っていた時、外から誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「誰がドア壊したんだよ。ぶっ壊れてんじゃん」
壊れたドアを不思議そうに見ていた男が倉庫の中を覗いてきたのだが、ちょうどその視線の先にいた俺を見付けて肩を左右に大きく揺らしながら近付いてきた。
「なんだお前は。アレをやったのはお前か?」
「いや、アレをやったのは俺じゃないけど」
「お前じゃないなら誰だって言うんだよ。じゃあ、お前はドアが壊れてたから中に入ってきたっていうのか?」
「そう言うわけじゃないけど」
俺は嘘はついていないのだが、この男は俺の言うことをまるで信じてはいないようだ。逆の立場だったら俺も信じるはずは無いのだが、どうにかうまく切り抜けないと上にいるフランソワーズさんにも危害が加えられるのかもしれない。それだけは何とか避けたいと思うのだが、騒ぎを聞きつけたフランソワーズさんは嬉しそうに階段を駆け下りてきたのだ。
「あ、やっと見つけました。誰もいなくて寂しいなって思ったんですよ。でも、あなた一人だけなんですか?」
「なんだお前は。何でメイド服なんて着てるんだ?」
「人の質問に対して質問で返すのは良くないですよ。聞かれたことにはちゃんと答えましょうね」
「なんでお前の質問に答えなきゃいけないんだよ。ここに入ってきた目的は何だ。ここにはお前らが欲しがるようなモノなんかないぞ」
「私達は泥棒ではないですよ。首に龍の刺青が入っている人を探してるんですが、ここに居ると聞いてきたのにどこにもいないんですよね。一緒に買い物に行ってたんじゃないですか?」
「お前は首に龍の刺青が入った男を探しているというのか。誰に聞いたのか知らんが、いますぐ帰った方がいいと思うぞ。何の目的があって探しているのか知らないが、お前みたいな女は関わらない方がいい」
「大丈夫ですよ。私は劉鵬より強いですから」
短い沈黙の後に男は手に持っていた袋の中からビールを取り出すと、それをフランソワーズさんに投げて渡していた。
「すいません。私はビール飲まないです」
「劉鵬さんより強い女がいるって話は劉輝さんから聞いたことがあるんだが、あんたがそうなのか。すぐに劉輝さんは戻ってくるから待ってると良いよ。そっちの男の子はたぶん強くないんだろ。悪いことは言わないから倉庫から出ていた方がいいぞ」
「倉庫から出た方が良いって、誰に言ってんの?」
壊れたドアを不思議そうに見ていた男が倉庫内をゆっくりと見まわしていたのだが、その首には大きく口をあけた龍の刺青が入っていた。
俺が昌晃君と一緒に見た龍の刺青と似てはいるのだが、あの時に見た龍の刺青は口が空いていなかった。それに、この男の顔も似てはいるのだが、あの時に見た男とは少し違っていたのだ。
「あ、フランソワーズだ。お前がこれをやったんだろ。こんなことされると困っちゃうんだよな。この償いはその体で払ってもらう事にするか。お前はそのガキを殺しとけ。俺はフランソワーズと遊んどくからよ」
ゆっくりと近付いてきた男は申し訳なさそうな顔を俺に向けていたのだが、まっすぐ伸びてきたその太い腕は俺の首を掴もうとしていたのだ。
「悪いな。もう少し早く外に出してやれればよかったんだがな」
男は俺に向けて最後の慈悲を与えるかのような目をしていたのだが、俺の首元に伸びるその腕は全く迷いがないように感じたのだった。
「では、三十分経っても戻らないようでしたら私が直接お迎えに参りますね」
「そうなることは無いと思いますが、もしもの時はお願いします。あと、将浩さんのために何か食べる物を買っておいてくれると助かります」
「かしこまりました。あまり無茶なことはなさらないように」
宇佐美さんは俺とフランソワーズさんを下ろすとそのまま遠回りして元の道へと戻っていった。何が何だかわからないまま俺は車を降りてフランソワーズさんの後に続いていたのだが、フランソワーズさんが立ち止まったのは他の倉庫に比べて落書きが異常に多いいかにも普通ではない倉庫の前であった。
「この扉は鍵がかかっているみたいで開かないですね。ですが、他に入口も見当たりませんし、ここからどうにかして入らないといけないですよね。将浩さんはここの合い鍵なんて持ってないですよね?」
「え、合い鍵なんて持ってないですよ。ここに来たのも初めてですし」
「そうですよね。困ったな。この中に飛鳥さんが探している男がいると思うんですけど、きっと呼んでも出てこないですよね。あまり時間も無いですし、多少強引な手段に出るのも仕方ないですよね」
辺りを見回しながら何かを探していたフランソワーズさんではあったが、何かを見付けたフランソワーズさんは嬉しそうにそれに駆け寄ると子供のようにはしゃいでいた。
「見てくださいよ。こんなところにちょうどいいブロックがありました。これでドアノブを叩き壊せば何とかなりそうじゃないですか」
「いやいや、さすがにそれはマズいと思いますよ。この倉庫って他の倉庫に比べてヤバそうな感じもしてますし、無茶な事はしない方が良いと思います」
「大丈夫ですよ。一人も逃がすつもりはないですから。将浩さんは私の後ろにいれば大丈夫ですから安心してついて来てくださいね」
「そういう事じゃなくて、中にいるのが刺青の男だとしたら、他にも危険なやつがいるかもしれないじゃないですか。そうなったらフランソワーズさんを守れるか心配なんですよ」
「将浩さんって優しいですよね。でも、私は将浩さんよりこういう時は強いと思うので心配はご無用ですよ。他の事で困った時に助けてくださいね」
フランソワーズさんは俺が止めるのも聞かずにコンクリートブロックをドアノブに叩きつけたのだ。ドアノブは大きな音を立てて外れたのだが、肝心の鍵が開くことは無く外からは開けられない扉が出来ただけであった。
「あら、思ってたのと違う結果になってしまいましたね。こうなると外から開けるのは無理っぽいですよね。どうしようかな。その辺にバールとか無いか探してもらってもいいですか?」
「わかりました、何かないか探してみますね」
何かないか探してくれと言われてもそんなに都合よく見つかるものでもないだろうなと思っていると、後ろからドゴッという大きな音が聞こえてきた。何事かと思って俺が振りかえると、フランソワーズさんの足が扉を蹴りぬいていたのだ。体勢を見ると胴回し蹴りを決めたようなのだが、目標物が動かないとはいえここまで綺麗に打ち抜けるのかと思えるくらいにピンポイントでドアノブがあった場所を蹴りぬいていたのだ。
「あの、ドアノブを外すのが目的でコンクリートブロックを叩きつけたんですか?」
「その理由もあったんですけど、あのブロックで鍵を壊せたらいいなって思ったんですよね。でも、それは無理だったんでちょっと他の事を試したいなって思ったんですよ」
「それならそうと言ってくれれば良かったのに。でも、綺麗にドアノブがあった場所を蹴って壊せたんですね。凄いな」
「動かない相手だったら誰でも出来ますよ」
その声のトーンからは謙遜なのか自信なのかわからないが、少し恥ずかしそうにしていたのが印象的だった。
「これだけの音を立てても誰もやって来ないって事は、今日はここに居ないんですかね。どこかに行ってるのかな」
物が雑多に置かれている一階には人の気配もなく、入り口わきにある階段の上にある小さな部屋くらいしか人がいそうな場所は無かった。
「私は上を見てくるので将浩さんはこのフロアをもう少し見ててもらっていいですか?」
「別にいいですけど、上を見に行くなら俺も一緒に行きますよ」
「大丈夫ですよ。あのくらいの部屋だったら多くても五人くらいが限度だと思いますから。隠れてるんだとしたら一階の方が人も多そうですしね」
俺は言われるがままに一階を念入りに調べてみたのだが、人が隠れられそうな場所を念入りに探してみても当然誰も隠れてなどいなかったのだ。
他に見る場所も無いだろうと思って二階に行ってみようかなと思っていた時、外から誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「誰がドア壊したんだよ。ぶっ壊れてんじゃん」
壊れたドアを不思議そうに見ていた男が倉庫の中を覗いてきたのだが、ちょうどその視線の先にいた俺を見付けて肩を左右に大きく揺らしながら近付いてきた。
「なんだお前は。アレをやったのはお前か?」
「いや、アレをやったのは俺じゃないけど」
「お前じゃないなら誰だって言うんだよ。じゃあ、お前はドアが壊れてたから中に入ってきたっていうのか?」
「そう言うわけじゃないけど」
俺は嘘はついていないのだが、この男は俺の言うことをまるで信じてはいないようだ。逆の立場だったら俺も信じるはずは無いのだが、どうにかうまく切り抜けないと上にいるフランソワーズさんにも危害が加えられるのかもしれない。それだけは何とか避けたいと思うのだが、騒ぎを聞きつけたフランソワーズさんは嬉しそうに階段を駆け下りてきたのだ。
「あ、やっと見つけました。誰もいなくて寂しいなって思ったんですよ。でも、あなた一人だけなんですか?」
「なんだお前は。何でメイド服なんて着てるんだ?」
「人の質問に対して質問で返すのは良くないですよ。聞かれたことにはちゃんと答えましょうね」
「なんでお前の質問に答えなきゃいけないんだよ。ここに入ってきた目的は何だ。ここにはお前らが欲しがるようなモノなんかないぞ」
「私達は泥棒ではないですよ。首に龍の刺青が入っている人を探してるんですが、ここに居ると聞いてきたのにどこにもいないんですよね。一緒に買い物に行ってたんじゃないですか?」
「お前は首に龍の刺青が入った男を探しているというのか。誰に聞いたのか知らんが、いますぐ帰った方がいいと思うぞ。何の目的があって探しているのか知らないが、お前みたいな女は関わらない方がいい」
「大丈夫ですよ。私は劉鵬より強いですから」
短い沈黙の後に男は手に持っていた袋の中からビールを取り出すと、それをフランソワーズさんに投げて渡していた。
「すいません。私はビール飲まないです」
「劉鵬さんより強い女がいるって話は劉輝さんから聞いたことがあるんだが、あんたがそうなのか。すぐに劉輝さんは戻ってくるから待ってると良いよ。そっちの男の子はたぶん強くないんだろ。悪いことは言わないから倉庫から出ていた方がいいぞ」
「倉庫から出た方が良いって、誰に言ってんの?」
壊れたドアを不思議そうに見ていた男が倉庫内をゆっくりと見まわしていたのだが、その首には大きく口をあけた龍の刺青が入っていた。
俺が昌晃君と一緒に見た龍の刺青と似てはいるのだが、あの時に見た龍の刺青は口が空いていなかった。それに、この男の顔も似てはいるのだが、あの時に見た男とは少し違っていたのだ。
「あ、フランソワーズだ。お前がこれをやったんだろ。こんなことされると困っちゃうんだよな。この償いはその体で払ってもらう事にするか。お前はそのガキを殺しとけ。俺はフランソワーズと遊んどくからよ」
ゆっくりと近付いてきた男は申し訳なさそうな顔を俺に向けていたのだが、まっすぐ伸びてきたその太い腕は俺の首を掴もうとしていたのだ。
「悪いな。もう少し早く外に出してやれればよかったんだがな」
男は俺に向けて最後の慈悲を与えるかのような目をしていたのだが、俺の首元に伸びるその腕は全く迷いがないように感じたのだった。
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