天才たちとお嬢様

釧路太郎

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集団暴行事件編

最後のパトロール

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 飛鳥君がいない間も俺と昌晃君は時々パトロールをしていたのだが、俺達の住んでいる家の周りでは怪しい人影も不審者がいた痕跡も無かった。何事も起きずにただ回っているだけなので気を抜いてしまっていたという事もあるのだが、俺と昌晃君は飛鳥君を圧倒した刺青の男と遭遇してしまったのだ。
「今日は白髪頭のおかしい奴いないんだ。お前らの家がこの辺だってのは調べがついたんで会いに来たんだけどよ。白髪頭はどこにいるの?」
「どこにいるかなんて教えるわけないだろ。居場所を教えたら何するかわからないしな」
「別にどこにいたってかまいやしないんだよ。出会ったらどこでも殴り合いのけんかをしたいってだけだしな。今まであった中では白髪男が一番強いと感じたからな。俺が強いと感じたそいつを倒せば俺の方が強いって事だもんな」
 謎理論を展開する刺青男ではあったが、飛鳥君と戦って買ったのだったら飛鳥君よりも
喜んでもらえるかもしれないな。

 特訓もいよいよ佳境に入ったそうなのだが、こうして傍から見ている分には何が違っているのかわかりにくい。本人たちは明らかに成長を実感しているようなのだが、俺から見ても何が違っているのか全く分からずにいたのだ。
 それよりも、俺と昌晃君が刺青男に会って飛鳥君と勝負をしたいと言われたことを伝えなくてはいけない。しかし、俺が飛鳥君になんて説明したらいいのかわからずに困り果てていたのだが、俺の様子を見て何かを察した飛鳥君はすぐにドン・キホーテに何か小道具を買いに行ったのだった。
「飛鳥君はいったい何を買いに行ったんだろうね」
「全く想像がつかないよね。僕は将浩君よりは飛鳥君の方が付き合い長いんだよね。でも、一緒にいる時間は俺よりも将浩君の方が多いかもね」
 全く実りのない話を一時間近くしていたところ、買い物から戻ってきた飛鳥君が俺達の方を見て少しだけ警戒しているようだった。
「急に吾輩の事を見つめてどうしたんだ?」
「見つめてたというか、この前会った刺青の人が飛鳥君と勝負をしたいって言ってるんだけど、断るのもありだと思うよ」
「あの龍の入れ墨の男にあったのか。何もされなかったか?」
「俺も昌晃君も何かをされたってことは無いよ。飛鳥君とどっちが強いかはっきりさせたいみたいなことを言ってただけで危害は加えられてないよ」
 もちろん俺は飛鳥君にあんな奴と絡んでなんてほしくないのだが、飛鳥君もフランソワーズさんもなぜかその事に関しては一切ネガティブな感情が無く物凄くポジティブに考えるようになっていたのである。飛鳥君が一方的にやられてからまだそんなに時間も経っていないし、フランソワーズさんとの特訓を見ても飛鳥君が成長しているとは思えなかったのだ。なので俺は、飛鳥君と刺青男が同じ空間にいるかもしれないという事が物凄くストレスとなってしまっていたのだ。
「何をそこまで心配しているのかわからないが、吾輩ならもうあんな奴にやられたりしないぞ。油断したという記憶はないのにもかかわらず、前回は何も良いところを見せられずにやられてしてしまったことを後悔していたし、そのリベンジのチャンスがあるなら挑戦したいと思うよ。だが、昌晃も将浩も吾輩がやられると思っているのだろう。そんな事にはならないから安心して見ててくれ」
 何だか自信ありげな飛鳥君はいつもよりも体が大きくなっているような気がしていた。素人目には何も変わっていないようなのだが、改めて写真を見比べてみると今よりも半年前の方が痩せていたという事が判明した。昔が痩せていたというよりも、今は特訓のお陰で体が一回り二回り大きくなったと伝えてもらえば風評被害もおさまるような気がしてきた。
「二人とも吾輩の事を信じていないようだが、信じてもらえなくても吾輩は強くなっているので安心して欲しい。具体的にどうって言うことは無いのだが、以前と比べたら何も考えずに攻撃をしなくなったのだ。外から見ているとわかりにくいかもしれないが、吾輩も吾輩なりにではあるが、フランソワーズさんと一緒に努力しているのだ」
「それで、飛鳥君に刺青男と会うつもりがあるんだったら今度会った時に言っておくよ。いつどこで会うのかわからないんで期待して欲しくないんだけど」
「それはどうでもいいことだな。吾輩はいつ何時勝負を挑まれても逃げるつもりなんて無いからな。ただ、またあの金属バットを持たされることだけは勘弁してもらいたい。吾輩は素手で戦った方が強いような気もしているのだ」
「飛鳥君が何かを持って喧嘩しているのって嫌かも。喧嘩自体も良いことではないけどさ、他の人に迷惑をかけないってのは良いと思うんだよね」
 本当にたまたまなのか狙われたものなのかわからないが、登校時に神谷家の車をじっと見ていることが多く感じるのも気のせいなのだろうか。なぜ走っている車を追いかけようとしているのかわからず、飛鳥君の日常は完全に謎が謎を呼んでしまっていたのだ。

 飛鳥君もパトロールに加わって刺青男を探して回ったのだが、俺達がどれだけ探してもどこにも痕跡は見られなかったのだ。完璧に消えてしまったのではないかと思って普段は出歩かない場所にも赴いてみたのだが、この町のどこを探しても刺青男の存在を知らせるようなものは見つけられなかったのだ。
「吾輩が怖くて逃げてしまったという事なのか」
「それは無いと思うけど、なんでどこにもいないんだろう」
 町にはまだ暴漢がのさばっているのだが、俺達が探している刺青の男の情報だけが消えていたのだ。捕まえた暴漢に聞いても首に入れ墨を入れた男を知るものは誰もいなかったのだ。
 あれだけのインパクトを残している男に誰も気付いていないというのもおかしな話であるが、飛鳥君を圧倒するだけの力を持っている事もおかしいとは思うのだ。
「誰もあの刺青男を見たことが無いというのはどういう事なんだ。吾輩が戦っていた男はいったい何者なんだ?」
 飛鳥君が戦っていた男は確実に存在するし、俺は飛鳥君が一方的にやられていたところを見ていた。昌晃君だって俺と一緒にあの刺青男と話をしたことを覚えているのだが、俺達三人以外にあの男を見たというものは誰もいなかったのだ。
「フランソワーズさんなら知ってるかもしれない。あの男はフランソワーズさんと同じ動きをしてたんだから何か知ってるはずだよ」
「吾輩もそれは最初から思っていたのだが、何度聞いてもそれについては何も答えてくれなかった。完全に関係が無いとは思えないのだが、吾輩では何も聞きだすことが出来なかったのだ。特訓ももう終わってしまったが、最後にもう一度お願いしてフランソワーズさんに真剣勝負を挑んでみようと思う。その機会を吾輩に与えてくれないだろうか」
 飛鳥君が成長しているのか俺には判断出来ないが、以前よりも確実にフランソワーズさんの強さには近付いていると思う。それでも、飛鳥君は何度戦ってもフランソワーズさんには勝てないと思うのだ。だが、今の飛鳥君にとって重要なのは勝ち負けではないというう事は感じていた。
「わかったよ。フランソワーズさんに時間を作ってもらえるか聞いてみるよ。それと、宇佐美さん達にも刺青男の事を聞いてみるね」
 俺は神谷家に戻ってすぐにフランソワーズさんに飛鳥君と真剣勝負をして欲しいと頼んでみた。時間はあまりとれないけど構わないと言ってくれたのだ。宇佐美さんに刺青男の事を調べて欲しいとお願いしたのだが、それに関してはこの週末で全てわかりますよと言われてはぐらかされてしまった。
 なんにせよ、次の休みには何かしらの決着がつくのではないかと思えたのであった。
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