天才たちとお嬢様

釧路太郎

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集団暴行事件編

刺青男と元魔王

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 毎晩ではないものの、時間が合えば飛鳥君と昌晃君と一緒にパトロールをしているのだが、刺青の男に出会うことは無かった。それどころか、暴漢に出会う事すらなくただただ平和な街を散歩するだけの時間が続いてた。
「お前たちはこんな時間に何をしているんだ。もしかして、誰かを襲おうとしてるんじゃないだろうな」
 最近は昼休みにも邪魔をしなくなって平和な学生生活を送れるなと思っていたのだが、こんな時間にこんな場所で天樹透に出会うとは思ってもみなかった。
「また吾輩たちの邪魔をしようとしているんじゃないだろうな。お前がどんなことを考えているのか知らんが、吾輩の仲間に手を出すような事はするなよ」
「そんな事するか。まあいい、お前たちはさっさと家に帰って勉強でもしてろ」
 天樹透はいつものようなしつこさを見せずにさっさと消えてしまった。俺たち三人はその方向を少しだけ見ていたのだが、すぐにパトロールに戻ることにしたのだ。

「これだけ平和になってしまうと俺達がこうして歩いているのも散歩してるみたいで物足りないな」
「物足りないとか言ってたらさ、また財布を取られちゃうんじゃないの?」
「それは言わないでくれよ。せっかく忘れかけてたって言うのにさ」
 こうやってバカな話が出来るのもフランソワーズさんがケンちゃんを倒してくれたからだろう。これだけ平和な時間が続くのも良いことではあるのだが、俺はどうしても昌晃君を襲って財布を持っていった刺青の男の正体が気になっていた。
「刺青の男ってそれ以外に特徴とかあった?」
「そうだな。髪は短くて背もそんなに高くはなかったと思うけど、肉食獣みたいに鋭い目つきだったよ」
 当然そんな男に見覚えは無いのだが、首に入れ墨を入れている男がいたら嫌でも印象に残りそうだとは思った。昌晃君も刺青の印象と目つきの鋭さしか覚えていないらしく、どんな感じの人だったかふんわりとしか覚えていなくてハッキリと顔は思い出すことも出来ないようであった。
「一通り見て回ったし、後は大人に任せることにするか。とりあえず、昌晃の家に向かうことにしよう」
「いつも先に送ってもらって悪いな」
「気にするな。帰り道でもあるしお前もまだ一人で出歩くのは不安だろうし」
「そうだよ。俺も飛鳥君も気にしてないからさ」
 帰りは昌晃君を送ってから神谷家に向かって飛鳥君が一人で帰るという事になっていた。昌晃君の家が少し離れているという事もあるので最初は一人で帰れると言っていたのだが、俺も飛鳥君も何となく昌晃君を一人で帰すのは危ないと思っていたのだ。何となくではあるが、昌晃君が一人で帰るとまた誰かに絡まれてしまうのではないかと思ったからだ。昌晃君の家の近くで暴行事件が多発していたという事も理由ではあるのだ。
 このパトロールを続けてしばらく経つのだが、幸か不幸かそう言った場面に出くわすことも無く、怪しい人影を見ることは無かった。見回りの人に最初は不審がられて声をかけられたりもしたのだが、事情を話してみると危ない事はしないようにと釘は刺されたものの一定の理解はしてもらえた。おそらくだが、俺達の行動に関して神谷家から巡回をしている人達に何らかの説明があったからだと思う。

 昌晃君の家の近くに公園があるのだが、珍しくそこで花火をしている人達がいた。手持ち花火を一人がやっていて、それを何人かの男が見ているのだが、楽しいはずの花火を見ている男も持っている男も皆無言であった。
 俺はそれを不自然に思って見ていたのだ。俺達に気付いた花火の男がこちらに向かって指をさすと、その中の男が三人こちらに近付いてきた。昌晃君は飛鳥君の後ろに隠れるようにして身を潜めていたのだが、その男たちは昌晃君の顔をじっと見ると花火の男に向かって大きく手を振っていた。
 少しずつ近付いてくる男の顔が街灯に照らされてきたのだが、ニコニコとして嬉しそうな表情に不釣り合いだと思う龍の入れ墨が首元に入っていたのだ。この男が昌晃君から財布を奪った男なのかと思って昌晃君の方を見ると、昌晃君はそいつらとは目を合わせないように下を向いてガタガタと震えていたのだ。
「お前ら三人が見回りしてるってのは聞いてるけどさ、悪いやつって見つかったの?」
「いや、見つかってはいないが、どこかで見たことは無いか?」
 どう見ても悪いやつにしか見えない男に対して飛鳥君は普通の人に接するように話していた。その反応に驚いたのか刺青の男は笑いながら飛鳥君の肩を叩いていた。
「俺らはさ、お前らが考えている悪いやつらしか見た事なんだよね。だって、俺らが悪いやつらだもんね」
「そうなのか?」
 飛鳥君は本気で気付いていなかったようなのだが、どう見てもこの人達は悪い人にしか見えないのだ。夜の公園で花火をする事が悪いというわけではないし、野球をする事が悪いことではないと思うのだが、今の状況でボコボコになった金属バットを持っているのはどう考えても危険な事だと思う。
「お前らが何をしたくて見回りなんてしてるのかわからないけどさ、そう言うのってちゃんとした大人に任せた方が良いと思うよ。でも、ちゃんとした大人たちって決まりを守ることしか出来ないから俺達を見付けられることも無いと思うけどな。お前たちだってさ、俺達が会いに来てやるまで手がかりすら見つけられてなかったもんな」
「会いに来てやったとはどういうことだ。吾輩たちに何か用があるというのか?」
「そりゃそうだろ。用が無ければお前たちみたいなもんに会いに来るわけもないだろ。俺は優しいからお前たちに忠告してやるよ。余計な事に首を突っ込まないで家で大人しくしてろ。お前たちが余計な事さえしなければ何も起きないからな。夜に出歩くのって良くない事だって気付いた方が良いぜ」
「それはどういう意味だ。全然理解出来ないぞ」
「別に理解なんてしなくていいんだよ。俺はお前らのために言ってるってわけじゃないし、俺に従って欲しいってわけじゃないんだ。ただ、こんな時間に出歩いてないで家で大人しく勉強でもしてろって言ってるだけなんだよ。だからな、お前たちは高校生らしく家で大人しくしてればいいんだよ」
 話し方のトーンや速さもあると思うのだが、俺も昌晃君も刺青男の言葉に底知れぬ恐怖を感じていた。だが、飛鳥君だけはそのようなものを感じることが無かったようでいつも以上に強気になっていた。もしかしたら、元魔王の血が強いものに対して反応してしまっているのかもしれない。
「それに従わないんだとしたらどうするというのだ?」
「別にどうこうしようってつもりはないんだけどさ、そっちの二人みたいに大人しくしてくれれば文句なんて言わないよ。でも、聞いてもらえないって言うんだったら、お願いじゃなくて命令をするだけの話だけどな」
 刺青の男は金属バットを手に持って飛鳥君に近付くと、そのバットのグリップを飛鳥君に向けて渡そうとしていた。
「これはどういう意味だ?」
「どういう意味って、偉そうなお前に俺がわからせてやるって言ってるんだよ。ほら、これを受け取って俺と戦え。お前は弱そうだしハンデとしてこれくらい当然だろ」
「あんまりバカにするなよ。こんなものでお前を殴ったら死んでしまうだろ」
「大丈夫。俺にお前の攻撃なんて当たらないよ。お前ごときじゃ俺に当てることなんて不可能だ」
 飛鳥君は金属バットを受け取ってそのまま投げ捨てると、勢いよく刺青男に向かっていった。思いっきり振りぬいたその右手は空を切ったのだが、続けて放った左手も左足も刺青男に当たることは無かった。
 二人が台本通りに動いているように思えるくらいに飛鳥君の攻撃は空を切り続けたのだが、刺青男が再び金属バットを飛鳥君に差し出していた。飛鳥君はその金属バットを受け取ると、それを思いっ切り振り回していた。
 飛鳥君の振り回す金属バットが当たるのは電柱やガードレールばかりなのだが、その度に持っている手に衝撃が帰ってくるようで飛鳥君は何度か手を離して痺れを取っているようだった。
「ほらな、お前程度の攻撃じゃ俺に通用しないんだよ。俺とお前じゃレベルが違うってわかって欲しいんだけどな。これだけやっても理解出来ないって、お前は本当にバカなんだろうな」
「うるさい、吾輩の方がお前より強いんだ」
 飛鳥君が刺青男に向けて振り下ろした金属バットをひらりと交わすと刺青男は飛鳥君の横に移動して、そのまま飛鳥君の顎に向かってシンプルに右手を振りぬいていた。その一撃が綺麗に入った飛鳥君はバットを握ったまま膝から崩れ落ちたのだが、刺青男は飛鳥君を抱きしめるように支えるとそのまま地面に寝かせていた。
「バットだけは返してもらうよ。こいつはすぐに目覚めると思うけど、仕返ししようなんて考えるなって言っておけよ。あと、お前らの無様な姿はちゃんと録画してるから変なこと考えるなよ」
 俺と昌晃君は何も言葉が出てこなかったのだが、飛鳥君が目覚めるまで男たちが消えていった方向をただ見ているのだった。
 刺青男の動きとフランソワーズさんの動きが何となく重なって見えたのだが、お互いに敵意が無かったようにも思えてならなかった。
 目を覚まして何があったか理解した飛鳥君は夜遅い時間であるというのにも関わらず大きな声で悔しい気持ちを叫んでいた。閑静な住宅街に響く飛鳥君の叫びは近所迷惑だったかもしれないが、様子を見に来る人は誰もいなかったのだ。
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