天才たちとお嬢様

釧路太郎

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それぞれの恋愛の章

俺の元カノとお嬢様

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「やあ、久しぶりだね。元気そうでよかったよ。それで、今日はどこに連れて行ってくれるのかな?」
「そっちも元気そうでよかったよ。どこか行きたい場所とかある?」
「うーん、こっちの事は全然わかんないからな。将浩が私を連れて行きたい場所で良いよ」
「そんな場所なんて特に思いつかないけどな。とりあえず何か食べようか」
「そうだね。でも、今日はサンドイッチを作ってきたからそれを食べようよ。私が作ったものだけど食べてくれるかな?」
「萌香のサンドイッチは久しぶりだな。受験勉強をしていた時の記憶が蘇りそうだ」
 三連休を利用して萌香がこっちに遊びに来ていた。最初は璃々も一緒に来る予定だったのに高熱が出て不参加という事になってしまった。俺も萌香も遊びの計画を立てるのが苦手なので璃々にプランを考えてもらうつもりだったのだが、現状は何をして過ごせばいいのかわからないという状況になっているのである。
 公園にあるベンチに座ってお互いの近況を報告しながら萌香のサンドイッチを食べているのだが、夜食の差し入れとして時々食べていた時と同じ味がして当時の記憶が微かに思い起こされた。受験勉強があまり苦にならなかったのは萌香のお陰もあるのだろう、そこまで嫌な記憶ではなかった。
「どうかな。美味しく出来てるかな?」
「うん、美味しいよ。受験勉強の時を思い出すけど、萌香のサンドイッチのお陰でそこまで勉強も苦痛じゃなかったって思いだしていた」
「それなら良かった。新しい生活はもう慣れたの?」
「全然違う環境だから最初は戸惑ったんだけどさ、今はもうすっかり慣れたよ。俺も璃々も自分の部屋が貰えたから静かな生活も送れてるしね」
「そうなんだ。将浩がどんな部屋で暮らしてるのか見てみたいな。でも、お世話になってる家に遊びに行くのはダメだよね」
 俺が誰かを部屋に連れて行くのは禁止されているわけではない。むしろ、友達が出来たなら気にせずに呼んでいいと言われていた。淳二さんも京子さんも伸一さんと綾乃が友達を連れてこない事を少し気にしているみたいである。俺が伸一さんや綾乃の友達の立場であればあの立派な屋敷に気軽に遊びに行こうとは思わないような気もしていた。たぶん、そんな理由もあってクラスメイトの誕生会を開いてくれているのだと思っている。
「将浩ってさ、中学の時よりも表情が優しくなったよね。前はもっとさ、何に対しても見落としをしないぞって集中してるみたいな顔してたけど、今は優しく見守るって感じだもんね。何かいい事でもあるのかな?」
「いい事ね。広い部屋で一人で過ごせてるってことくらいかな。まあ、一人で部屋にいることはあんまりないんだけど、その時間が少しだとしても毎日ちゃんとあるってのは嬉しいかも」
「一人でいることがあんまり無いって事は、どこかに行ったりしてるって事?」
「それもあるけど、俺が何かしようとすると誰かが部屋にやってくるんだよね。暇になった璃々が遊びに来ることが多いんだけど、屋敷にいるメイドさんとかお嬢様も時々やってくることがあるね」
「なかなか楽しそうだね。でも、将浩には誰か近くにいた方がいいような気がしてるよ。一人だと寂しそうだもんね」
「誰だって一人は寂しいもんだよ。萌香もそうだろ?」
「私はそうでもないかな。意外と慣れるもんだと思うよ。それに、今は新しい目標に向かって前に進むことも出来てるからね」

 サンドイッチを食べ終えた俺達はこれからどうしようかと思いながら萌香の持ってきた観光地図を眺めていた。意外と観光名所が近くにあるのだと思いながら地図を眺めていたのだけれど、さすがに歩きでこれらを回るのは大変そうだ。自転車でもあれば話は別なのだろうが、レンタルをしているとこも見当たらなかった。
 お互いにどこに行くか決められないまま悩んでいた。このままではただ時間が過ぎていくだけだと思っていたのだけれど、そんな俺達の前に突然綾乃が現れたのだ。
「あなたが萌香さんよね。初めまして、私は神谷綾乃です。良かったら私も一緒に行っていいかしら?」
 突然現れた綾乃に驚いて俺も萌香も言葉を失っていたのだが、綾乃の有無を言わさない感じが俺達の返事を一つに絞っていた。
「はい、一緒に」
 俺は綾乃に催促されながらもお互いの事を紹介していた。萌香には綾乃の事を簡単に説明し、綾乃には萌香の事を簡単に説明していた。
「で、二人はこれから何をする予定だったのかな。それ次第で行く場所も変わると思うんですけど」
「それが、どこに行こうか決められなくてさ。俺はまだこの町の事に詳しくないからどこが良いのかわからないんだよね」
「そう言うことなら事前に聞いてくれれば良かったのに。いいところがたくさんあるから萌香さんにこの町を気に入って貰うことも出来たんですよ。少しは私達を頼ってくれてもいいんですからね」
「ごめんなさい。でも、どうして綾乃がここに居るの?」
「そんな事は気にしないでいいですから。さ、私のおすすめの場所に行きますよ」
 綾乃が連れて行ってくれた場所は俺も初めて訪れた場所ばかりで萌香と同じような反応をしてしまっていた。たぶん、綾乃が期待していた反応を俺達はしていたことだと思う。その証拠に綾乃は俺達が喜ぶたびに嬉しそうな顔を見せていたのだ。

「今日は一日ありがとうございました。私も将浩も優柔不断なところがあるからどこに行くか決められずにあの公園で一日過ごすかと思ってました。でも、綾乃が私達を素敵な場所に連れて行ってくれて嬉しかったです。本当にありがとうございました」
「俺からも礼を言うよ。綾乃のお陰で萌香も楽しめたと思うけど、俺もこの町の事をより知ることが出来て嬉しかったよ」
「そう言ってもらえて私も嬉しいです。ところで、萌香さんはこれから帰るんですか?」
「はい、さすがに外泊は許してもらえなかったですからね。また来た時は遊んでもらえますか?」
「ええ、もちろん。萌香さんさえよろしければね。その時はウチに来てもらっても良いからね。ね、将浩さん」
「そうだね。綾乃がそう言ってくれるなら」
 電車に乗る萌香を見送って車に戻るまでの道すがら、綾乃は少しだけ疲れたと言って誰もいない待合室のベンチに腰を下ろしていた。俺は一つ席を空けて隣に座ったのだが、綾乃が空いている席をパンパンと叩いて俺に移動するようにアピールしていた。
「萌香さんを帰して良かったんですか?」
「良かったも何も日帰りの予定だったからね」
「それと、私がお邪魔して嫌じゃなかったですか?」
「全然、むしろ嬉しかったよ。俺一人じゃ萌香をあんなに楽しませることが出来なかったと思うし、綾乃が案内してくれて良かったって思うよ」
「そうですけど、そうじゃなくて、元カノと二人だけの時間を邪魔されて私の事を嫌いになったりしてないですか?」
「嫌いになるわけないじゃない。それに、元カノって言ったって周りに言われて付き合ってたって感じだったしね。好きか嫌いかで言えばお互いに好きだったとは思うけどさ、仲の良い兄妹とか親戚みたいな関係だったと思うよ」
「そうだったんですね。それで璃々ちゃんも大丈夫だって言ってたんですね。そうには見えなかったけどな」
「ところで、なんであのタイミングで綾乃がやってきたんだろ。さすがに驚いたよ」
「ああ、アレはですね」
 急に熱を出してしまった璃々に頼まれて綾乃が俺達と一緒に行動することになったらしいのだが、綾乃は俺達二人の邪魔を出来るだけしないように困ってそうな時に手を差し伸べることにしたそうだ。璃々はそんな事は気にせずに最初から二人を助けて欲しいと言ってくれていたようなのだが、綾乃は元恋人同士である俺達に気を遣ってくれていた。だが、そんな気遣いをしながらもどこにも移動しようとしない二人にこの町の良さを少しでも教えようと思ったと同時に俺達の目の前に現れたという事だ。
「綾乃のお陰で本当に楽しかったよ。ありがとうね」
「そう言ってもらえると私も良かったです。あ、萌香さんからだ」
 綾乃のスマホに萌香からのメッセージが届いていたのだが、そこには今日の事を感謝する言葉となぜか俺の事を頼むという言葉が書かれていた。
 俺も自分のスマホを確認してみたのだが、萌香からメッセージは届いていなかった。
「萌香さんも喜んでくれたみたいで良かった。それに、将浩さんの事を頼まれちゃいましたね。これから、どうしましょうかね」
 綾乃はスマホの画面を見ながら嬉しそうにニコニコしていた。顔を上げて外の様子を見ようと思ったのだが、窓に反射している自分の顔も笑顔だという事に初めて気づいたのであった。
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