天才たちとお嬢様

釧路太郎

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親愛なる隣人の章

綾乃お嬢様と俺

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「こちらでの生活にはもう慣れましたか?」
「おかげさまでだいぶ慣れてきましたよ。クラスのみんなも良くしてくれますし、ここで働いてる人達もみんな優しいですからね」
「それは良かったです。でも、退屈だなって感じたりすることは無いですか?」
「まあ、そう言う風に思う事もありますけど、平和なのはいいことだと思いますよ」
「そうですよね。何事も起きずに平和な日常は何よりですよね。でも、もう少し日常に刺激が欲しいなって思うことはあったりしませんか?」
 毎日のように新しい発見があった新生活も夏が近づいてきた頃には何気ない日常が続くようになっていた。新しいことが何も無いというわけではないのだが、神谷家に住むようになった時のような新鮮な驚きというのはかなり減っていたと思う。ただ、それがつまらいことだとは思わなかった。
「ここで暮らし始めた時みたいな驚きは減ったと思いますけど、それはそれで良い事なんじゃないかなって思いますね」
「将浩さんはクラスの皆さんとも仲良くしてますもんね。もしかしたら、私よりも仲良くなってるんじゃないですか?」
「それは無いと思いますよ」
 クラスメイトとはうまくやれていると思うのだけれど、あくまでも学校内にいる時だけの話だ。クラスメイトの誕生会が神谷家で開かれるようになったことで学校外でも会う機会が増えるのかと思っていたけれど、そんな機会はほとんどなく、ちょっとその辺に買い物に行った時でさえクラスメイトに会うことは無かったのだ。
「将浩さんって何か一言では言えないような魅力があると思うんですよね。その魅力がみんなを引き付けてるのかと思うんですけど、逆に将浩さんが誰かに惹かれるって言うことは無いんですか?」
「それって、誰かを好きになるって事を聞いてるんですか?」
「そうですね。端的に言うとそうかもしれないです。クラスの女性は皆さん素敵な方ですし、それぞれに違った魅力もあると思うんですが、誰か気になる方とかはいらっしゃらないんですか?」
「まあ、みんないい人だし仲良くしたいなとは思いますけど、好きになるとかは無いですね。もしかしたら、この先もっと深い付き合いをするようになってお互いを知りあえばそう言う気持ちも芽生えるかもしれないですけど、今はそういう気にはならないですよ」
「もしかして、以前見せていただいた萌香さんがいるからですか?」
「それは関係ないですよ。だって、萌香とはただの友達に戻ったわけですし、付き合ってたって言っても子供の言う恋愛ごっこみたいなもんだったと思いますよ。一番仲が良い友達だったから一緒にいて、いつの間にか周りからもそういう目で見られるようになって彼氏彼女の関係になってたって感じですしね。そんなんだから、お互いにいつから付き合ってたとか別れたとか明確な区別がついてないんですよ。今だって別に仲が悪いってわけでもないのに連絡も頻繁に取り合っているってわけでもないですからね。最後に連絡を取ったのだってみんなの写真を送った三日後くらいですよ」
「男女の関係って難しいですね。もしも、過去に戻ってやり直せるとしたら違う選択をすると思いますか?」
「違う選択?」
「例えば、萌香さんにちゃんと告白して正式にお付き合いをしたいとか思ったりしないですか?」
「どうでしょう。そう言う風にハッキリさせてしまうと案外すぐに別れて関係性も変わって連絡すらとならなくなってしまうような気もしてるんですよね。俺って意外と構ってもらいたいタイプだったりするんですけど、萌香はそう言うのが無くて人付き合いもドライだったりする面があるんですよ。萌香は必要な事だけ連絡すればいいって思ってるんです。俺はもう少し頻繁に連絡とりあってもいいんじゃないかなって思ったりしてますけどね」
 俺は誰かと話すことは好きだし、出来ることなら頻繁にやり取りをしていたいと思っている。ただ、俺の周りにいる人達は実際に会えばかまってくれることも多いのだけれど、少し距離が離れると途端に連絡を取り合わなくなってしまう事が多いのだ。必要最低限のやり取りだけで終わることがざらにあるし、こちらから何かメッセージを送ったとしても時間が空いてから返信が着たりもするのだ。いつの間にかそのペースに慣れてきて寂しいと思わなくなった頃にはお互いの優先順位がさらに下がっていたような気もしていたのだ。
「お兄ちゃんって結構寂しがり屋なとこあるよね。誰からも構ってもらえない時に私が相手をしてあげると嬉しそうにしてたもんね。お父さんもお母さんも仕事で外に出てることが多かったし、小さい時は妹の私にたくさん甘えてたよね」
「そんな事ないと思うけど。どちらかと言えば璃々が寂しくて泣いてたと思うけど」
「それって逆だと思うけどな。ま、お兄ちゃんがそう思ってたんならそれでもいいけど。なので、綾乃さんも時間が空いてる時があったらもっとお兄ちゃんを構ってあげてくださいね。結構しっかり者に見えて寂しがり屋なところがありますからね。そうだ、久しぶりにお兄ちゃんの描いた絵が見たいな。お兄ちゃんの高校生活がどんな感じなのか璃々にも見せてよ。お兄ちゃんが見てるクラスメイトってどんな感じなのか気になっちゃうな」
「良いですね。私も将浩さんが描く皆さんを見てみたいです。どんな風に将浩さんの目に映っているのか気になります」
 どんな風に俺の目に映ってるか気になると言われても普通にしか映っていないと思うんだけどな。でも、俺が見てる普通と綾乃さんが見ている普通が同じとは限らないのだ。
 俺は半ば二人に押し切られる形で画材を取りに部屋に戻ったのだが、心のどこか片隅にはみんなの絵を描いてみたいという思いがあったのかもしれない。俺は大事にしまっておいたクレヨンと色鉛筆のどちらを使うべきか迷っていたのだが、何となく柔らかい印象を持った色鉛筆を持っていくことにした。色の種類もこちらの方が多いし、俺が見ているモノを忠実に再現できるような気がしていたという事もあるのだが、それくらいに俺が見ている景色は色鮮やかで多彩な印象を持っているのだ。

「へえ、お兄ちゃんのクラスって女子ばっかりなんだね。男子ってお兄ちゃんの目には映ってないの?」
 俺が描いた一枚目の絵はクラスの女子を中心に描いたものだ。綾乃さんを中心に据えてメイドさん達や元気三人娘とその奥に愛華さんとみさきさんの絵を描いたのだ。もちろん、男子も描いてはいるのだが、女子よりは輪郭もぼやけた風に描いているので誰が誰だかわからない状態であると思う。
「まあ、これは綾乃さんを中心とした女子の絵だからね。次は男子を中心にした絵を描くよ。でも、俺の他には三人しかいないから構図的には面白みのない肖像画みたいになるかも」
「それはそれで面白い絵になると思いますよ。それにしても、将浩さんの目には私ってこんなに綺麗に映ってたんですね。毎日鏡で見てる姿よりも綺麗に見えますよ」
「そうですか。私は綾乃さんだったらもっと美人に書いても良いと思いますけどね。お兄ちゃんは私の事を美人に書いてくれた事ないんですけど、綾乃さんだけじゃなくメイドさんたちも他の女子たちもみんな可愛く描いてるし。あとで璃々の事も可愛く描いてよね。お兄ちゃん」
「璃々の絵を描くのは構わないけどさ、可愛く描いて欲しいなら可愛くいてくれたらいいだけだろ」
「兄妹だから気付けない可愛らしさってやつですかね。私には璃々さんがとても素敵で魅力的に見えてますよ。将浩さんにはいつも一緒にいる璃々さんの魅力になれちゃってるだけかもしれないですね。でも、璃々さんの絵に私も一緒に描いてくれたら嬉しいな」
「それはダメですよ。綾乃さんが一緒だったら私の可愛さが残念なことになっちゃいそうですもん。私の事をもっと可愛く見てくれてるんだったらいいけど、隣に綾乃さんがいたら璃々は残念な感じになりそうですもん」
 男子には悪いのだが、女子に比べて三人の絵は時間もかけずにいとも簡単に完成した。人数が少ないからという理由ではなく、単純に描きやすいという事があったのだ。昌晃君と正樹君はどことなく似通った雰囲気で同じような感じになってしまったのだが、飛鳥君は前世が元魔王という事もあって少しだけそう言った面を強調してしまった。これでは俺の目に飛鳥君が元魔王として映っているように思われるかもしれないのだが、時々本当にそうだったんじゃないかと感じることがあったりもしたのだ。描き終わって見返して初めて気づいた事ではあるのだが、二人に説明をする時にはそんな事は伝えずに前世が元魔王であるという事を強調してしまったと言ってしまったのだ。
「璃々にもこの人がこういう風に見える時はあるよ。でも、ここまで禍々しく描く必要はなかったんじゃないかなって思うんだけどな」
「そうですね。私もそう言う話は聞いているのでそう思う事もあるにはあるのですが、ここまで漫画っぽく感じることは無いですね。もしかして、こういう事で私達の気を引こうとしたって事ですかね。璃々さんの言う通りで将浩さんは寂しがり屋って事なんですかね。今度からもっと将浩さんの事を構ってあげようかな」
「そうしてくださいよ。綾乃さんがお兄ちゃんと仲良くしてくれたら璃々も嬉しいですし。璃々が綾乃さんの代わりに伸一さんと仲良くしようと思ったけど、伸一さんはお兄ちゃんと違って忙しそうだから迷惑にならないようにしないとな。だから、璃々ももう少しだけお兄ちゃんの相手をしてあげるからね」
「別にそんな風に思わなくても良いけど。構ってくれるってのは嬉しいけどさ、無理にそうしなくても良いから。俺は今のままでも楽しいから大丈夫だって」
「そうなんですか。でも、少しくらい今までと違うことがあっても良いと思いますよ。変化のない日常は退屈だと思いますからね」
 俺は最後に描いた絵を完成させたのだが、その絵は二人に見せることもせずにそっとスケッチブックを閉じたのであった。
 神谷一家を描いてみたのだが、無意識のうちに綾乃さんを中心に据えてその脇を固めるように淳二さんと京子さんと伸一さんとメイド三人娘や他の使用人さん達を描いたのだ。ただ、なぜかわからないのだが綾乃さん以外の人物に関しては表情を上手く表現することが出来ずにいたのだ。その理由はわからないのだが、毎日のように顔を合わせているみんなの顔を思い出せなかったのだ。
 俺は直接見た物を絵に描くことが得意なので直接見たわけでもないこの構図だから表情を描くことが出来ないだけなのだろうか。では、なぜ見たことも無いような構図で神谷一家を描こうと思ったのか。その理由は俺にもわからなかった。
「もう少し時間が経った時の将浩さんの絵も見てみたいですね。見えている世界が変化するのか楽しみにしてますね」
 綾乃さんの言葉を聞いて俺自身も未来でどんな絵を描いているのか気になっていたのは事実であった。
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