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大雪の後にやってきたお客さん

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 大雪の後に思い出すことはいくつかあるのだけれど、その中でも特に印象的だったことがある。

 私は昔から強く求められると断れない面があった。今は色々と経験したこともあって改善されつつあるのだが、昔の私は人の頼みを断ることが出来なかったのだ。
 そんな性格なので、私はファッションヘルスで働くことになってしまっていた。もともと、エッチなことが嫌いなわけではないので嫌な気持ちにはならなかったし、喜んでもらえてお金がもらえるのであればそれなりに満足感はあったりもした。でも、中には本当に嫌になることもあったのだけれど、そんな時は黒服さんに助けを求めて救われていたりもした。本当の意味で救われてはいないと思うけれど、当時の私はそれでも十分に救われている気持ちになっていた。

 私はこの時には昼の仕事は辞めていたので平日もそれなりに出てはいたのだが、その日は大雪が降った翌日という事もあって客足はそれほど多くなかったようだ。いつもなら予約もそれなりに入っていたのだけれど、電車やバスがまだ完全に復旧していないという事もあって、少し離れた場所に住んでいる人がわざわざ来ることも無かったようだ。
 私以外にも数名出勤したのだが、その子たちは電話で指名が入っていたので私のようにお茶をひくようなことは無かったようだ。
 こんな日もたまにはあるんだなと思いながら文庫本を読んでいると、黒服さんがひときわ明るい声で挨拶をしているのが聞こえてきた。私以外に今空いている子が何人いるのかわからないけれど、私は個室に備え付けられている電話が鳴るかどうか不安な気持ちになっていた。ここまで暇だったのなら何もしないで帰ることも考えていたところだし、私に回してもらわなくてもいいかなと思って見たりもした。
 でも、私の部屋の電話は聞きなれた音でその存在感を示してきたのだった。

「今から写真指名のお客様が90分コースなんですが珠希さんいけますか?」
「はい、大丈夫です」
「お願いします。オプションは無しです」

 このやり取りは何度も繰り返しているので何とも思わないのだけれど、90分は珍しいなと思っていた。基本的にやることは変わらないのだけれど、ロングになるとその分だけ会話の時間が増えてしまう。私は人と話をすることが好きなのだが、話が合うとプレイに入らずに話をして終わってしまうこともあったりするのだ。その時はとても申し訳ない気持ちになってしまうのだけれど、不思議とそんな方は常連になってくれたりもするのだ。
 私は待合室にいるお客さんが知り合いじゃないか確認してみたのだけれど、知り合いでもないしクラブで働いていた時のお客さんでもなかった。見た目だけだと大学生のようにも見えたのだけれど、意外とそういう人に限って年齢を重ねていたりもするのだ。このお店はそれなりに料金もかかるので変な人が来ることが少ないのだが、若い人が来るというのも珍しい事であったりはする。

 私はいつものようにカーテンの前で待っているのだけれど、カーテンを一枚隔てた向こうで黒服さんがお客さんに注意事項の説明をしているのが聞こえてくる。
 いつものように黒服さんの声しか聞こえてこないのだけれど、カーテン越しに何となくお客さんが頷いているのが見えたような気がした。

 黒服さんがカーテンをめくってお客さんと対面することになったのだけれど、目の前に立っているお客さんは私とそれほど年齢は変わらないように見えた。もしかしたら、私よりも年下なのでは無いかと思うくらい若く見えた。

「初めまして珠希です。よろしくお願いします」
「……。お願いします」
「じゃあ、お部屋にご案内しますね」

 私はお客さんの反応がいまいち薄いなと思っていたのだけれど、手を握ってみたところちゃんと握り返してくれていた。部屋に入る前にチラッと顔を見てみたのだけれど、その顔には緊張している様子はあったのだけれど、そこまでガチガチに緊張している感じではなかった。

「何か飲みますか?」
「甘いコーヒーありますか?」
「ありますよ。凄く甘いのと少し甘いのとありますけど」
「じゃあ、凄く甘いのでお願いします」

 私はこの人は凄く甘いコーヒーが好きなんだなと思っていたのだけれど、私もそのコーヒーが好きだったので初対面のお客さんに少しだけ親近感を抱いていた。
 私は背が低いこともあって手足も小さかったりするのだけれど、小さい缶コーヒーのプルタブを開けるのが少しだけ苦手だった。この日も少しだけ寒かったりしたので、手がかじかんでいて開けるのに苦労していたのだけれど、それを見ていたお客さんが私の缶コーヒーも開けてくれたのだった。
 私の周りにはいい人が多いのだけれど、こんな風に缶コーヒーを開けてもらったのは初めての経験だったと思う。小さい時はそんなことがあったのかもしれないけれど、少なくとも物心がついてからは初めての経験だった。

 それにしても、私が何か話を振ってもあまり乗ってくることは無かった。シャワーを勧めてももう少しだけ話がしたいというのだが、その割には会話が弾まなかった。ただただ時間が過ぎていく状況がもどかしいのと、そんなに安い金額を払っていないのに何もしてこないことが逆に気になってしまって、私は自分からそんな事を聞いてはいけないと思いつつも、このお客さんが何をしたいのかつい聞いてしまった。

「あの、このお店ってそれなりに良い金額だと思うんですけど、そのまま黙って何もしないで大丈夫ですか?」
「いや、ちょっとお願いがあるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」
「変な事じゃなかったら聞きますけど、変な事だったらすぐに黒服さんを呼ぶことになりますよ?」
「あ、そういうのじゃないんです」

 自分から聞いておいておかしな話ではあるが、私はこのお客さんがいったい何を求めているのかわからなかった。もちろん、こんな店に来るような人なので本番強要をされることもあったりするのだけれど、その時はすぐに黒服さんに知らせることが出来るようになっているのだ。
 こんなに大人しそうに見える人に限ってそういう人が多いのだけれど、このお客さんもそう言ったタイプの人なのだろうか。

「実は、お姉さんの事を雑誌で見て、僕の好きな子に似てるなって思ってたんです」
「私はお兄さんの好きな人に似てるんですか?」
「はい、話している感じも優しいところも似てるなって思ってて、緊張してあんまり見られないです」
「あんまり見られないって、別に私はその人じゃないから見ても大丈夫じゃないですか?」
「いや、似てるとは思うんですけど、お姉さんの方が大人っぽくて美人だと思います」
「お兄さんの好きな人よりも、って事ですか?」
「はい、写真で見た時はハッキリ顔がわからなかったので雰囲気だけしかわかりませんでしたが、僕の好きな子より美人だって思います」
「じゃあ、私の事をその人の代わりだと思ってもいいですよ。そのつもりで来たんですよね?」
「ごめんなさい。実はそうなんです。でも、お姉さんを見たら緊張しちゃってそういうのって駄目なんじゃないかなって思っちゃったんです。だから、今日はこのまま話だけでも大丈夫ですか?」
「私は大丈夫ですけど、お兄さんはそれでいいんですか?」
「はい、またバイト代を貯めてきますので、その時はその、色々とお願いします」
「また来てくれるのは嬉しいですけど、本当に今日は何もしないんですか?」
「はい、それで大丈夫です」
「でも、シャワーだけでも一緒に入ってもらえませんか?」
「いや、それも大丈夫です。このままで大丈夫ですから」
「でも、何もしないでお客さんを帰しちゃったら手抜きをしたって思われちゃうんですよ。だから、私が怒られないためにもシャワーだけでもお願いします」
「そういう事だったら、お願いします」

 シャワーを浴びる前には当然服を脱ぐのだけれど、お客さんのアレはジーンズの上からでもわかるくらい大きくなっていた。お客さんはそれを隠すように手で覆っていたのだけれど、そんな事をしても洗うことになるのだから無駄な抵抗なのだ。
 プレイをしなくてもいいとは言われたものの、お客さんの気が変わることもあると思って全身を綺麗に洗ってあげた。もちろん、大きくなっているアレも綺麗に洗ってあげたのだが、その度に可愛い声を出していたのが印象的だった。

「私ってお兄さんの好きな子に似てるんですか?」
「こんなに近くで見た事ないですけど、似てるような気がします。でも、お姉さんの方が美人だって思います」
「じゃあ、キスしてみます?」
「え?」
「キスしたことないですか?」
「いや、ありますけど。初対面ですし、まだ早いかなって」
「でも、初対面なのに二人とも裸ですよ」
「そうかもしれないですけど、キスは次回で大丈夫です」
「じゃあ、私の胸は小さいけどお兄さんの好きな子に似てますか?」
「そんなのわかんないです。でも、胸も綺麗だなって思います」
「触ってみます?」
「いや、今度で大丈夫です」

 そんなやり取りが繰り広げられていたのだけれど、シャワーから出ても結局会話だけをして時間が来てしまった。
 シャワー以外にしたことと言えば、お客さんの相談に乗ったことくらいなのだが、全くプレイをしなかったという事はとても心残りだった。
 名刺を受け取ってもらえたのだけれど、本当にまた来てくれるのかという事は少し不安でもあった。それなりに高いお金を払って遊びに来ているのに、やっていることはシャワーを除けばクラブにいた時とあまり変わらないようにも思えた。
 だが、後から黒服さんから聞いたのだけれど、このお客様はとても満足していらっしゃったようで、アンケートにも色々と書いてくれたようだった。
 アンケートの内容を見た黒服さんたちはこのお客さんの事を恋愛相談君と呼んでいるようなのだが、私はこのお客さんの恋愛がうまく行くといいなと思っていた。相手が私に似ているらしいという事しかわからないのだけれど、上手く言ってくれたら私も幸せな気持ちになれるような気がした。
 その報告はきっと受けられないのだろうと思うけれど、ダメだった報告を聞くよりも良い事だと思うし、便りの無いのは良い便りという言葉もあるくらいなので、このままお客さんが私に会いに来ない方がいいような気もしていた。

 だが、その次の月にこのお客さんは私の事を本指名してくれたのだった。
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