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第40話 学校への帰還
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左腕を失ったイザーの姿を見た工藤珠希は言葉を失っていた。
誰よりも強いと思っているイザーのこんな姿を見るとは思っていなかったために言葉も出ないようなのだが、左腕を気にしているように見えてもイザー自体は元気そうなので少しだけ安心してはいたようだ。
「何か辛いことがあったら何でもボクに言ってくれていいからね。ボクに出来ることがあれば協力するからさ」
「それなら、私の右側に来て支えてもらってもいいかな?」
「左側じゃなくていいの?」
「大丈夫。右側の方がいいから」
常人であれば死んでいてもおかしくないほどの重傷を負っているイザーが工藤珠希に気を遣わせないように比較的無事な右半身を支えてもらおうという思いがあるのかと思ったのだが、実際にはイザーは無事な右手で工藤珠希の体を触りたい。それだけを考えて右側に立つようにお願いしただけなのだ。
工藤珠希はそのようなイザーの考えを知るはずもなく、もたれかかってくるイザーが怪我でフラフラになっているだけだと思っていたのだった。
「珠希ちゃんの存在がイザーちゃんに最後まで諦めないって思わせたんだろうね。イザーちゃんとアスモデウスにそこまで力の差はなかったと思うんだけど、今日はイザーちゃんの調子が悪かったのか苦戦してたみたいだったもんね。やっぱり因縁の相手だと戦いにくかったりするのかな?」
「戦いにくいとかはないんだけど、あいつとは何回戦っても初めて会ったみたいな感覚になっちゃうんだよね。あいつを倒してから前に戦った時の事を思い出すんだけど、そんな呪いでもかけられているのかな?」
「その可能性はあるかもしれないね。お互いに相手の弱点を知ってたら戦いもつまらないものになるだろうし」
「もしかして、野城君たちが操作してるとか無いよね?」
「それはないね。俺たちがそんな事を出来るはずもないし、そんな事をするんだったら観測する必要も無くなっちゃうからね。俺は観測者だから見てるだけでこの世界に深く関わることはしないんだよ」
大きな役割を与えられているようなことを言っている野城君ではあったが、実際にはこの世界で起こったことをただ見ているだけの役割でしかない。嘘偽りのない正しい情報を記録することがどれだけ大変かわからないが、彼が残してきた記録は全て正しいものとして扱われているのだ。
時には事実と異なることが記録されている場合もあるのかもしれないが、それはそれで正しい歴史として残っていく事になるのだろう。
イザーの右手は工藤珠希の方に載っていたはずなのに、いつの間にかその手が下におりていて今は工藤珠希の腰を抱きよせるような形になっていた。工藤珠希はしばらく気が付かなかったのだが、いざの右手でわき腹を触られたことに驚いてしまい、その時に初めてイザーの右手が自分の肩から腰に移動していたという事を知ったのだ。
執拗に体を触ろうとするイザーの右手を払いのけたい気持ちになっていた工藤珠希だったが、大怪我を負っているイザーに対してどうしても強く出ることが出来ずにいた。この場合はハッキリと言った方がいいのだろうが、工藤珠希の口からはイザーを責めるような言葉は出てこなかったのだ。指の動きがいやらしい感じだと言いたいところなのだが、それを指摘すると自分の方がいやらしいのではないかと思ってしまい言えずにいたのだ。
ここで気を利かせた野城君がどこからか車いすを持ってきたのだ。
工藤珠希は抵抗するイザーをどうにか車いすに座らせることに成功し、学校までの長い道のりを安全に進むことが出来るようになったのだ
イザーは少し不満そうな顔をしていたのだが、工藤珠希の体をまさぐりたいから車いすに座るのはイヤだとは言えずに大人しくしておくことにしたようだ。
この世界の事にあまり深く関わらないはずの野城君がさりげなく工藤珠希を助けたのだが、それを理解しているのは助けられた工藤珠希と不満が残るイザーだけなのである。
零楼館高校に戻った工藤珠希は今まで見知っていた校舎とはあまりにも異なる戦闘要塞と呼んだ方がいいような建物に驚いていた。
最後に校舎を見た時は校門に向かっている大砲はなかったと思うのだが、実際に校門に立ってみると自分たちに向いている砲門が無数にあることに気が付いてしまった。実際に撃たれてしまったとしたら、今のイザーよりも酷いことになってしまうとしか思えなかった。
「凄い数の大砲がこっちを向いてるね。今撃たれたら大変なことになりそうだよね」
「大砲が直撃したら体のパーツが吹っ飛んじゃうかもしれないよね」
「……。……」
イザーなりの冗談を言って場を和ませようとしたのかもしれないが、工藤珠希は少しも笑うつもりに慣れなかった。
野城君はそんなイザーの冗談も記録に残そうとしたのだけれど、そのページはイザーの手によって破棄されてしまった
無言のまま校舎に戻ろうとした三人ではあったが、車いすのまま校舎内に入っても良いものなのか悩んでいた。
このままは言っても問題は無いと思うのだが、一応確認だけはしておいた方がいいだろう。そう思った工藤珠希は近くで作業をしていた知らない教師に聞いてみることにした。
「車いすのまま校舎に入っても問題ないよ。上の階に行くんだったら職員玄関の方にエレベータがあるからそれを使うといい。付添人は一人まで一緒に乗ることが出来ることになってるからね。その時は近くにいる守衛さんにお願いするといいんじゃないかな」
親切に教えてくれた教師は生徒たちと共に元の作業に戻っていった。
屋上にある教室までイザーを支えながら階段を上るのはちょっと嫌だなと思っていたところだったのでホッとした工藤珠希であった。
それにしても、車いすに乗っているイザーが左手を失っていて鮮血に染まっている状態なのにその事に全く触れることが無かったのはどうしてなのだろうか。
こんな状態のイザーを見ても誰一人として気にかけなかったのはおかしいように思えた。
誰よりも強いと思っているイザーのこんな姿を見るとは思っていなかったために言葉も出ないようなのだが、左腕を気にしているように見えてもイザー自体は元気そうなので少しだけ安心してはいたようだ。
「何か辛いことがあったら何でもボクに言ってくれていいからね。ボクに出来ることがあれば協力するからさ」
「それなら、私の右側に来て支えてもらってもいいかな?」
「左側じゃなくていいの?」
「大丈夫。右側の方がいいから」
常人であれば死んでいてもおかしくないほどの重傷を負っているイザーが工藤珠希に気を遣わせないように比較的無事な右半身を支えてもらおうという思いがあるのかと思ったのだが、実際にはイザーは無事な右手で工藤珠希の体を触りたい。それだけを考えて右側に立つようにお願いしただけなのだ。
工藤珠希はそのようなイザーの考えを知るはずもなく、もたれかかってくるイザーが怪我でフラフラになっているだけだと思っていたのだった。
「珠希ちゃんの存在がイザーちゃんに最後まで諦めないって思わせたんだろうね。イザーちゃんとアスモデウスにそこまで力の差はなかったと思うんだけど、今日はイザーちゃんの調子が悪かったのか苦戦してたみたいだったもんね。やっぱり因縁の相手だと戦いにくかったりするのかな?」
「戦いにくいとかはないんだけど、あいつとは何回戦っても初めて会ったみたいな感覚になっちゃうんだよね。あいつを倒してから前に戦った時の事を思い出すんだけど、そんな呪いでもかけられているのかな?」
「その可能性はあるかもしれないね。お互いに相手の弱点を知ってたら戦いもつまらないものになるだろうし」
「もしかして、野城君たちが操作してるとか無いよね?」
「それはないね。俺たちがそんな事を出来るはずもないし、そんな事をするんだったら観測する必要も無くなっちゃうからね。俺は観測者だから見てるだけでこの世界に深く関わることはしないんだよ」
大きな役割を与えられているようなことを言っている野城君ではあったが、実際にはこの世界で起こったことをただ見ているだけの役割でしかない。嘘偽りのない正しい情報を記録することがどれだけ大変かわからないが、彼が残してきた記録は全て正しいものとして扱われているのだ。
時には事実と異なることが記録されている場合もあるのかもしれないが、それはそれで正しい歴史として残っていく事になるのだろう。
イザーの右手は工藤珠希の方に載っていたはずなのに、いつの間にかその手が下におりていて今は工藤珠希の腰を抱きよせるような形になっていた。工藤珠希はしばらく気が付かなかったのだが、いざの右手でわき腹を触られたことに驚いてしまい、その時に初めてイザーの右手が自分の肩から腰に移動していたという事を知ったのだ。
執拗に体を触ろうとするイザーの右手を払いのけたい気持ちになっていた工藤珠希だったが、大怪我を負っているイザーに対してどうしても強く出ることが出来ずにいた。この場合はハッキリと言った方がいいのだろうが、工藤珠希の口からはイザーを責めるような言葉は出てこなかったのだ。指の動きがいやらしい感じだと言いたいところなのだが、それを指摘すると自分の方がいやらしいのではないかと思ってしまい言えずにいたのだ。
ここで気を利かせた野城君がどこからか車いすを持ってきたのだ。
工藤珠希は抵抗するイザーをどうにか車いすに座らせることに成功し、学校までの長い道のりを安全に進むことが出来るようになったのだ
イザーは少し不満そうな顔をしていたのだが、工藤珠希の体をまさぐりたいから車いすに座るのはイヤだとは言えずに大人しくしておくことにしたようだ。
この世界の事にあまり深く関わらないはずの野城君がさりげなく工藤珠希を助けたのだが、それを理解しているのは助けられた工藤珠希と不満が残るイザーだけなのである。
零楼館高校に戻った工藤珠希は今まで見知っていた校舎とはあまりにも異なる戦闘要塞と呼んだ方がいいような建物に驚いていた。
最後に校舎を見た時は校門に向かっている大砲はなかったと思うのだが、実際に校門に立ってみると自分たちに向いている砲門が無数にあることに気が付いてしまった。実際に撃たれてしまったとしたら、今のイザーよりも酷いことになってしまうとしか思えなかった。
「凄い数の大砲がこっちを向いてるね。今撃たれたら大変なことになりそうだよね」
「大砲が直撃したら体のパーツが吹っ飛んじゃうかもしれないよね」
「……。……」
イザーなりの冗談を言って場を和ませようとしたのかもしれないが、工藤珠希は少しも笑うつもりに慣れなかった。
野城君はそんなイザーの冗談も記録に残そうとしたのだけれど、そのページはイザーの手によって破棄されてしまった
無言のまま校舎に戻ろうとした三人ではあったが、車いすのまま校舎内に入っても良いものなのか悩んでいた。
このままは言っても問題は無いと思うのだが、一応確認だけはしておいた方がいいだろう。そう思った工藤珠希は近くで作業をしていた知らない教師に聞いてみることにした。
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親切に教えてくれた教師は生徒たちと共に元の作業に戻っていった。
屋上にある教室までイザーを支えながら階段を上るのはちょっと嫌だなと思っていたところだったのでホッとした工藤珠希であった。
それにしても、車いすに乗っているイザーが左手を失っていて鮮血に染まっている状態なのにその事に全く触れることが無かったのはどうしてなのだろうか。
こんな状態のイザーを見ても誰一人として気にかけなかったのはおかしいように思えた。
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