21 / 45
第21話 女の影
しおりを挟む
一人で机に向かっても集中できない夜。閉め切っていたカーテンを開けると遠くの方に不自然な動きをしている光が目に入った。
前にも見たことがある不思議な光はゆっくりと左右に揺れながら少しずつ空へと上がっていっていた。
この前と違って近付いてくる気配が無かったのでつい見続けてしまったのだが、そのまま窓を開けて見てみようと思ったタイミングでノックの音が響いてきた。
「珠希ちゃん大丈夫?」
「え、何が?」
扉の向こうから工藤太郎が心配そうに話しかけてきたのだが、工藤珠希としては何をそこまで心配される事があるのだろうと思っていた。勉強に集中できていなかったことを心配しているとは思えないし、自分が今見ていた光に関係することだろうか。工藤太郎の部屋からもあの光が見えるとは思うけど、だからと言って自分の事を心配する理由にはならないと思うのだ。
「大丈夫ならいいんだけどね。こんな時間に外に出るのは危ないんじゃないかなって思っただけだから」
「外になんて出ないよ。もう少し勉強したら寝ようと思ってたところだし」
「そうなんだ。それなら良かったよ。そう言えば、イザーちゃんから聞いたんだけどね、あの薄着のお姉さんって校外にいる一般的なサキュバスっぽいってさ。零楼館高校の制服を着ていれば襲われる事は無いって言ってたけど、休みの日に遭遇したらすぐに助けを呼べって言われたよ」
「あ、そうなんだ。それは大変だね」
工藤太郎が誰と仲良くなって誰とどんなやり取りをやっていても何とも思わない工藤珠希ではあったが、なぜか栗宮院うまなとイザーに関しては工藤太郎と仲良くなることに対して嫉妬にも似た感情がわいてきていたのだ。本人もその事をハッキリとは自覚していないのだが、栗宮院うまなとイザーがサキュバスであるという話が工藤珠希の中でモヤモヤとした感情に変わってしまっているのかもしれない。
「俺はサキュバスなんかに負けたりしないから問題ないんだけど、珠希ちゃんは気を付けた方がいいと思うよ」
「気を付けるって、ボクはこう見えても女の子だからサキュバスに襲われたりなんてしないと思うんだけど。サキュバスって男性を襲う妖怪でしょ?」
「妖怪って言って良いのかわからないけど、ほとんどのサキュバスは男性を襲うらしいね。ただ、零楼館高校にいるサキュバスって女の子の事が好きみたいだよ。もう知ってると思うけど、みんな珠希ちゃんの事が好きなんだって」
「変なこと言うのやめてよ。太郎のせいで眠れなくなりそうだわ。あんたの部屋にある漫画貸してよ」
「別にいいけど、新しいのなんて無いよ」
モヤモヤした気持ちのまま工藤太郎の部屋に入ってしまって良いのかと悩む工藤珠希ではあったが、彼の部屋に入ることに意味があったのだ。
工藤太郎が栗宮院うまなやイザーと連絡を取っていたとしても、学校で仲良く話していたとしても、自分は二人と違って部屋に入ることが出来るのだ。
漫画なんてなんだっていいし、前に借りたやつだって良いと思っている。工藤太郎の部屋に入ることが目的なのだから、どんな漫画だってかまわないのだ。
「じゃあ、この前読んで面白かったこれなんてどうかな?」
「どんな漫画なの?」
「旅行先でいろんな美味しいものを食べる漫画だよ。実際にある観光地なんだけど地元の人が行くような隠れた名店ばっかり舞台になってるんだ」
「それって、漫画になった時点で隠れてないんじゃないかな。それに、こんな時間に食べ物の漫画すすめるなよ。ボクだって太らないように気を付けてるんだからね」
「ごめんごめん。それだったら、殺された人の怨念と対話して犯人を追い詰めるって話はどうかな。上下巻の二冊で完結しているから読みやすいと思うよ」
「いや、夜にそんな怖い話はダメでしょ。夢に出てきたら困るよ」
「漫画の内容が夢に出てくるのは問題無いと思うけどな。ほら、サキュバスが夢に出てくるよりもマシでしょ」
「比較対象がおかしいって。それに、ボクは女の子なんだからサキュバスは夢に出てこないって」
その後も色々と漫画をすすめられていたのだが、工藤珠希が気に入るような漫画はなかった。実際には気になった漫画もいくつかはあったのだけれど、今から読むには長すぎて結末が気になって眠れなくなるような名作ばかりであった。
ただ、工藤珠希の目的は漫画を借りることではなく工藤太郎の部屋に入ることだったので目的は達成できたと言えよう。
栗宮院うまなとイザーに対して大きなアドバンテージを得たと言ってもいいのだろうが、工藤珠希はそんな二人にそのような感情を抱いてしまっていたのは何故なのかわからなかった。
「あんまり興味をそそられるような漫画ってないんだよね。読んでみたいのはいっぱいあるんだけど、今から読んでしまったら朝までかかりそうで我慢することにしたよ。太郎もそろそろ眠くなってきたと思うし、ボクは自分の部屋に戻るよ」
「まだあんまり眠くないんだけど、明日の事を考えたら早めに寝ておいた方がいいかもね。明日は昼前に抗争も終わりそうだって言ってたし、午後から大変かもしれないってさ」
「大変かもしれないって、どういう事?」
「さあ、大変かもしれないって言われただけだからね」
「まだわからないことだらけだから明日詳しく聞いてみないとね」
「そうだよね。柘榴ちゃんも愛華ちゃんも明日から忙しくなりそうだって言ってたよ。珠希ちゃんが困るようなことにはならないって言ってたけど、俺は結構働かされるかもしれないんだって」
工藤珠希の中で生まれたモヤモヤとした感情は少しずつ大きくなっていってしまった。
工藤太郎と一緒にいる時間が長ければその感情も小さくなっていくと思っていたのだけれど、工藤太郎から他の女子の名前が出てくることを考えると小さくなることなんて無いのかもしれない。
そう考えた工藤珠希はこれ以上他の女性の名前を聞く前に自分の部屋へと戻ることにしたのだった。
前にも見たことがある不思議な光はゆっくりと左右に揺れながら少しずつ空へと上がっていっていた。
この前と違って近付いてくる気配が無かったのでつい見続けてしまったのだが、そのまま窓を開けて見てみようと思ったタイミングでノックの音が響いてきた。
「珠希ちゃん大丈夫?」
「え、何が?」
扉の向こうから工藤太郎が心配そうに話しかけてきたのだが、工藤珠希としては何をそこまで心配される事があるのだろうと思っていた。勉強に集中できていなかったことを心配しているとは思えないし、自分が今見ていた光に関係することだろうか。工藤太郎の部屋からもあの光が見えるとは思うけど、だからと言って自分の事を心配する理由にはならないと思うのだ。
「大丈夫ならいいんだけどね。こんな時間に外に出るのは危ないんじゃないかなって思っただけだから」
「外になんて出ないよ。もう少し勉強したら寝ようと思ってたところだし」
「そうなんだ。それなら良かったよ。そう言えば、イザーちゃんから聞いたんだけどね、あの薄着のお姉さんって校外にいる一般的なサキュバスっぽいってさ。零楼館高校の制服を着ていれば襲われる事は無いって言ってたけど、休みの日に遭遇したらすぐに助けを呼べって言われたよ」
「あ、そうなんだ。それは大変だね」
工藤太郎が誰と仲良くなって誰とどんなやり取りをやっていても何とも思わない工藤珠希ではあったが、なぜか栗宮院うまなとイザーに関しては工藤太郎と仲良くなることに対して嫉妬にも似た感情がわいてきていたのだ。本人もその事をハッキリとは自覚していないのだが、栗宮院うまなとイザーがサキュバスであるという話が工藤珠希の中でモヤモヤとした感情に変わってしまっているのかもしれない。
「俺はサキュバスなんかに負けたりしないから問題ないんだけど、珠希ちゃんは気を付けた方がいいと思うよ」
「気を付けるって、ボクはこう見えても女の子だからサキュバスに襲われたりなんてしないと思うんだけど。サキュバスって男性を襲う妖怪でしょ?」
「妖怪って言って良いのかわからないけど、ほとんどのサキュバスは男性を襲うらしいね。ただ、零楼館高校にいるサキュバスって女の子の事が好きみたいだよ。もう知ってると思うけど、みんな珠希ちゃんの事が好きなんだって」
「変なこと言うのやめてよ。太郎のせいで眠れなくなりそうだわ。あんたの部屋にある漫画貸してよ」
「別にいいけど、新しいのなんて無いよ」
モヤモヤした気持ちのまま工藤太郎の部屋に入ってしまって良いのかと悩む工藤珠希ではあったが、彼の部屋に入ることに意味があったのだ。
工藤太郎が栗宮院うまなやイザーと連絡を取っていたとしても、学校で仲良く話していたとしても、自分は二人と違って部屋に入ることが出来るのだ。
漫画なんてなんだっていいし、前に借りたやつだって良いと思っている。工藤太郎の部屋に入ることが目的なのだから、どんな漫画だってかまわないのだ。
「じゃあ、この前読んで面白かったこれなんてどうかな?」
「どんな漫画なの?」
「旅行先でいろんな美味しいものを食べる漫画だよ。実際にある観光地なんだけど地元の人が行くような隠れた名店ばっかり舞台になってるんだ」
「それって、漫画になった時点で隠れてないんじゃないかな。それに、こんな時間に食べ物の漫画すすめるなよ。ボクだって太らないように気を付けてるんだからね」
「ごめんごめん。それだったら、殺された人の怨念と対話して犯人を追い詰めるって話はどうかな。上下巻の二冊で完結しているから読みやすいと思うよ」
「いや、夜にそんな怖い話はダメでしょ。夢に出てきたら困るよ」
「漫画の内容が夢に出てくるのは問題無いと思うけどな。ほら、サキュバスが夢に出てくるよりもマシでしょ」
「比較対象がおかしいって。それに、ボクは女の子なんだからサキュバスは夢に出てこないって」
その後も色々と漫画をすすめられていたのだが、工藤珠希が気に入るような漫画はなかった。実際には気になった漫画もいくつかはあったのだけれど、今から読むには長すぎて結末が気になって眠れなくなるような名作ばかりであった。
ただ、工藤珠希の目的は漫画を借りることではなく工藤太郎の部屋に入ることだったので目的は達成できたと言えよう。
栗宮院うまなとイザーに対して大きなアドバンテージを得たと言ってもいいのだろうが、工藤珠希はそんな二人にそのような感情を抱いてしまっていたのは何故なのかわからなかった。
「あんまり興味をそそられるような漫画ってないんだよね。読んでみたいのはいっぱいあるんだけど、今から読んでしまったら朝までかかりそうで我慢することにしたよ。太郎もそろそろ眠くなってきたと思うし、ボクは自分の部屋に戻るよ」
「まだあんまり眠くないんだけど、明日の事を考えたら早めに寝ておいた方がいいかもね。明日は昼前に抗争も終わりそうだって言ってたし、午後から大変かもしれないってさ」
「大変かもしれないって、どういう事?」
「さあ、大変かもしれないって言われただけだからね」
「まだわからないことだらけだから明日詳しく聞いてみないとね」
「そうだよね。柘榴ちゃんも愛華ちゃんも明日から忙しくなりそうだって言ってたよ。珠希ちゃんが困るようなことにはならないって言ってたけど、俺は結構働かされるかもしれないんだって」
工藤珠希の中で生まれたモヤモヤとした感情は少しずつ大きくなっていってしまった。
工藤太郎と一緒にいる時間が長ければその感情も小さくなっていくと思っていたのだけれど、工藤太郎から他の女子の名前が出てくることを考えると小さくなることなんて無いのかもしれない。
そう考えた工藤珠希はこれ以上他の女性の名前を聞く前に自分の部屋へと戻ることにしたのだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる