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第2話 入学式の前に

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 二人がこれから通うことになる私立零楼館高校は元々女子高であったのだが、時代の流れなのか女子生徒数の減少に伴って数年前から共学になっていたのだ。
 この地域でも一番の進学校でもあり、スポーツ分野でも優秀な成績をおさめていた事もあって男子生徒も優秀で、進学実績も部活動の成績も全国にその名を轟かすほどになっていたのである。

 工藤太郎は恵まれた体格と努力を惜しまない心を持っていた事もあって中学の時には複数の部活動で全国大会にも出場するほどであり、それと同時に全国模試でもトップに近い成績をとるという文武両道を絵に描いたような人物であった。
 彼の進路先としては日本のみならず海外からも声がかかるほどではあったが、工藤珠希が零楼館高校から“特別指名推薦”というものを受けた事によって進路を変えてしまったという事件があった。
 零楼館高校も名門校と呼ぶには相応しい成績を残してはいるのだが、全国的に見ると工藤太郎が入学すべき高校ではないと思われていていたのだ。工藤太郎に声をかけてくれた高校の中には学費の免除だけではなく食費や交通費の負担を申し出るところも少なくなかったし、それとは別にお小遣いを渡してくれるという話も出ていたという噂があった。
 中学の教師も本人もそれらの高校に進むべきだと思っていたのだが、工藤珠希の進路を聞いた工藤太郎がそれまでの話を無かったことにしてしまったのだ。彼らの通っていた中学校の教師も推薦の相手を間違えているのではないかと何度も確認をしたのだが、工藤珠希を“指名”しているというのは間違いないという事だった。
 ちなみに、零楼館高校サイドが工藤珠希を“指名”した理由は誰も聞いていない。


「家の中だと気のせいかなって思っちゃったけど、外に出たらすぐにわかっちゃった」
「え、何がわかったの?」
「珠希ちゃんはさ、寝る前に少しだけ前髪を切ったでしょ?」
「切ったって言っても刃先でちょっとだけなんだけど、自分でも切ったか切ってないかわからない程度なのになんでわかるの?」
「なんでって、俺はずっと珠希ちゃんを見てるからね」
「その言い方はちょっと気持ち悪いかも。あんたじゃなかったら思いっきり引いてるわ」
「引いてなくてよかった。珠希ちゃんに嫌われたら俺は死んじゃうかもしれないし」
「その冗談は笑えないからやめてよね」

 二人が通っていた中学から零楼館高校に進学した生徒は他にはいなかった。
 工藤珠希も工藤太郎もそれなりに友人はいたのだが、零楼館高校に進学するような生徒は誰一人としていなかったという。

 学校についたらまずは職員室まで来るようにと指示を受けていた二人は真っすぐに職員室へと向かっていった。
 職員室の入り口付近にいた先生に自分たちの名前を告げたところ、二人は職員室の奥にある来客用のソファに座って待つように言われたので二人はそれに従い座って待つことにした。
 待っている時間がそれほど長くなかったという事もあるのだろうが、職員室にいるのは二人以外はみな教師だという事もあって無駄話などはせずに黙って待っているのであった。

 二人のもとへやってきたのは恰幅の良い年配の男性とやや小柄な女性だった。
 工藤珠希と工藤太郎は立ち上がって挨拶をしたところ、こちらへやってきた二人も自己紹介をしてくれていた。

「私は副校長の山本でございます。お二人は外部入学という事でわからないことも多いと思いますので、お二人の担任である片岡先生が簡単にこの学校の事についてご案内いたします。何か困ったことがあれば片岡先生に聞いてください。では、私は入学式の打ち合わせがありますので後はよろしくお願いしますね」

 副校長の山本先生が去ったあとに残された三人の間には気まずい空気が流れていた。
 いつもなら臆することなく話しかけている工藤太郎も今だけは空気を読んで大人しくしている。工藤珠希もそれにならって大人しくしているのだが、三人だけが沈黙しているのがとても気まずい感じであった。
 そんな空気を読んだのか、担任の片岡先生が二人に向かって話しかけてくれたのだ。

「初めまして。私があなたたちの担任の片岡です。外部入学って事でこの学校の事はわかってないかもしれないけど、基本的には普通の高校と変わらないと思うわ。ちょっと変わったところもあるけど、それはこの学校の特徴だと思ってくれればいいかも。ちなみになんだけど、二人は恋人関係ではないのよね?」
「違いますよ。俺は珠希ちゃんの家でお世話になってるし養子にもしてもらってますけど、そういう関係ではないです。珠希ちゃんの事は可愛い妹だと思ってますし」
「はあ、なんであんたが兄なのよ。ボクの方がお姉ちゃんっぽいでしょ。誕生日は太郎の方が早いけど、そんなのって誤差みたいなもんだし」
「誤差って、半年も違うのに誤差はないでしょ」

 先ほどまでおとなしかったのが嘘のように二人は言い争いをしているのだが、周りにいる教師たちは特にそれを気にするでもなく自分たちの仕事を黙々とこなしていた。

「わかったから。そんなに否定されるとは思ってなかったわ。二人の関係性はわかってるんでそんなにムキにならなくてもいいからね。いとことも違う複雑な関係だと思うけど、そんな事は気にしなくてもいいからね。みんなそう言うのは気にしないと思うからね」
「俺は珠希ちゃんに彼氏が出来たらいいなって思ってますけどね」

 工藤珠希は特に言い返すこともせずに工藤太郎の発言を無視していた。
 無視される形になった工藤太郎は気まずそうにしていたのだけれど、それは本心からくる言葉のように見えたので片岡先生もそれについては何も言わなかった。
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