2 / 45
第2話 入学式の前に
しおりを挟む
二人がこれから通うことになる私立零楼館高校は元々女子高であったのだが、時代の流れなのか女子生徒数の減少に伴って数年前から共学になっていたのだ。
この地域でも一番の進学校でもあり、スポーツ分野でも優秀な成績をおさめていた事もあって男子生徒も優秀で、進学実績も部活動の成績も全国にその名を轟かすほどになっていたのである。
工藤太郎は恵まれた体格と努力を惜しまない心を持っていた事もあって中学の時には複数の部活動で全国大会にも出場するほどであり、それと同時に全国模試でもトップに近い成績をとるという文武両道を絵に描いたような人物であった。
彼の進路先としては日本のみならず海外からも声がかかるほどではあったが、工藤珠希が零楼館高校から“特別指名推薦”というものを受けた事によって進路を変えてしまったという事件があった。
零楼館高校も名門校と呼ぶには相応しい成績を残してはいるのだが、全国的に見ると工藤太郎が入学すべき高校ではないと思われていていたのだ。工藤太郎に声をかけてくれた高校の中には学費の免除だけではなく食費や交通費の負担を申し出るところも少なくなかったし、それとは別にお小遣いを渡してくれるという話も出ていたという噂があった。
中学の教師も本人もそれらの高校に進むべきだと思っていたのだが、工藤珠希の進路を聞いた工藤太郎がそれまでの話を無かったことにしてしまったのだ。彼らの通っていた中学校の教師も推薦の相手を間違えているのではないかと何度も確認をしたのだが、工藤珠希を“指名”しているというのは間違いないという事だった。
ちなみに、零楼館高校サイドが工藤珠希を“指名”した理由は誰も聞いていない。
「家の中だと気のせいかなって思っちゃったけど、外に出たらすぐにわかっちゃった」
「え、何がわかったの?」
「珠希ちゃんはさ、寝る前に少しだけ前髪を切ったでしょ?」
「切ったって言っても刃先でちょっとだけなんだけど、自分でも切ったか切ってないかわからない程度なのになんでわかるの?」
「なんでって、俺はずっと珠希ちゃんを見てるからね」
「その言い方はちょっと気持ち悪いかも。あんたじゃなかったら思いっきり引いてるわ」
「引いてなくてよかった。珠希ちゃんに嫌われたら俺は死んじゃうかもしれないし」
「その冗談は笑えないからやめてよね」
二人が通っていた中学から零楼館高校に進学した生徒は他にはいなかった。
工藤珠希も工藤太郎もそれなりに友人はいたのだが、零楼館高校に進学するような生徒は誰一人としていなかったという。
学校についたらまずは職員室まで来るようにと指示を受けていた二人は真っすぐに職員室へと向かっていった。
職員室の入り口付近にいた先生に自分たちの名前を告げたところ、二人は職員室の奥にある来客用のソファに座って待つように言われたので二人はそれに従い座って待つことにした。
待っている時間がそれほど長くなかったという事もあるのだろうが、職員室にいるのは二人以外はみな教師だという事もあって無駄話などはせずに黙って待っているのであった。
二人のもとへやってきたのは恰幅の良い年配の男性とやや小柄な女性だった。
工藤珠希と工藤太郎は立ち上がって挨拶をしたところ、こちらへやってきた二人も自己紹介をしてくれていた。
「私は副校長の山本でございます。お二人は外部入学という事でわからないことも多いと思いますので、お二人の担任である片岡先生が簡単にこの学校の事についてご案内いたします。何か困ったことがあれば片岡先生に聞いてください。では、私は入学式の打ち合わせがありますので後はよろしくお願いしますね」
副校長の山本先生が去ったあとに残された三人の間には気まずい空気が流れていた。
いつもなら臆することなく話しかけている工藤太郎も今だけは空気を読んで大人しくしている。工藤珠希もそれにならって大人しくしているのだが、三人だけが沈黙しているのがとても気まずい感じであった。
そんな空気を読んだのか、担任の片岡先生が二人に向かって話しかけてくれたのだ。
「初めまして。私があなたたちの担任の片岡です。外部入学って事でこの学校の事はわかってないかもしれないけど、基本的には普通の高校と変わらないと思うわ。ちょっと変わったところもあるけど、それはこの学校の特徴だと思ってくれればいいかも。ちなみになんだけど、二人は恋人関係ではないのよね?」
「違いますよ。俺は珠希ちゃんの家でお世話になってるし養子にもしてもらってますけど、そういう関係ではないです。珠希ちゃんの事は可愛い妹だと思ってますし」
「はあ、なんであんたが兄なのよ。ボクの方がお姉ちゃんっぽいでしょ。誕生日は太郎の方が早いけど、そんなのって誤差みたいなもんだし」
「誤差って、半年も違うのに誤差はないでしょ」
先ほどまでおとなしかったのが嘘のように二人は言い争いをしているのだが、周りにいる教師たちは特にそれを気にするでもなく自分たちの仕事を黙々とこなしていた。
「わかったから。そんなに否定されるとは思ってなかったわ。二人の関係性はわかってるんでそんなにムキにならなくてもいいからね。いとことも違う複雑な関係だと思うけど、そんな事は気にしなくてもいいからね。みんなそう言うのは気にしないと思うからね」
「俺は珠希ちゃんに彼氏が出来たらいいなって思ってますけどね」
工藤珠希は特に言い返すこともせずに工藤太郎の発言を無視していた。
無視される形になった工藤太郎は気まずそうにしていたのだけれど、それは本心からくる言葉のように見えたので片岡先生もそれについては何も言わなかった。
この地域でも一番の進学校でもあり、スポーツ分野でも優秀な成績をおさめていた事もあって男子生徒も優秀で、進学実績も部活動の成績も全国にその名を轟かすほどになっていたのである。
工藤太郎は恵まれた体格と努力を惜しまない心を持っていた事もあって中学の時には複数の部活動で全国大会にも出場するほどであり、それと同時に全国模試でもトップに近い成績をとるという文武両道を絵に描いたような人物であった。
彼の進路先としては日本のみならず海外からも声がかかるほどではあったが、工藤珠希が零楼館高校から“特別指名推薦”というものを受けた事によって進路を変えてしまったという事件があった。
零楼館高校も名門校と呼ぶには相応しい成績を残してはいるのだが、全国的に見ると工藤太郎が入学すべき高校ではないと思われていていたのだ。工藤太郎に声をかけてくれた高校の中には学費の免除だけではなく食費や交通費の負担を申し出るところも少なくなかったし、それとは別にお小遣いを渡してくれるという話も出ていたという噂があった。
中学の教師も本人もそれらの高校に進むべきだと思っていたのだが、工藤珠希の進路を聞いた工藤太郎がそれまでの話を無かったことにしてしまったのだ。彼らの通っていた中学校の教師も推薦の相手を間違えているのではないかと何度も確認をしたのだが、工藤珠希を“指名”しているというのは間違いないという事だった。
ちなみに、零楼館高校サイドが工藤珠希を“指名”した理由は誰も聞いていない。
「家の中だと気のせいかなって思っちゃったけど、外に出たらすぐにわかっちゃった」
「え、何がわかったの?」
「珠希ちゃんはさ、寝る前に少しだけ前髪を切ったでしょ?」
「切ったって言っても刃先でちょっとだけなんだけど、自分でも切ったか切ってないかわからない程度なのになんでわかるの?」
「なんでって、俺はずっと珠希ちゃんを見てるからね」
「その言い方はちょっと気持ち悪いかも。あんたじゃなかったら思いっきり引いてるわ」
「引いてなくてよかった。珠希ちゃんに嫌われたら俺は死んじゃうかもしれないし」
「その冗談は笑えないからやめてよね」
二人が通っていた中学から零楼館高校に進学した生徒は他にはいなかった。
工藤珠希も工藤太郎もそれなりに友人はいたのだが、零楼館高校に進学するような生徒は誰一人としていなかったという。
学校についたらまずは職員室まで来るようにと指示を受けていた二人は真っすぐに職員室へと向かっていった。
職員室の入り口付近にいた先生に自分たちの名前を告げたところ、二人は職員室の奥にある来客用のソファに座って待つように言われたので二人はそれに従い座って待つことにした。
待っている時間がそれほど長くなかったという事もあるのだろうが、職員室にいるのは二人以外はみな教師だという事もあって無駄話などはせずに黙って待っているのであった。
二人のもとへやってきたのは恰幅の良い年配の男性とやや小柄な女性だった。
工藤珠希と工藤太郎は立ち上がって挨拶をしたところ、こちらへやってきた二人も自己紹介をしてくれていた。
「私は副校長の山本でございます。お二人は外部入学という事でわからないことも多いと思いますので、お二人の担任である片岡先生が簡単にこの学校の事についてご案内いたします。何か困ったことがあれば片岡先生に聞いてください。では、私は入学式の打ち合わせがありますので後はよろしくお願いしますね」
副校長の山本先生が去ったあとに残された三人の間には気まずい空気が流れていた。
いつもなら臆することなく話しかけている工藤太郎も今だけは空気を読んで大人しくしている。工藤珠希もそれにならって大人しくしているのだが、三人だけが沈黙しているのがとても気まずい感じであった。
そんな空気を読んだのか、担任の片岡先生が二人に向かって話しかけてくれたのだ。
「初めまして。私があなたたちの担任の片岡です。外部入学って事でこの学校の事はわかってないかもしれないけど、基本的には普通の高校と変わらないと思うわ。ちょっと変わったところもあるけど、それはこの学校の特徴だと思ってくれればいいかも。ちなみになんだけど、二人は恋人関係ではないのよね?」
「違いますよ。俺は珠希ちゃんの家でお世話になってるし養子にもしてもらってますけど、そういう関係ではないです。珠希ちゃんの事は可愛い妹だと思ってますし」
「はあ、なんであんたが兄なのよ。ボクの方がお姉ちゃんっぽいでしょ。誕生日は太郎の方が早いけど、そんなのって誤差みたいなもんだし」
「誤差って、半年も違うのに誤差はないでしょ」
先ほどまでおとなしかったのが嘘のように二人は言い争いをしているのだが、周りにいる教師たちは特にそれを気にするでもなく自分たちの仕事を黙々とこなしていた。
「わかったから。そんなに否定されるとは思ってなかったわ。二人の関係性はわかってるんでそんなにムキにならなくてもいいからね。いとことも違う複雑な関係だと思うけど、そんな事は気にしなくてもいいからね。みんなそう言うのは気にしないと思うからね」
「俺は珠希ちゃんに彼氏が出来たらいいなって思ってますけどね」
工藤珠希は特に言い返すこともせずに工藤太郎の発言を無視していた。
無視される形になった工藤太郎は気まずそうにしていたのだけれど、それは本心からくる言葉のように見えたので片岡先生もそれについては何も言わなかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~
トベ・イツキ
キャラ文芸
三国志×学園群像劇!
平凡な少年・リュービは高校に入学する。
彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。
しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。
妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。
学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!
このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。
今後の予定
第一章 黄巾の乱編
第二章 反トータク連合編
第三章 群雄割拠編
第四章 カント決戦編
第五章 赤壁大戦編
第六章 西校舎攻略編←今ココ
第七章 リュービ会長編
第八章 最終章
作者のtwitterアカウント↓
https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09
※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。
※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。
押しが強いよ先輩女神
神野オキナ
キャラ文芸
チビデブの「僕」は妙に押しの強い先輩に気に入られている。何もかも完璧な彼女に引け目を感じつつ、好きな映画や漫画の話が出来る日々を気に入っていたが、唐突に彼女が「君が好きだ」と告白してきた。「なんで僕なんかと?」と引いてしまう「僕」だが、先輩はグイグイと押してくる。オマケに自分が「女神」だと言い出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる