上 下
71 / 80

嘆き

しおりを挟む
 力の差はそれほど感じてはいなかったのだけれど、僕の中にある神の力が動きを制限しているために何も出来ずにただ一方的に攻撃され続けていた。何とか耐えることは出来ていたのだけれど、限界を迎えるのも時間の問題のように思えていたし、僕の中にあるサタンやアマツミカボシの力が少しずつ失われていくように感じていた。何度死んで生き返ったとしても神の力に逆らうことが出来ないのでは戦いようがないのではないかと思い始めていたのだった。

「お前が我に挑むことはお前が産まれる前から分かっていた事なのだ。我よりも強くなったお前が挑んでくるのは必然であるし、我を倒して何かを得ようとするのも理解はしていた。しかしだ、お前の中にある我の力によってお前の行動は全て制御することが出来るのだ。例え何度生まれ変わろうともその事実は変えることが出来ないのだ。我が息子ルシフェルよ、今一度悔い改めその身も心も我に捧げよ。さすれば道は開かれん」
「俺はお前を倒して自分の理想の世界を創らないといけないんだ。そうしないと今までやって来たことが全部無駄になってしまう。今は勝てなくても絶対にお前を倒してみせる」
「何度やっても結果は変わらぬ。今まで何度繰り返してきても無駄だったという事もわからぬお前では理解出来ないと思うが、我の前にはお前の力など無力であると思い、我のもとで再び世界を平定するのだ」
『どうあがいたってあんたに勝てないってのは知っているさ。こいつの力がある限り抵抗出来ないんだもんな。そんな事はどうでもいい、だってよ、俺がこいつと一緒になってやるんだからな』
「お前も懲りないやつだな。今一度その身から切り離し永遠の闇の底に屠ってやろう。今度は二度と光の届かない真の闇が支配する虚無の世界へといざなう事にしようぞ」
『そいつは願ってもいない事だ。だが、それは無理な話ってもんだな。今回は今までと違って俺だけがこいつの味方をしているってわけでもないんだぜ。あんたの天敵であるアマツミカボシがいるんだからな』
「異国の神が味方したところで我の力に触れることも出来ぬと思うが、それが何の役に立つというのだ」
『あんたが俺を送り込もうとしているその闇の世界に光を作り出すことが出来るんだぜ。その意味が分からないあんたではないはずだと思うけどな』
「わずかな光の中に希望を見出したと思い込んでいるのか。弱きことは罪ではないが、思い込みは時に罪であると知るのだ。かつて我が息子ルシフェルの中より産まれし悪魔の子よ。今再び我が息子と一つになりてその身を支配しようとしているのか。しかしだ、その力も我の加護を受けている事を忘れることなかれ。誰も知らぬ、誰も感じぬ、誰も気付かぬ闇の世界にその身も心も委ねるのだ」
『そんな事していいのかい。今回は俺一人じゃないんだけどな』
「そんな事は百も承知。アマツミカボシも我が息子ルシフェルもお前の心が離れた時に回収すればいいだけの話である」
『それが出来ればいいのだけれどな。アマツミカボシも俺も、俺たち以外の悪魔だってこいつの中にいるってことを忘れるなよ』
「もうよい。悪魔の子サタンよ。何も申さなくてもお前達があの世界へ行く事は変えられぬことよ。後悔もその罪を受け入れることをせずともよい。何も感じぬ世界で永遠の時を刻むのだ」

 動くことのできない僕の代わりにサタンが出てきていたようだったけれど、その言動は事態を打開しようとはせずに僕の意志とは真逆の行動を取っていた。結果的に僕達はこいつを怒らせてしまっただけにしか思えないのだけれど、神はもっと温厚な感じだと思っていたので驚いてしまった。アマツミカボシでさえそこまで怒りっぽくはなかったかと思うのだけれど、この神はそうではなかったようだ。
 真の闇が支配する世界に何があるのだろう。闇以外に何もないのだと思うけれど、僕はその世界に対して不思議と恐怖を覚えたりはしなかった。どうにかなるだろうという楽観的な考えが頭の中にあったのだった。

「我が息子ルシフェルよ。完全にその身と心を取り戻すときまでしばしの別れである。再び我の前にその姿を見せる日を待っておるぞ」

 僕がその言葉を聞いていると、何か強い力に意識を引かれているように感じていた。その感覚は意識だけを強く持っていかれているようで体はその場に留まっているように思えた。体も後から離れて僕の方へと向かってきているようには見えるのだけれど、その速さは大きく違っていたのか自分の体なのにそれを感じることも出来ないくらい離れていた。自分の手も足もわからないくらい遠くに感じていたのだけれど、そこに手足がある感触はあったのだ。見ることが出来ない手足が僕には感じることが出来る不思議な体験だった。
 試しに自分の顔を触ってみたのだけれど、触っている感触も触られている感触もあるのに、その手が僕には見えなかった。どんなに近づいてみても見えなかった。
 羽を羽ばたかせてみるとその身に風を感じることは出来たのだけれど、やはり何も見えなかった。触る事の出来る羽も僕には見えなかった。
 ここは本当に何も見えない世界だった。

「なあ、ここにきても不安に駆られていないってのは流石だと思うけれど、少しは焦ってくれないと面白くないな。焦ったりするってのはお前らしくないんでいいと思うけれど、こっちも助け甲斐が無いってもんだな」
「僕の中からじゃなくて外から聞こえるんだけど、どういうことなの?」
「俺は今でもお前の中にいるんだけど、お前は俺の声が外から聞こえているんだ。それもそうだろうよ」
「ちょっと待って、意味が分からないんだけど。ここって闇の世界ってやつなんでしょ?」
「ま、闇の世界ってやつには変わりないと思うんだけど、あいつが想定していた闇の世界とはまた違う場所なんだな。お前も今まで何度もやられてきたんだけど、ただやられていただけではないってことだ。闇の世界に落とされる前に自分で闇の世界を創っちまったんだぜ。そんな事誰も信じられないだろうけどな」
「それって、つまりはどういうことなの?」
「お前が落ちるはずだった世界は誰の影響も受けない常闇の世界だったはずなんだ。でもよ、その世界をお前は自分で作っちまったんだ。あいつも気付かない完ぺきな世界をよ。そいつは凄い事だぜ、あいつを騙せるほど強い力を手に入れた上に、この世界まで作っちまったってことはよ、この世界でお前は自由に何でも出来るって事なんだからよ。とりあえず、今はお前の中にあるあいつの力を全て取り出す方法を考えようぜ。大丈夫、お前の中にいた俺を引きずり出した時みたいにあいつの力をとりだしちゃえよ」
「この世界なら自由に出来るって言っても、僕は自分の手も足も見えないんだけど。そんな中で何かしようなんて無理だと思うんだけどね」
「バカか、それはお前がここを闇の世界だと思っているからだろ。何か明るい光を想像してみろよ。そうすれば何か出てくるはずだよ」
「わかった、やってみるよ」

 僕が思う明るいもの。そうだ、目の前にアマツミカボシがいる事を想像してみよう。
 僕の前にはアマツミカボシが立っていた。言われてから想像する前にアマツミカボシの姿がそこに現れていた。

「マジかよ。こいつもお前の中にいるはずなんだけど、本当に何でもありなんだな。ま、いいか。よし、じゃあ、次はお前の中にいるあいつの力を取り出すんだ。体の奥にあるあいつの力を感じてここにいる姿を想像するだけで良いぞ。それにしても、このアマツミカボシは黙って立っているだけなのかよ」
「想像するにしても、どんな姿なのかわからない事には想像しようも無いと思うんだけど」
「それもそうだな、お前の中にいるやつなんだから、お前と同じ姿で良いんじゃないか?」

 その考えはもっともだなと思ったので、僕は自分の中にあるあいつの力を感じながらそれを自分自身の姿で想像してみた。すると、僕の目の前に僕と同じ姿の男が立っていた。その体はアマツミカボシのように光り輝いているのだけれど、その表情は何とも言えぬ悲しいものだった。

「本当に出来ちゃうなんて俺も驚いているけど、試しにこいつを倒してみろよ。お前の好きな鎌を使ってみたらいいんじゃないかな」

 僕はそう言われる前から鎌を持っていたような気がしていたけれど、何の躊躇いも無くその鎌を振り抜いていた。相変わらず手応えは無いのだけれど、僕と同じ顔が宙に舞っているのを見るのは今までにない不思議な感覚だった。

「やったな、お前の中にあるあいつの力を倒したぞ。これでお前はあいつの支配から解かれたんだ。今度こそあいつに勝てるぜ」
「うん、僕の中にあるあいつの力は消えたと思うし、これで正々堂々とした戦いを挑めるわけだね」
「ああ、お前の中にあるあいつの力なんて大したことなかったよな。お前が強くなりすぎただけかもしれないけどさ」

 僕の中にあったあの力のせいで僕は何も出来なかったと言ってもいいだろう。でも大丈夫、今度はこの力が消えているんだから動きを制御される事も無いはずだ。そう思っていると、僕の目の前に再び僕が現れていた。先ほどと変わらぬ悲しい表情でそこに立っていたのだった。

「お前って、倒した相手の力を取り込んじゃうんだよな。これって結構まずい話なんじゃないか」

 僕の中にあるあいつの力を乗り越えたとしても、再び僕の中に戻ってくるのだとしたら、僕はどうやってそれに打ち勝てばいいのだろうか。この力に打ち勝てる方法が見つかるまでは何度でも倒し続ける事しかないのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ヤンデレ彼女×サイコパス彼氏≒異世界最強カップル

釧路太郎
ファンタジー
異世界に行っても僕たちはいつまでも仲の良い関係です 勝手にスピンオフ始めました。 こっちの世界ではヤンデレ成分もサイコパス成分も特盛になっていきます。 この作品は「小説家になろう」「ノベルアッププラス」「カクヨム」にも投稿しています

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜

犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。 この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。 これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。

異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。

星の国のマジシャン
ファンタジー
 引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。  そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。  本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。  この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...