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休戦

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 世界を創りかえるとしてもその方法はわからなかった。今まで貰ってきた能力はその使い方が何となくわかっていたり見ていたことがあったので使うことが出来たのだけれど、今回は皆目見当もつかない状況にあった。世界を創りかえようと念じてみたところで上手くいくわけでもないし、どこかの世界へ出かけて何かをしているといった事も無さそうだった。いったいどうすればいいのだろうか?

「そう言えば、中村さんがもしもの時の為にってマニュアルを作っていたんですけど、それに載ってますかね?」

 そう言ってマニュアルを渡されたのだけれど、十五センチはあろうかという分厚さに若干の不安を覚えてしまう。まあ、目次を見れば何とかなるだろうと思って表紙を開いてみるのだけれど、一ページ目から何かの使い方が書いてあった。パラパラと捲ってみても目次は無く、各項目の見出しもどこにあるのかがわかりにくい仕様になっていた。僕が探している世界を創りかえる方法がどこに書いてあるのかさっぱりわからなかった。
 何ページあるのかわからないけれど、とりあえずは一通り読むしかないかと諦めていたのだが、パラパラとページを捲っていただけなのに内容がドンドン頭に入ってきていた。そのまま読み進めていると、ページを捲るスピードを上げても内容はしっかりと頭に入ってきているのがわかった。厚さ十五センチのマニュアルを読むのにかかった時間は一分にも満たなかったと思う。しかし、このマニュアルには肝心な事が何も書いておらず、中村さんの半生が記されている伝記のようなものであった。
 次に女が持ってきたのも分厚いマニュアルだったのだけれど、同じように目次は無く項目も適当に割り振られているようで完成品とは思えない出来だった。このマニュアルにも世界の創りかえる方法は載っていなかった。数秒で内容を理解出来るようになっているのはどうしてなのかと思っていたのだけれど、それは僕の能力の一つである体感速度が変化しているという事だった。自然と速読を越える超速読を身につけてしまったようだ。
 その後に持ってきてくれたマニュアルに世界を創りかえる方法が載っていたのだけれど、それによると世界を創りかえるにはある程度の犠牲が必要であって創りかえたい世界の規模によってはほとんどの世界を失う事になってしまうらしい。それだけ価値のある世界を創るのは大変だという事だ。今残っている世界の数を把握しているわけではないのだけれど、それなりに多くの世界は残っていると思うし、資源や住んでいる住人の価値を考えると相当な世界を創ることも出来そうだと思った。

「ルシフェルさんは世界を創りかえる方法を見つけたようですけど、今からでも試せそうですか?」
「大丈夫だと思うんですけど、アマツミカボシのいる世界を創るのにどれくらいの犠牲が必要になるんでしょうね?」
「うーん、大天使を誕生させるのに必要だったのはルシフェルさんがいた事のある世界を三つほど犠牲にしたんですけど、大天使よりも多くの犠牲は必要だと思うんですよね。私も実際に会ったことはないんですけど、一説によると私の主と同等の強さを持っているとも言われていますね。その話が本当だとしたらルシフェルさんがいらっしゃったことのある世界はほとんど犠牲になってしまうかもしれないんですよね。もちろん、ルシフェルさんと関りの全くない世界を犠牲にしてもいいんですけど、その場合はより多くの世界を犠牲にしないといけないのかもしれないですよ」
「僕がその犠牲になる世界を選べるみたいですけど、犠牲になってもらうのは知らない世界がいいと思うんですよね」
「少しくらい多くの世界が無くなったとしてもそれほど影響は無いのかもしれないですね。ルシフェルさんの存在を知らない世界の方が罪悪感もなさそうですよね。どっちにしろルシフェルさんが手に入れた能力だけならいつか滅んでしまいそうですけどね」
「ちょっと楽しんでませんか?」
「そんなことはないですよ。私は主の復活の為ならどんな犠牲も厭わないと思っているだけですからね」
「あんまり平和な感じには進まないみたいですけど、とりあえず試してみますか」

 僕はマニュアルに書いてあった通りに世界を創りかえる準備を始めた。アマツミカボシがいる世界を想像して創造してみる。どれだけの犠牲が必要なのかはわからないし、アマツミカボシがどのような人なのかわからないので聞いた情報だけを元にしたのだけれど、それが上手くいったのかは実際に確認してもらうまでわからない。
 多分上手くいったと思うんだけど本当に成功しているのかわからなかった。

「ルシフェルさん、ルシフェルさん。今まで見つけることが出来なかったアマツミカボシがいますよ。って、見えなくなっちゃいましたね。映像が思いっきり乱れているんですけど、ここに映像を送ってくれていた天使に何かあったのかもしれませんね。場所はわかっているんですけど、近くまで行って確認してみますか?」
「場所がわかっているなら行った方がいいよね。ここから近いのかな?」
「近いか遠いかは問題じゃないんですけど、どれくらい近くに行っても平気かって事なんですよね。アマツミカボシは恐ろしい神だと言われていて、有り余る力によってその周りの天候も変化させて雨を降らせているらしいです。その雨はどんな金属でも溶かしてしまうようで、もしかしたらルシフェルさんの持っている鎌も使えないかもしれないですね。その雨が体に悪影響を与えないわけも無いと思いますので、入念に対策を立てる必要もあると思うんですよ。ルシフェルさんはどうやって戦いますか?」
「そうだね、まずは正面から挑んでみようかな。僕は何度も生き返れるみたいだしそのうち何とかなるでしょう」
「それでもいいんですけど、何度繰り返しても攻略の糸口が見いだせなかったらまずいですよ」
「その時はその時で考えますよ」
「せめて、私が呼び出せる天使を全て動員してでも攻略のヒントを探してみますよ。もしかしたら天使の軍団がアマツミカボシの首をとってしまうかもしれませんけどね」
「それならそれでいいと思うけど、僕がアマツミカボシのいる世界を創っただけでも価値があるというものだよね」
「それはそうなんですけど、ルシフェルさんの本当の力を見せてもらえると嬉しいな」

 僕と女が移動したのはアマツミカボシを呼び出した星の衛星だった。それほど近いわけではないのだけれど、アマツミカボシから放たれているプレッシャーが僕の全身を突き刺しているようだった。アマツミカボシは特に何かをするわけでもなくただ黙って立っているだけなのだが、僕はその姿に異常なプレッシャーを感じているのだった。
 せっかくだからと女が先制攻撃を仕掛けるために天使の軍団をアマツミカボシがいる星の周りに集結させていた。僕のいる衛星と星の間にどんどんと天使が配置されているのだけれど、その数が多すぎて地表も見えなくなってしまっていた。そして、星を完全に覆いつくした事を合図に天使の軍団が順番にアマツミカボシに向かって進軍を開始していた。女が呼び出した天使の軍団がどれほど攻めてもアマツミカボシに攻撃が届くことはなかった。どれほど多くの軍勢で攻めていても雨に当たっているだけで大半の天使は蒸発していた。体が残った数少ない天使を傘代わりに使っていたとしても、近付く前にその体は無くなり生き残っていた天使も雨にやられてその存在がこの世界から消えていった。
 もちろん、遠くから攻撃をしようにも雨に邪魔されて届く事も無く、魔法にいたってはそもそも発動すらすることが出来なくなっていた。
 天使たちの攻撃は一年以上続いていたと思うのだけれど、アマツミカボシにその攻撃が届くことはなかった。どれだけの天使が犠牲になったのかはわからないけれど、僕も女も有効な攻略方法は見つけられなかった。そもそもこの雨をどうすればいいのかすらわからなかった。

「僕は正直に言ってどうしたらいいのかわからないけれど、あの雨をどうしたらいいかわかります?」
「全然わからないけれど、とりあえず試してみましょうよ」
「君は一緒に行かないんだよね?」
「もちろんです。私は普通に死にますからね」
「じゃあ、行ってきます」

 僕は雨に打たれるのはそれほど嫌いではなかったのだけれど、天使の体すら溶かすような雨が心地よいものだとは思えなかった。生暖かい雨が体に纏わりついてくるのは不快ではあったのだけれど、僕の体が溶けているかと言えばそんなことはなかった。どうして溶けなかったのだろうかと思っていたけれど、僕はこの劣悪な環境にも慣れてしまったのだろうか。もしかしたら、この環境にも適応することが出来る力を持っていたのかもしれない。
 この雨が平気なのだとしたらアマツミカボシまでたどり着くのも難しい事ではなさそうだった。道のりは雨さえ気にしなければ何という事も無く、あっさりとアマツミカボシの目の前までたどり着くことが出来た。目の前にきてもアマツミカボシに変化は何もなかった。

「あの、少しだけ話を聞いてもらってもいいですか?」
「いいよ」

 僕が想像していたよりもアマツミカボシはフランクな感じで答えてくれた。

「何が聞きたいのかな?」
「えっと、そう言ってもらえるとは思っていなかったんでちょっと考えさせてもらってもいいですか?」
「いいけど、その代わりこの星にやってきている彼らを止めさせてね。自殺したい気持ちはわからないし、それを見せられるのもあんまり気持ちいいものじゃないからさ」
「それは申し訳ないです。今すぐ止めるように伝えておきます」
「君が物分かりの良い人で良かったよ。いきなり攻撃されたりしたら困ってたからね」
「僕も話を聞いてもらえなかったらどうしようって思ってましたよ」
「じゃあ、お互いにどうしたいのか話し合うことにしようね」
「ありがとうございます。アマツミカボシさんって僕が聞いてた感じと違うんですね」
「感じ方は人それぞれだからね。俺だって怒る時はちゃんと怒るし、君みたいに物分かりが良い人が相手だったら普通に話し合いで終わらせたりもするよ」

 僕が聞いていたアマツミカボシとは様子が違うようだけれど、本当にあの女が探していたアマツミカボシなのだろうか。一度戻って確認しておきたいところだけど、それを認めてもらえるか聞いてみることにしよう。

「そうか、君の仲間が近くにいるんなら聞いてきてもらっていいよ。俺はここで待っているからちゃんと戻ってきてね。それと、あの人達は来ないように言っておいてね」

 僕が報告しに戻ると女は心底驚いたような表情をしていた。

「あの、ルシフェルさんっていったいどんな会話術を持っているんですか。今度戻ったらちゃんと調べましょうよ」

 僕も自分の事が気になってはいるので調べてもらう事には賛成だった。でも、今はアマツミカボシをどうしたらいいのかを考えるのが先決だろう。友好的ではあるのだけれど、いつどのタイミングで戦闘になるかもしれないのだからちゃんと計画を立てる必要があると思っていた。思っているのだ。
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