ギ家族

釧路太郎

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弁護士編

弁護士 その三

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 手渡された資料を見ていると、その内容に私は言葉が出なかった。
 『花咲百合を無罪にする方法』と書かれたその資料にはいくつかの項目があった。
 私は順番に見て行こうと思ったのだが、これを全部読む前に店についてしまってはもったいないと思ってしまった。

「すいませんが、この資料を読むのに時間がかかると思うのですが、お店に着くのはどれくらいになると思いますか?」
「そうですね。このまま道が空いていれば一時間ほどで着くと思いますが、これからの時間は渋滞が起きる可能性もありますし、二時間くらいかかる可能性もありますね」
「そうですか、ではちょっと資料を拝見させていただきますね」

 資料の最初の項目は花咲百合の人間性に関することだった。
 私は現時点で花咲百合の事は報道で発表されていること以上の事は何も知らない。
 調べようと思ってもそこまで詳しくわかることも無いと思うのだが、この資料には彼女の幼少期の頃から現在に至るまでの経歴はもちろんの事、病歴や恋愛遍歴なども書かれていた。
 さすがに、本人にしかわからないようなパーソナルな情報ではなく、あくまでも第三者が記した報告のようではあるのだが、時々具体的なことが書かれていた。
 友人が少なかったことや親戚付き合いもほとんどないということも書かれていたし、高校時代に彼女の人格をゆがめてしまうような事件があったことも記されていた。
 しかし、それが事実なのかはわからないけれど、そのような事は一度だって報道されていないことだった。これが事実だとしたら、世間が彼女を見る目も変わるのではないかと思えていた。
 次に、社会人になってからの事もいくらか記されているのだが、中学生時代や高校生時代のように目立つ出来事は無いように思えた。
 事件の半年ほど前に会社で休暇を巡って揉めていたようなのだが、具体的な記載がなかったため詳細は不明だ。
 事件の事はただ一言、家族を殺害した。と書いてあるだけだったのが逆に印象に残った。

 資料の次の項目は花咲百合が無罪になる可能性と書かれていた。
 この事件は通常の殺人事件よりも凄惨なモノに感じているし、家族全員をその手に駆けたという点においても極刑が妥当なところだろう。
 しかし、家族全員を殺してしまうほどの恨みがあったのだとして、妹の花咲撫子だけ執拗に何度も刺しているのはなぜなのだろうか。よほど恨みが強かったのか、妹のお腹の中にいた赤ちゃんに何か良くない感情を抱いていたのだろうか。それは本人にしかわからないことだと思う。
 そんな彼女が無罪になる可能性などあるのだろうか?
 私にはその可能性のかけらも見つけることが出来なかった。
 その点も資料には記されていたのだが、花咲百合は何度か精神科への通院歴もありその点から精神疾患を理由に争うということも書かれていた。
 花咲百合が精神病院への通院歴があることは報道にも何度か出ていたと思うのだが、簡易鑑定の結果で責任能力はあると認められていたと思う。
 簡易鑑定と言ってもその正確性は確かだと思うし、それをひっくり返すことが本当にできるのだろうか。
 私にはそんなことは無理なのではないかと思えていたのだが、資料にはその方法もしっかりと記載されていた。
 花咲百合が精神科へ通院していたことは事実であるし、最初のうちは妹の花咲撫子が付き添っていたという情報もあるのでこの事は家族間でも共有されていたようだ。
 未成年の女子が一人で精神科に通院するのは抵抗もあるだろうし、姉思いの妹をあのように殺害してしまうほどの恨みとは何なのか気になってしまう。
 ただ、過去に精神科に通院していただけというのは責任能力の欠如という点ではいささか弱く、それは簡易鑑定の結果でも物語っている。
 では、どうすれば責任能力がない事になるのだろうか。
 花咲百合には精神科への通院歴があり、あれほど執拗に妹だけを傷つけているのは常人の思考ではないと言えるだろう。
 まるで、積年の恨みを晴らすかの如く執拗にナイフを突き立てていた花咲百合であるが、それが本当に本人の意思なのか、それがもしも第三者の関与があるとすれば花咲百合が自分の意思ではなく操られていたのではないかということになるのではないだろうか。
 誰かに意識をコントロールされていたとしても、花咲百合の人間関係は薄く狭いものだと記されていた。
 花咲百合が深く関わっていたと言えば家族以外にはおらず、親友と呼べるような相手は一人だけいたみたいだが、お互いマメに連絡を取りあうような仲ではなく年に一度か二度遊ぶような関係だったらしい。
 花咲百合をマインドコントロールしていたものが家族の中にいたとしても、それを立証するのは不可能だと思うし、これは憶測と言うよりも希望と言っていいようなものだ。
 それを可能にする方法があるということだが、家族がマインドコントロールしていたという話よりも荒唐無稽なものだったのだ。
 花咲百合の一家が住んでいた土地はもともと因縁のあった土地で、過去に起きた凄惨な事件で亡くなった人の怨念が花咲百合の弱い心に影響を与えたのだという話だ。
 仮に、それが事件の原因だとしてもそんな事を司法が認めるわけは無いのだ。
 証拠も無い、感情だけの説では無罪を勝ち取るには弱すぎる。
 簡易鑑定の結果以上にマイナスの影響しかないとさえ思えた。
 では、どうやってそれが無罪に繋がるのかと言うと、花咲百合以外にもその土地に影響されるものが出ればいいと書かれていた。
 あのような凄惨な事件を意図的に起こすことなど許されるはずもないし、そんなことが事前に起きることを知って黙っていられるはずがなかった。
 そもそも、あの土地で過去に何か事件があったことも眉唾物であるし、それが本当に事件に影響を与えているとは到底思えないのだ。

「一通り拝見させていただきましたが、これで無罪になるのは無理じゃないですかね」
「そうなんですよ。それだけだと裁判官に与える心証も弱いと思いますし、何の影響もないと思うんですよ。そこで、私達に良い考えがありまして、それを聞いてから依頼を受けていただけるか考えていただけるとありがたいです」
「その話を聞いて断ることって出来るんですか?」
「ええ、先生が依頼を受けたくないとおっしゃるんでしたら無理にとは申しません。ただ、その話を聞くと先生は依頼を受けたくなるんじゃないかと思うんですよね」
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