陰キャな僕の危険な恋愛

釧路太郎

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陰キャな僕とパートの主婦

後編

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「でも、どうして今日は僕を誘ってくれたんですか?」
「前から一度君と話してみたかったってのもあるし、今日は近くの席にいたから誘いやすかったってのもあるかもね。君は二次会に参加しているのを見たことが無かったから心配だったけど、私のお酒に付き合ってくれるんじゃないかなって期待もしていたんだよ。だからね、今日はとても嬉しい気持ちで一杯なんだよ」
「そう思ってくれるのは嬉しいんですけど、遅い時間まで飲み歩いてて大丈夫なんですか?」
「ん、大丈夫とは?」
「だって、先輩って結婚してるんですよね?」
「うん、結婚しているけど、それが何か?」
「それが何かって、旦那さんは心配してないんですか?」
「どうだろうね。心配なんてしてないんじゃないかな。私がこうして飲み歩けるようになったのもそういう事なんだろうしね。さすがに朝帰りとかはしないけど、暗いうちに帰れば何とも思われないんじゃないかな」
「僕は結婚してないんでわからないですけど、夫婦ってそんなもんなんですか?」
「たぶん、普通はこんなんじゃないと思うよ。もっと相手の事を思いやったり、相手の事を心配したりするんじゃないかな。でもね、ウチの場合はそういうの無くなっちゃったんだ。いつからか、家にいても会話すらなくなっちゃったんだよね」
「それって、何か原因でもあるんですか?」
「私は何もしていないんだけどね、ここ半年くらいの間に急に旦那が私に無関心になっちゃったんだ。最初は何か仕事で失敗でもしたのかなって思ってたんだよね。ウチの旦那って昔から何か失敗して落ち込んじゃうと自分の殻に閉じこもっちゃうタイプなんだけど、その時もそれが起こったんじゃないかなって思ったんだよね。でも、それは私の思い違いだったみたいなんだ。旦那がお風呂に入っている時にたまたま目に入ったスマホの通知がね、私の知らない女の名前で登録されていたんだ。通知がありますよって出てただけなんでメッセージの内容自体はわからないんだけど、その時に旦那に聞いて確認しておけば良かったんだけどさ、そのままモヤモヤした気持ちのまま過ごすことになったんだ。それでね、色々あって私も今まで見たいにパート以外は家に引きこもるんじゃなくて外に出るのもいいんじゃないかなって思ってさ、パート先の飲み会に行ってもいいのかって旦那に聞いたらね、別にいいんじゃないかな。って言われたんだよ。今までだったら断られてたと思うんだけど、自分がやましいことをしているから強く言えなくなっちゃったのかな。それでも、私は心のどこかで旦那を信じていたんで、飲み会に参加するのを止めて欲しかったなって気持ちもあったんだよね」
「結婚って難しいんですね。そういう話を聞いたら、僕はずっと結婚出来ないような気がしてきました。先輩は旦那さんとの仲を戻したいんですか?」
「どうだろうね。私は前みたいに仲良くしたいって気持ちもあるんだけど、このまますれ違ってる状態でもいいのではないかなって思ってたりするんだよね。旦那が仮に浮気をしていたとして、その相手の事を私よりも好きだって言うんだったら私は別れると思うよ。でも、相手よりも私の事の方が好きだって言うんだったら、悩むかもしれないね」

 僕には恋愛において相手を裏切るというのが理解出来なかった。好きになった相手を嫌いになることはあるかもしれないが、それを理由に裏切ってしまっていいのだろうか。でも、先輩の話を聞いただけで旦那さんを悪者扱いしていいのかどうかも悩んでしまう。
 双方の言い分を聞かないとどちらが正しいのか判断は出来ないと思うのだが、先輩はそんな風に僕が物事の善し悪しを決めるのを快く思わないかもしれない。そもそも、先輩は善悪の判定をして欲しいのではなく、ただ話を聞いて欲しいだけなのかもしれない。

「それでね、私はこのままだとお互いに良くないと思ってて、離婚をすることにしようかなって思ってるんだ」
「離婚、ですか」
「そうなんだよね。でも、そうすると、私って両親が施設に入ってるんで帰る場所が無いんだけど、一人暮らしをするとなると今のパートだけではやっていけないかもしれないのよね。そうなると、私はお店をやめて他の所で働くことになると思うんだ。もしかしたら、今月いっぱいで離婚の話にけりを付けられるかもしれないんだけど、そうなったとしたら、今日が最後の飲み会だったかもしれないね」
「大人の事情は分かりませんが、きっと先輩にはいいことあると思いますよ。悪い事の後には巡り巡って良いことが返ってくると思いますからね」
「そうだといいんだけどね。でも、いい事の後には悪いことが待ってるかのせいもあったりするんだよね。そんな事よりも、今日は楽しく飲もうよ。ほら、君のお酒は全然減ってないように見えるんだけど、そんなんじゃ私が奢る意味無いじゃない」
「そんな事ないですよ。このお酒はあんまり一気に飲むんじゃなくて、余韻を楽しみながら飲んでくださいって言われてるんですよ」
「ホントに?」
「本当です」
「それならいいんだけど、じゃあ、私が君の分もたくさん飲んじゃうよ。いつものやつを二つお願いします」

 先輩は上機嫌でお酒を頼んでいるのだけれど、二つって事は僕も飲まなくちゃいけないのだろうか。でも、まだ僕のお酒は半分以上残っているというのだ。その状態で二杯目を頼むのは大丈夫なのかと思っていたけれど、このお店は飲み放題でもグラス交換でもないので気にする必要はないのだろうと思っていた。
 先輩が頼んだお酒は結構度数の高いようなのだが、先輩はそんな事を気にも留めずに水のように飲んでいた。僕が最初に頼んだお酒を一杯飲み切る前に先輩はたくさん飲んでいたようなのだが、僕が新しいお酒を作ってもらっている時にはすでに先輩は座ったままの姿勢でカウンターに倒れこんで寝息を立てていた。
 僕は新しく作ってもらったお酒をチビチビとやりながら、先輩がこのまま起きなかったとしたらどうやって家まで送り届ければいいのだろうと考えていた。僕は先輩の家を知らないし、店長に聞くのもおかしな話に思えていた。
 バイト先の飲み会の二次会に参加せずに人妻と二人で飲んでいるというのは、健全な関係だと思われることは無いだろう。それが一番の問題なのだが、先輩の家がどこにあるのかわからないことには何も始まらない。
 先輩のお酒が抜けるまでどこかで休んでおくのも一つの手段かと思ったのだが、そんな事をしてしまうと何も無かったとしても言い訳をしているとしか思われなさそうで心配だった。
 何より、僕は女性と二人だけでどこかに出かけたのは初めてだった。僕から誘ったわけではないし、相手は人妻だという事を考えると、この状況は生涯にわたって語り継げるような出来事なのではないかと思ってしまった。

 僕は先輩の事が好きなのかどうかと聞かれたら、好きだと答えるだろう。しかし、その好きが恋愛感情の好きなのか、尊敬からくる好きなのかは自分でもわかっていない。
 それでも、僕は先輩の事が好きだという気持ちに嘘偽りはないのだ。ただ、好きにも色々あって、その説明が難しいというだけの話なのだ。

 僕が先輩の体に抱き着くような形になったのは理由があって、寝ている先輩が椅子から落ちそうになったのでちょっと近づいて支えてあげただけなのだ。それ以外に深い意味は無いのだけれど、先輩の体は思っていたよりも柔らかくて気持ちの良いものだった。
 一度触ってしまうと歯止めがきかなくなってしまうのだろうが、その点僕は人付き合いも苦手だし、隠れて何かをするというのも苦手なのだ。さっき以上に先輩の体に触れてしまうと、僕は自分で自分を制御出来なくなってしまうような気さえしていた。

 僕は自分のお酒を半分くらい飲んだところで、先輩の顔が髪で隠れて見えなくなっていることが気になっていた。先輩の寝顔を見てみたいという気持ちと、髪とは言え先輩に触れるのは良くないという気持ちがせめぎ合っていた。
 僕はそのせめぎ合いの中で、顔が隠れている分だけ髪を動かしてもいいのではないかという結論に達した。なるべく肌には触れないように慎重に髪を動かしていたのだけれど、一瞬だけ先輩の顔に僕の指が触れてしまった。慌てて指を引くのもおかしい話だとは思うので、その後も少しだけ先輩の顔を触っていたのだ。

 その時、先輩の口から僕の知らない人の名前が出てきた。

 僕はそのまま先輩が起きるまで待っていたのだけれど、先輩は三十分くらいで目を覚ましてそのままトイレへと向かっていった。
 先輩がトイレから戻ってくると、マスターは水を一杯先輩に渡して、それを一息で先輩は飲んでいた。僕はどうしたらいいのかわからないのでソレを見てたのだけれど、先輩は僕の頭を撫でて嬉しそうにしていた。

 僕には女心なんてわからないのだけれど、女心以前に他の人が何を望んでいるのかもわからないと思う。

 でも、そんな僕でも喜んでくれる人がいると思えるのは、嬉しいことであった。
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