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麻雀をする後輩と俺

第四話

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「齋藤さんって、麻雀が嫌いなんですか?」
「なんで?」
 俺は市川さんの突然の質問に驚いてしまったのだが、なんでそんな風に思ってしまったのだろう。
「だって、さっきの麻雀の時もあんまり楽しそうにしてなかったじゃないですか。課長は楽しそうにしてたと思いますけど、齋藤さんって全然楽しそうに麻雀してなかったと思うんですよね。嫌いなのに無理して参加してたんですか?」
「俺は別に麻雀が嫌いってわけじゃないよ。今は好きでもないけど嫌いってわけでもないね」
「部長も楽しそうには見えなかったですけど、楽しんでたみたいですもんね。それに、齋藤さんってあんまり感情を表に出さないからわかりにくいですよ。私と二人でいるっていうのに楽しそうにしてくれないし、私の事も嫌いなんですか?」
「市川さんの事は嫌いじゃないよ」
「嫌いじゃないなら好きって事ですか?」
「好きか嫌いかで言えば好きかもしれないけどさ、特別好きって感じではないんだよね。それに、市川さんは彼氏がいるんじゃないの?」
「いますけど、もう別れることにしたからいいんです。あんな奴に振り回されるのはもうたくさんなんです。私は私の事を大切にしてくれる人を探すことにします」
「おう、頑張ってね」
「もう、斎藤さんは人ごとだと思ってますよね。そんな逃げ腰じゃダメですよ。ほら、もっと私のそばにきてくださいよ。近くにいないと私が転んじゃいますよ」
 タクシーが捕まるまでの時間は相手をしてあげようと思っていたのだけれど、だんだん市川さんの相手をするのが苦痛になってきた。早く大通りに出てタクシーを捕まえたいのだが、市川さんの案内に従っているからなのか住宅街から抜け出すことが出来なかった。
「あれ、こっちであってると思ったのにな。齋藤さんはこっちで良いと思いますか?」
「あってるかどうかはわからないけどさ、さっきから同じ場所を回ってるだけのような気がするんだよね。もしかして、市川さんは道を知らないのかな?」
「私はそういうの苦手だから知らないですよ。知ってたらもっと簡単にここから出られてますから。もしかして、斎藤さんは私と離れたくないから道に迷ってるふりでもしてるんですか?」
「いやいや、俺が間違ってるんじゃなくて市川さんが間違ってるんでしょ。それに、もう少し一緒にいたいって思うんだったら別の方法探してると思うよ」
「別の方法って何ですか。もしかして、それをやったら月曜から気まずい関係になったりしないですよね。気まずくならないんだったらいいですけど、それは大丈夫ですか?」
「何の問題も無いよ。気にしなくても大丈夫だからね」
「それはそれでなんか納得できないんですけど。斎藤さんって、どんな人が好みだったりするんですか?」
「俺の好みね。改めて聞かれるとどんな人が好きなのか考えてしまうな。あんまり好みとかないかもしれないな」
「うわ、それは良くないですよ。そういう時は嘘でも私みたいな人がタイプだって言ってくれればいいんですからね。ほら、好みのタイプを教えてくれてもいいですからね」
「これと言って特に思い浮かぶものは無いね。やっぱり好みとかなくて相手によるかもしれないわ」
「真面目ですね。本当に真面目過ぎます。齋藤さんはもっと遊び心を持っていいと思いますよ。課長とかその周辺みたいにバカっぽいのは嫌ですけどね。あ、あの店開いてるかもしれないですよ。ねえ、もう一杯だけ私に付き合ってくださいよ。明日は休みなんだしもう少しいいですよね?」
「休みとか関係なくこんな時間まで遊び歩くのは良くないと思うよ。ほら、大通りも見えてきたしさ、タクシー捕まえて帰るよ」
「嫌です、もう少し斎藤さんと一緒にいたいです。お店が閉まってるなら齋藤さんの家でもいいですから、私を一人にしないでくださいよ」
 嫌がる市川さんを無理やりタクシーに乗せて大丈夫なのだろうかと思いはするのだが、さすがに俺の家に入れるのは良くないんじゃないかと思う。あのまま課長のところに市川さんを置いて行っても良くないと思うし、どうにかして市川さんを無事に帰す方法はないものだろうか。
 色々と考えた結果、この時間でも開いているカラオケに行くことになったのだ。カラオケはこの近くにもいくつかあるのだが、万が一にも課長たちと出くわしてしまうと面倒なことになると思ったので、仕方なく市川さんの家の近くにあるカラオケに行くことにしたのであった。

「齋藤さんは何か歌いたい歌ってあるんですか?」
「カラオケ自体が久しぶりだからそういうのって特にないかも。市川さんは歌いたかったら好きなだけ歌っていいからね」
「私も別にカラオケとかいってるわけじゃないから歌える歌を探すので精一杯ですよ。別に、カラオケに来たからって歌わないといけないって決まりはないですし、このままでもいい名じゃないかなって思ってます。でも、せっかく二人っきりになれたんですし、もう少しそっちに行ってもいいですか?」
 市川さんは俺の答えを聞く前に俺の横に座っていた。ただ隣に座っているだけで何をするわけでもないのだが、頼んでいたお酒が届くまでずっと黙って座っていたのだ。
「ねえ、斎藤さんは私以外の人には優しくしたりしないんですか?」
「優しくしてるとは思うけど、そう見えない?」
「優しいとは思いますけど、私に対する優しさと他の人に対する優しさが違うように思えるんですよね。もしかして、私の事が好きだったりします?」
「他の人と区別してるつもりはないんだけどな」
「そうじゃなくて、本当は私の事を好きなんですかって聞いてるんですよ。どうなんですか?」
 何度考えても俺は市川さんの事を一人の女性として見ていないのだ。隣にいてもそんなにドキドキすることは無い。これだけ近い距離にいて潤んだ瞳で見つめてくる女性がいたとしたら多少はときめいたりするモノだろうが、俺と市川さんだとそういう風に思えなくなってしまうのだ。恋愛感情がわいてこないのはどうしてなのだろうと考えていたのだが、その答えが出ることは無かったのだった。
 俺は運ばれてきたビールをグイっと飲むと、市川さんの質問のパターンが変わるようにとの願いを込めたのだ。
「せっかくカラオケに来たんですし、一曲くらい歌って帰りましょう。その歌で何かわかるかもしれないですね」
 市川さんとのカラオケは始発の時間まで続いたのだった。まだ人の少ない駅のホームで俺達はそれぞれ逆方向へ向かう電車に乗って家へと返っていったのだが、別れ際の挨拶がお互いに「おやすみなさい」だったのは二人で朝まで遊んでいたという事を象徴するようにも思えていた。
 家に着いてそろそろ寝ようかと思っていたところで俺のスマホに竹本部長からメッセージが届いたので、俺は返事がちゃんと竹本部長に届いていることを確認してから布団の中へと潜り込んでいた。
 こんな時間まで遊んでいたのはいつ以来だろうと思っていたのだが、五年前には毎日のように徹夜で麻雀を打っていたことを思い出していた。今でも誘われれば今日みたいに麻雀を打つこともあるのだが、自分からどこかへ打ちに行こうなんて思う事はめっきり無くなっていたのだ。竹本部長がいなくなったという事を考えると、俺がこれから麻雀を自主的に打つことなんてないだろうなと思いながら眠りについていた。
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