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第二部
第三話 栗鳥院家の牛飼い女 後編
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俺と目を合わせることを避ける女の子は少しずつ俺と距離をあけていた。俺がゆっくりと近付くと軽く悲鳴を上げて後ずさりしていった。
「あ、あの、私の事も殺すつもりですか?」
「いや、殺すつもりなんてないけど。どうして?」
「どうしてって、魔王アスモデウスさんですよね?」
俺の質問に対しての答えとしてはおかしいと思うのだが、そんなことは気にせずに俺は普通に答えていた。
「俺は魔王アスモデウスで間違いないけど、別に俺は君を殺すためにやってきたわけじゃないよ」
「でも、魔王アスモデウスさんって抵抗する相手は容赦なく殺して回ってるって聞いてますし、ちょっとでも気に入った女の子は自分のモノにしちゃうって噂じゃないですか。私の事なんて気に入らないだろうし、そうなると殺されちゃうんじゃないかなって思ってるんですよ。私みたいな女は抵抗しなくても殺されちゃいますよね?」
「どんな噂か知らんけどさ、俺は別に快楽殺人者じゃないからそんな気軽に人を殺したりしないよ。あ、アレは俺に対して襲い掛かってきたから別だけどさ。でも、君みたいに無抵抗な人を殺したりなんてしないから」
この女、栗鳥院緑は俺の言っていることに納得はしていないと思う。だが、俺の言っていることを納得しないと殺されてしまうと思い込んでいるように見える。心が読めなくてもそれくらいわかる程度には栗鳥院緑が俺の事を警戒しているのが見て取れた。
時折俺の後ろに視線を移してから俺を見てひきつった笑顔を見せている栗鳥院緑は本気で俺に殺されると思っているのかもしれない。そんなことをするはずがないのだけど、俺の事をちゃんと知っていない人間ならそう思ってしまうかもしれないな。俺の背後に積み重なっている死体を見るとその考えも仕方ないかもしれないと思ってしまった。
「ココって牧場みたいだけど、何の牧場なのかな?」
重い空気を変えようと思っていった何気ない一言ではあったが、その一言が栗鳥院緑の表情を一気に明るいものへと変えることに成功したのだ。
「ここはですね、私が管理している牛さんの牧場なんです。肉牛も少しは飼ってますけど基本的には乳牛ばかりですね。ホルスタインがメインですけど珍しい種類の乳牛もいるんですよ。ほら、ちょっと茶色っぽいあの子たちはホルスタインの牛乳よりもたんぱく質と乳脂肪分が多いんでチーズとかバターみたいな加工品に適しているんです。魔王アスモデウスさんは牛乳はお好きでしょうか。チーズやバターはお好きでしょうか。牛さんはお好きでしょうか」
先ほどとは打って変わって元気になったようなので安心したが、俺はそこまで牛乳が好きではない。チーズもバターも人並みにいただく程度でそこまで大好きという事でもないのだ。だが、そんなことを言ってしまうとさっきみたいにまた栗鳥院緑が暗く落ち込んでしまいそうだと考えてしまい、俺は自分の気持ちを隠してあまり思ってもいないことを口にしてしまった。
栗鳥院緑はそれに気付いていないのか機嫌も良さそうにして俺に話しかけてくるようになっていた。ちょっとだけそのことが心苦しいのだが、先ほどのようにビクビクされているのも良くないと思ったのでこれはこれでいいのではないかと考えることにした。
「じゃあ、魔王アスモデウスさんのために宴会の準備でもしましょう。私に出来る精一杯のおもてなしをしたいと思います。で、魔王アスモデウスさんはどの子を食べたいって思いますか。遠慮なんてせずに気に入った子がいればすぐにさばいて準備しますよ。本当は少し寝かせて熟成させた方が良いと思いますけど、新鮮な肉には新鮮な肉の良さがありますからね。せっかくだし、熟成させた肉と新鮮な肉の食べ比べでもしましょうか。内臓系は新鮮な方がおいしいと思いますし、それから召し上がっていただこうかな。でも、生で食べちゃダメですからね。魔王アスモデウスさんが丈夫だとしても、体にとって良くないことが起きる可能性が高いんですからね」
牛を飼っていて愛情をもって育てていると思っていたのだが、栗鳥院緑は自分が飼っている動物でも食べることに躊躇しないタイプの人間のようだ。美味しく食べるために育てた牛だからこそ美味しく食べることに意味があると思うのだが、愛情をこめて育てた人間がそんなことを簡単に出来るのは心が強いと感じてしまった。いや、心が強いとかではなく美味しく食べることが育てた牛にとっても一番良いことだと考えてるからこその行動なのかもしれないな。
「ちなみになんですけど、魔王アスモデウスさんって、人を殺すときに苦痛を与えて楽しむタイプですか?」
「いや、そんなことは好き好んでやったりしないな。どちらかと言えば、苦痛なく殺してやることの方が多いかも。相手の態度とかその場の状況とかでも変わってくるけどね」
「そうなんですね。それだったら、この子たちも苦痛のない死を迎えることが出来るんですね。魔王アスモデウスさんに殺された牛さんのお肉って私がやってる時と味が変わったりするんですかね。牛さんも魔王っぽい感じになっちゃったりして」
魔王っぽい感じというのがいまいちピンとこないのだけど、俺が殺しても極端に味が変わることなんて無いとは思う。魔法で殺した魚を食べたときも美味しいと感じたし、魔王で命を奪ったとしても肉体に何か大きな変化が起きたりなんてはしないだろう。食べるために殺すときに限っての話ではあるが、さすがに炎で焼き尽くしたり雷を落としたりした場合は食べられるような感じにはならないかもしれないな。
そんな中、俺は栗鳥院緑に勧められるまま彼女の家へと招かれていたのであった。
「あ、あの、私の事も殺すつもりですか?」
「いや、殺すつもりなんてないけど。どうして?」
「どうしてって、魔王アスモデウスさんですよね?」
俺の質問に対しての答えとしてはおかしいと思うのだが、そんなことは気にせずに俺は普通に答えていた。
「俺は魔王アスモデウスで間違いないけど、別に俺は君を殺すためにやってきたわけじゃないよ」
「でも、魔王アスモデウスさんって抵抗する相手は容赦なく殺して回ってるって聞いてますし、ちょっとでも気に入った女の子は自分のモノにしちゃうって噂じゃないですか。私の事なんて気に入らないだろうし、そうなると殺されちゃうんじゃないかなって思ってるんですよ。私みたいな女は抵抗しなくても殺されちゃいますよね?」
「どんな噂か知らんけどさ、俺は別に快楽殺人者じゃないからそんな気軽に人を殺したりしないよ。あ、アレは俺に対して襲い掛かってきたから別だけどさ。でも、君みたいに無抵抗な人を殺したりなんてしないから」
この女、栗鳥院緑は俺の言っていることに納得はしていないと思う。だが、俺の言っていることを納得しないと殺されてしまうと思い込んでいるように見える。心が読めなくてもそれくらいわかる程度には栗鳥院緑が俺の事を警戒しているのが見て取れた。
時折俺の後ろに視線を移してから俺を見てひきつった笑顔を見せている栗鳥院緑は本気で俺に殺されると思っているのかもしれない。そんなことをするはずがないのだけど、俺の事をちゃんと知っていない人間ならそう思ってしまうかもしれないな。俺の背後に積み重なっている死体を見るとその考えも仕方ないかもしれないと思ってしまった。
「ココって牧場みたいだけど、何の牧場なのかな?」
重い空気を変えようと思っていった何気ない一言ではあったが、その一言が栗鳥院緑の表情を一気に明るいものへと変えることに成功したのだ。
「ここはですね、私が管理している牛さんの牧場なんです。肉牛も少しは飼ってますけど基本的には乳牛ばかりですね。ホルスタインがメインですけど珍しい種類の乳牛もいるんですよ。ほら、ちょっと茶色っぽいあの子たちはホルスタインの牛乳よりもたんぱく質と乳脂肪分が多いんでチーズとかバターみたいな加工品に適しているんです。魔王アスモデウスさんは牛乳はお好きでしょうか。チーズやバターはお好きでしょうか。牛さんはお好きでしょうか」
先ほどとは打って変わって元気になったようなので安心したが、俺はそこまで牛乳が好きではない。チーズもバターも人並みにいただく程度でそこまで大好きという事でもないのだ。だが、そんなことを言ってしまうとさっきみたいにまた栗鳥院緑が暗く落ち込んでしまいそうだと考えてしまい、俺は自分の気持ちを隠してあまり思ってもいないことを口にしてしまった。
栗鳥院緑はそれに気付いていないのか機嫌も良さそうにして俺に話しかけてくるようになっていた。ちょっとだけそのことが心苦しいのだが、先ほどのようにビクビクされているのも良くないと思ったのでこれはこれでいいのではないかと考えることにした。
「じゃあ、魔王アスモデウスさんのために宴会の準備でもしましょう。私に出来る精一杯のおもてなしをしたいと思います。で、魔王アスモデウスさんはどの子を食べたいって思いますか。遠慮なんてせずに気に入った子がいればすぐにさばいて準備しますよ。本当は少し寝かせて熟成させた方が良いと思いますけど、新鮮な肉には新鮮な肉の良さがありますからね。せっかくだし、熟成させた肉と新鮮な肉の食べ比べでもしましょうか。内臓系は新鮮な方がおいしいと思いますし、それから召し上がっていただこうかな。でも、生で食べちゃダメですからね。魔王アスモデウスさんが丈夫だとしても、体にとって良くないことが起きる可能性が高いんですからね」
牛を飼っていて愛情をもって育てていると思っていたのだが、栗鳥院緑は自分が飼っている動物でも食べることに躊躇しないタイプの人間のようだ。美味しく食べるために育てた牛だからこそ美味しく食べることに意味があると思うのだが、愛情をこめて育てた人間がそんなことを簡単に出来るのは心が強いと感じてしまった。いや、心が強いとかではなく美味しく食べることが育てた牛にとっても一番良いことだと考えてるからこその行動なのかもしれないな。
「ちなみになんですけど、魔王アスモデウスさんって、人を殺すときに苦痛を与えて楽しむタイプですか?」
「いや、そんなことは好き好んでやったりしないな。どちらかと言えば、苦痛なく殺してやることの方が多いかも。相手の態度とかその場の状況とかでも変わってくるけどね」
「そうなんですね。それだったら、この子たちも苦痛のない死を迎えることが出来るんですね。魔王アスモデウスさんに殺された牛さんのお肉って私がやってる時と味が変わったりするんですかね。牛さんも魔王っぽい感じになっちゃったりして」
魔王っぽい感じというのがいまいちピンとこないのだけど、俺が殺しても極端に味が変わることなんて無いとは思う。魔法で殺した魚を食べたときも美味しいと感じたし、魔王で命を奪ったとしても肉体に何か大きな変化が起きたりなんてはしないだろう。食べるために殺すときに限っての話ではあるが、さすがに炎で焼き尽くしたり雷を落としたりした場合は食べられるような感じにはならないかもしれないな。
そんな中、俺は栗鳥院緑に勧められるまま彼女の家へと招かれていたのであった。
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