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第二部
第一話 栗鳥院家の牛飼い女 前編
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湯気がモクモクと立ち昇る温泉街で俺はイザーちゃんと二人黙ったまま蒸かしたての饅頭を手に持っていた。熱いお茶と熱い饅頭の組み合わせは何とも日本らしいとも思っていた。
「アスモちゃんってさ、うまなちゃんの事を本気で探してないでしょ。本気で探してるとしたらさ、もっと他にやりようがあるよね。ほら、今もうまなちゃんの事よりお饅頭の事ばっかり考えてるんじゃないかな」
実際に今は饅頭の事を考えてはいた。これだけ熱い饅頭を手に持っていたら否が応でも饅頭の事を考えざるを得ないと思うのだが、それはおかしいことなのだろうか。いや、うまなちゃんの事を真剣に考えろというイザーちゃん側の立場に立つとおかしいことなのかもしれないな。
でも、イザーちゃんであれば監禁されているうまなちゃんの居場所を簡単に突き留めて救出することも簡単に出来ると思う。むしろ、うまなちゃんを俺から遠ざけているのはイザーちゃんなのではないかという疑念さえ生まれているのだ。
「俺なりに一生懸命にやってはいるんだけどさ、俺が出会う栗鳥院家の人ってうまなちゃんに直接かかわってる人ってのがいないんだよね。攫った張本人にすぐに出会えるとは思ってなかったけどさ、ここまで関係のない人ばかりだとうまなちゃんの事を助けに行くのも難しいんじゃないかなって思うんだよ」
「それってさ、自分から何も行動せずに向こうからやって来るのを待ってるだけって事だよね。私はアスモちゃんなら自分の力でうまなちゃんを助けてくれるって信じているんだけどな。もしかして、私はアスモちゃんの事を買いかぶり過ぎていたって事になってるのかな。でもさ、私はアスモちゃんならどんな状況でもうまなちゃんの事を探し出して助けてくれるって信じているんだよ。私だけじゃなく、苦しい状況に置かれているうまなちゃんだってアスモちゃんが助けに来てくれるって信じているんだからね」
俺の力を信じてくれるのは嬉しいのだけど、うまなちゃんの居場所を知らない人のところに行かされてうまなちゃんを見つけろというのは俺の力でどうにかなる問題ではないと思う。どんなに優秀な探偵であっても見つけるヒントが一切ない状況では能力を発揮することは出来ないのではないだろうか。そもそも、うまなちゃんを見つけることが絶対に出来ない場所に俺を飛ばしているのはイザーちゃんだと思うのだが、その辺はどういうことなのか聞いてもいい頃合いになっているんじゃないだろうか。
それと、イザーちゃんの最後の言葉も気になる。アスモちゃんが助けに来てくれることを信じているというのはイザーちゃんとうまなちゃんが直接会って会話をしているということになるのではないだろうか。監禁されているうまなちゃんが俺の助けを待っているとイザーちゃんが思っているのは間違いないと思うのだけど、その場合であれば“信じているんだから”と断言するのではなく“信じていると思う”となるのではないだろうか。少なくとも、俺は本人から直接聞いていないのに断言することは出来ない。
「あのさ、一つ気になってることがあるんだけどいいかな?」
「アスモちゃんが気になってることって何かな?」
イザーちゃんは一点の曇りもない眼で真っすぐに俺を見つめている。その視線は俺を見定めるのではなく余計なことを言うなという強いプレッシャーを感じさせるものであった。だが、俺はそんなプレッシャーに負けることもなく勇気を振り絞って聞いてみた。
「俺がうまなちゃんの情報を探すために行ってる場所なんだけどさ、うまなちゃんに直接関わってない人のところに行かせてるのってわざとだよね。俺の気のせいかもしれないけど、うまなちゃんに関わりがない人のところに俺を行かせて行動を観察して暇つぶしにでもしようと考えてるんじゃないかな」
「そんなわけないじゃない。私はアスモちゃんがうまなちゃんの事を助けてくれるって真剣に思ってるんだよ。それは嘘じゃないし。でも、アスモちゃんがそんな態度だったら私も今まで見たいにアスモちゃんの事を真剣に考えることが出来なくなって信じることも出来なくなっちゃうかもな。私としてもそれは望んでないし良くないことだって思うんだよ。でも、アスモちゃんがそうした方が良いって思うんだったら私は頑張ってアスモちゃんの事を信じないように努力するだけなんだけど、アスモちゃんは本当にそれでいいと思っているのかな」
「そういう事じゃなくてさ、俺がこれから会う人がちゃんとうまなちゃんの居場所を知っているだったら良いなって事なんだけど」
「それって、私がうまなちゃんの事を何も知らない人のところにアスモちゃんを飛ばしているって言いたいって事なのかな。そんなことしてると思ってるなんて、やっぱりアスモちゃんは私の事を信じてないって事だよね。それと、アスモちゃんが行く場所は私が決めてるんじゃないから。私は先生に創ってもらった場所にアスモちゃんが行けるようにお願いしてるだけだからね。だから、私は何も関係ないのよ」
「先生が創った場所ってのはわかってるけどさ、俺が行けるようにお願いしてるって誰にお願いしてるの?」
「え、別にそんなの気にすることないじゃない。そんな小さいことを気にするなんて男らしくないぞ。ほら、お饅頭もさめちゃってるし新しいの貰ってこないとね。あと、温泉にでもゆっくり浸かってリラックスしたらいいんじゃないかな」
「うまなちゃんが心配なのにリラックスしてもいいの?」
「もう、そんな事言わないでよ。うまなちゃんの事は心配だけどちょっとくらいなら大丈夫だって。ほらほら、アスモちゃんも我慢しないで温泉にでも入ってきなって。あ、もしかして一人で入るのが嫌で私と一緒に温泉に入りたいって事なのかな。うーん、それはもう少しお互いの事を知ってからにしようね」
もう少し追及してもいいような気もするのだけど、イザーちゃんからはそれ以上余計な詮索をすると殺すぞという気迫が伝わってきていた。温泉も饅頭もお茶も熱々だとは思うのだけど、俺の体の芯は完全に冷え切ってしまっていたのだった。
「アスモちゃんってさ、うまなちゃんの事を本気で探してないでしょ。本気で探してるとしたらさ、もっと他にやりようがあるよね。ほら、今もうまなちゃんの事よりお饅頭の事ばっかり考えてるんじゃないかな」
実際に今は饅頭の事を考えてはいた。これだけ熱い饅頭を手に持っていたら否が応でも饅頭の事を考えざるを得ないと思うのだが、それはおかしいことなのだろうか。いや、うまなちゃんの事を真剣に考えろというイザーちゃん側の立場に立つとおかしいことなのかもしれないな。
でも、イザーちゃんであれば監禁されているうまなちゃんの居場所を簡単に突き留めて救出することも簡単に出来ると思う。むしろ、うまなちゃんを俺から遠ざけているのはイザーちゃんなのではないかという疑念さえ生まれているのだ。
「俺なりに一生懸命にやってはいるんだけどさ、俺が出会う栗鳥院家の人ってうまなちゃんに直接かかわってる人ってのがいないんだよね。攫った張本人にすぐに出会えるとは思ってなかったけどさ、ここまで関係のない人ばかりだとうまなちゃんの事を助けに行くのも難しいんじゃないかなって思うんだよ」
「それってさ、自分から何も行動せずに向こうからやって来るのを待ってるだけって事だよね。私はアスモちゃんなら自分の力でうまなちゃんを助けてくれるって信じているんだけどな。もしかして、私はアスモちゃんの事を買いかぶり過ぎていたって事になってるのかな。でもさ、私はアスモちゃんならどんな状況でもうまなちゃんの事を探し出して助けてくれるって信じているんだよ。私だけじゃなく、苦しい状況に置かれているうまなちゃんだってアスモちゃんが助けに来てくれるって信じているんだからね」
俺の力を信じてくれるのは嬉しいのだけど、うまなちゃんの居場所を知らない人のところに行かされてうまなちゃんを見つけろというのは俺の力でどうにかなる問題ではないと思う。どんなに優秀な探偵であっても見つけるヒントが一切ない状況では能力を発揮することは出来ないのではないだろうか。そもそも、うまなちゃんを見つけることが絶対に出来ない場所に俺を飛ばしているのはイザーちゃんだと思うのだが、その辺はどういうことなのか聞いてもいい頃合いになっているんじゃないだろうか。
それと、イザーちゃんの最後の言葉も気になる。アスモちゃんが助けに来てくれることを信じているというのはイザーちゃんとうまなちゃんが直接会って会話をしているということになるのではないだろうか。監禁されているうまなちゃんが俺の助けを待っているとイザーちゃんが思っているのは間違いないと思うのだけど、その場合であれば“信じているんだから”と断言するのではなく“信じていると思う”となるのではないだろうか。少なくとも、俺は本人から直接聞いていないのに断言することは出来ない。
「あのさ、一つ気になってることがあるんだけどいいかな?」
「アスモちゃんが気になってることって何かな?」
イザーちゃんは一点の曇りもない眼で真っすぐに俺を見つめている。その視線は俺を見定めるのではなく余計なことを言うなという強いプレッシャーを感じさせるものであった。だが、俺はそんなプレッシャーに負けることもなく勇気を振り絞って聞いてみた。
「俺がうまなちゃんの情報を探すために行ってる場所なんだけどさ、うまなちゃんに直接関わってない人のところに行かせてるのってわざとだよね。俺の気のせいかもしれないけど、うまなちゃんに関わりがない人のところに俺を行かせて行動を観察して暇つぶしにでもしようと考えてるんじゃないかな」
「そんなわけないじゃない。私はアスモちゃんがうまなちゃんの事を助けてくれるって真剣に思ってるんだよ。それは嘘じゃないし。でも、アスモちゃんがそんな態度だったら私も今まで見たいにアスモちゃんの事を真剣に考えることが出来なくなって信じることも出来なくなっちゃうかもな。私としてもそれは望んでないし良くないことだって思うんだよ。でも、アスモちゃんがそうした方が良いって思うんだったら私は頑張ってアスモちゃんの事を信じないように努力するだけなんだけど、アスモちゃんは本当にそれでいいと思っているのかな」
「そういう事じゃなくてさ、俺がこれから会う人がちゃんとうまなちゃんの居場所を知っているだったら良いなって事なんだけど」
「それって、私がうまなちゃんの事を何も知らない人のところにアスモちゃんを飛ばしているって言いたいって事なのかな。そんなことしてると思ってるなんて、やっぱりアスモちゃんは私の事を信じてないって事だよね。それと、アスモちゃんが行く場所は私が決めてるんじゃないから。私は先生に創ってもらった場所にアスモちゃんが行けるようにお願いしてるだけだからね。だから、私は何も関係ないのよ」
「先生が創った場所ってのはわかってるけどさ、俺が行けるようにお願いしてるって誰にお願いしてるの?」
「え、別にそんなの気にすることないじゃない。そんな小さいことを気にするなんて男らしくないぞ。ほら、お饅頭もさめちゃってるし新しいの貰ってこないとね。あと、温泉にでもゆっくり浸かってリラックスしたらいいんじゃないかな」
「うまなちゃんが心配なのにリラックスしてもいいの?」
「もう、そんな事言わないでよ。うまなちゃんの事は心配だけどちょっとくらいなら大丈夫だって。ほらほら、アスモちゃんも我慢しないで温泉にでも入ってきなって。あ、もしかして一人で入るのが嫌で私と一緒に温泉に入りたいって事なのかな。うーん、それはもう少しお互いの事を知ってからにしようね」
もう少し追及してもいいような気もするのだけど、イザーちゃんからはそれ以上余計な詮索をすると殺すぞという気迫が伝わってきていた。温泉も饅頭もお茶も熱々だとは思うのだけど、俺の体の芯は完全に冷え切ってしまっていたのだった。
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