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第二部

第一話 栗鳥院家の悪い奴 前編

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 固い床で正座をさせられているのは何とも思わないのだけど、椅子ではなく机に座って俺を見下ろしているのはどうなのだろうか。行儀がよくないと思うので机に座るのはやめた方が良いと思うのだけど、鋭い眼光で俺をじっと見つめているイザーちゃんに対して何か言うことなんて出来やしなかった。
「アスモちゃんってさ、やっぱりうまなちゃんを助けに行くつもりなんてないよね。もっと真剣に考えてくれないと私も困っちゃうんだよね。ほら、こうしている間にもうまなちゃんがどんな目に遭ってるのか想像したら怖くて震えちゃうでしょ」
「うまなちゃんならどんなところでも快適に過ごしていると思うけど」
「そんなわけないでしょ。うまなちゃんは栗鳥院家の人にさらわれてどこかに監禁されているんだよ。そんな状態で快適に過ごしているなんてありえないでしょ。もしかしたら、うまなちゃんの手足はもう体と一つになってないかもしれないんだよ。栗鳥院家の人は何をするわかわからない人が多いし、今こうしている間にもうまなちゃんは苛酷な拷問を受けているかもしれないんだからね。そうだったとしたら、今まで適当に過ごしてきたアスモちゃんはその責任をとれるのかな?」
「そこまで言うんだったらこの時間に助けに行った方が良いんじゃないかな。俺にはうまなちゃんがどこにいるかわからないけど、イザーちゃんなら知ってると思うし」
 俺の言葉が終わったと同時にイザーちゃんのはいていた靴が俺の顔面目掛けて真っすぐに飛んできた。正座をしているとはいえ避けるのなんて造作もないことだとは思っていたのだが、何者かが俺の顔を後ろからがっちりと掴んでいてイザーちゃんの靴を避けることは出来なかった。
「私たちに出来ることは、一刻も早くうまなちゃんの居場所を突き止めて助けに行くことなんだからね。アスモちゃんはもっと真剣に取り組んで、物事を深刻に受け止めた方が良いと思うよ」
 俺の顔にキレイに当たった靴を履きなおしているイザーちゃんは相変わらず俺の事をキッと睨んではいるのだが、若干口角が上がってしまっていた。俺に真剣に取り組めというのであれば、イザーちゃんももう少し真剣に取り組んでみたらどうなんだろうと思ってしまった。でも、そんなことは口が裂けても言えない。
「そこでね、ある有力な情報筋から手に入れたんだけど、今回のうまなちゃん誘拐事件に絡んでいると思われる悪の組織のアジトがあると思われる場所を見つけたのよ。アスモちゃんには早速そこに行って悪の組織のアジトがあるか確認してきてもらうことになるのよね。栗鳥院家の闇と呼ばれる存在なので簡単には見つからないと思うけど、アスモちゃんならきっと大丈夫だと思うわ。今度こそうまなちゃんの情報をしっかりと手に入れてきてね」
「行くのは構わないんだけど、靴をちゃんと履いた方が良いんじゃないかな。ほら、ちゃんと履いてないからかかとの部分がふらふらして脱げそうになってるよ」
 靴を持ったイザーちゃんは再び机の上に座っているのだけど、俺に向かってゆらゆらと揺らしている足に履かれているはずの靴はつま先だけひっかけた状態で今にも落ちそうになっていた。また俺の顔に向かって飛ばされてもたまらないと思って俺はちゃんと履いてほしいと思ったんだが、イザーちゃんは何故か靴をちゃんと履こうとはしなかった。
「別にちゃんと履かなくてもいいでしょ。今からどこかに行くわけじゃないし、今はアスモちゃんの事を説教しているときなんだからね。そんなときに口答えするなんて悪い男の子だね。そんな悪い子には、お仕置きでもしちゃおうかな」
「そんなことをしている間にうまなちゃんが大変な目に遭ってしまうかもしれないんじゃないの?」
「うまなちゃんがアレくらいの人達に捕まったところでどうにかなるわけないでしょ。そんなこともわからないとはね」
 これは何か試されているということなのだろうか。それとも、今更隠すのも面倒くさいと思ってしまったのだろうか。イザーちゃんの言葉の真意を見つけることが出来ずに俺は今までの経験から答えを見つけ出そうとしていた。だが、そんなに都合よく答えなんて出てくるはずもなかったのだ。
「そんな怖い顔してどうしたのよ。もしかして、私の靴って臭ってたのかな?」
「!?」
 急に言われて思考が停止してしまったが、イザーちゃんの靴が臭っていたとは思わなかった。顔に当たった靴の臭いなんて嗅いでいないのでそんなことを言われても答えることは出来ない。
「黙ってるってことは、臭かったって思ってることだよね?」
「いや、そんな風に思ったことはないけど。顔に当たったのも一瞬だったし、その後もすぐにイザーちゃんが回収したから臭いとか臭くない以前に匂いを嗅いでもいないし」
「嘘だ。臭かったからさっきの質問に即答出来なかったんだ。アスモちゃんは私の事を足が臭い女だって思って心の中でバカにしてたんだ」
「いや、そんなこと全然ないけど。臭いなんて思ってないけど」
 もしかして、靴をちゃんと履かずにパタパタさせているのは靴の中を乾燥させようとしているのだろうか。イザーちゃんの履いている靴は耐久性や防水性などを上げるために通気性を犠牲にしちゃってるのかな。そうだったとしたら、俺には気付かないレベルでイザーちゃんが気にしてしまっているという可能性もあるのではないか。ただ、アンナに通気性の悪い靴であれば中が蒸れてしまって臭いと感じてしまってもおかしくはないかもしれない。
「もう、こんなに辱められるなんて思わなかったわよ。今回はこれで見逃してあげるけど、ちゃんとうまなちゃんを探さなかったら次はもっとちゃんと怒るからね」
「はい、ちゃんとうまなちゃんの事を聞いて探します」
 ここで下手に反論してしまうよりもちゃんと探しに行くということを言った方が良いだろう。
 正直に言ってしまえば、この一連のやり取りがうまなちゃんの仕組んだ壮大なドッキリじゃないかと考えている。もし本当に栗鳥院家の人にうまなちゃんがさらわれてしまったのだったら謝るしかないのだが、俺よりも圧倒的に強いうまなちゃんがそんなに簡単に捕まって監禁されるとは思えないのだ。
「じゃ、じゃあ、今回は悪の秘密結社の総帥である栗鳥院桔梗の事を調べてうまなちゃんの居場所を聞き出してきてね」
 相変わらず足をパタパタとさせているイザーちゃんは表情こそ真剣なものだが足は暇を持て余している子供みたいになっていた。
 ちょっとだけ足が痺れてきたのでそろそろうまなちゃんを探しに行きたいところなのだが、そんなタイミングで俺の前にイザーちゃんの履いていた靴が飛んできたのだ。
 イザーちゃんよりちょっとだけ俺の方が靴に近いので手を伸ばしてみたところ、悲鳴にも似た叫び声をあげながら飛んできたイザーちゃんに軽く頬を叩かれたのだ。なんて理不尽な話だろうと思いながらも靴を掴んで手渡そうとした。
 ほんの一瞬ではあったが、少しだけ酸っぱい感じの臭いがしたような気がしていた。
「ねえ、今なんか失礼なこと考えてなかったかな。もしそうだったとしたら、私も怒っちゃうからね。それと、もう一つ伝え忘れてたんだけど、栗鳥院桔梗を含めた四人からうまなちゃんの情報を引き出せなかったとしたら、アスモちゃんは私の奴隷として一生こき使っちゃうことをここに宣言します。これは決定事項なんで絶対に覆ったりしません」
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