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第二部

第五話 栗鳥院家の侍 ボーナスステージ中編

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 熊狩りに付き合うことになったのは俺が余計な一言を言ってしまったせいだ。
「そんなに熊が見たいなら連れて行ってあげますよ。でも、熊と出会ったからと言ってその場で殺しちゃダメですからね。橋の上まで連れてこなくちゃダメですからね」
 少女だけの狩場に向かう途中何度もそう言われてはいたのだが、いざ熊に出くわしてしまうと手加減することは出来なかった。俺がまだ人間だった時の本能が熊を危険な生物だと認識してしまっていたためか、出会い頭に熊の脳天をたたき割ってしまっていた。
「ああ、殺しちゃいましたか。これは困ってしまいますね。ちょっと面倒なことになっちゃうかもしれないです」
「そんなに面倒なことになるの?」
「そうですね。でも、魔王さんだったら大丈夫かもしれないですよ。私が殺したんじゃなくて魔王さんが殺しちゃったんだし、その責任は取ってもらいますからね」
 生きた熊を連れて帰って橋の上で命を奪う。そう何度も言われて理解はしていたのだが、いざ熊と遭遇してしまうと俺の本能が勝手に判断して殺される前に殺してしまっていた。冷静に考えればいくら巨大な熊とはいえ俺を殺すことなんて不可能なことは知っているはずなのに、人間だったころに何度も何度も熊は危険な生物だと刷り込まれていたことが仇になってしまったのかもしれない。バスよりも大きな熊を目の前にして冷静でいろということの方がおかしいんじゃないかとは思うけど、ここで殺してしまった俺にどんな災いが待ち受けているのだろうか。
「あんまり長居してしまうと他の熊がやってきちゃうかもしれないんでいったん帰りましょうか。それだけ大きい熊を殺しちゃった魔王さんには同情しますよ。私だったら絶対にそのサイズまで大きくなった熊は相手にしないですからね」
「それって、大きい熊を殺すと何か呪い的なモノに襲われるとか神の怒りを買ってしまうとかそういうことなのかな?」
「何言ってるんですか。そんな迷信信じてるんですか。魔王さんって、噂だと神も悪魔も関係なく殺して世界を支配してたって聞いてたんですけどね。そんな人が呪いとか信じてるってのは意外でしたよ」
「じゃあ、大きい熊を殺したら大変だってのは、どういうこと?」
「どういうことって、それを持って帰るのは大変だって事ですよ。ここまでの道のりをその大きな熊をもって帰らないといけないんですからね。橋の近くまで行けば手伝いに来てくれる人もいると思いますけど、こんな遠くまで手伝いに来てくれる人なんていないですからね。普通は熊をある程度弱らせてから橋まで誘導して殺すんですよ。そうすれば運搬する手間がかからないですからね。熊を先頭にしておけば襲ってくる奴も減るから一石二鳥って感じだったんですけど、殺しちゃったらそれも出来ないですからね」
「何だ、そんな事だったんだ。それだったら問題ないよ」
 熊の大きさと重さを考えると自分で持っていくのはちょっと大変かもしれない。そうなると誰かを呼ぶ必要があると思うのだが、運のいいことに俺は数々の召喚獣を従えているのだ。そいつらに運搬を頼めばいいと考えたのだけど、そんなことを頼んでも文句とか言われないだろうか。そこがちょっとだけ心配ではあった。
 だが、そんな俺の心配をよそに召喚獣たちは快く熊の運搬を引き受けてくれたのだ。戦闘以外でも気軽に呼んでもらえると嬉しいと言ってくれていた。
「ちょっとちょっと、そんなのってありですか。私もそういうお友達が欲しいです。どこでそんなお友達を見つけたのか後で教えてくださいね」
「友達ってわけじゃないんだけどな。こいつらは他の世界で戦ったやつらだからね。いろんな場所で戦ってきて俺の配下になりたいけど世界を移動することが出来ない奴らなんだよ」
「世界を移動できないって、ここにいるじゃないですか。どういうことか全然理解出来ないんですけど」
「まあ、いろいろあるって事よ」
 こいつらは基本的に自分たちが暮らしている世界線から抜け出すことは出来ない。それを俺が思念体として連れ出してきて新しい肉体を作って実体化させているだけなのだ。思念体でも攻撃をしたり相手の邪魔をしたりなんてことは出来るのだけど、こんな風に物を持たせたり長い時間使役するときは肉体を作っておいた方が俺の負担も少なくなるというモノなのだ。
 俺は肉体を作ることは出来るのだが魂を作ったりすることが出来ないのでこいつらのような思念体を召喚することは都合も良かったりする。この少女も俺と同じようなことをしたいと思っているみたいなのだが、多分こいつらみたいな肉体を作って魂を定着させることは不可能だろう。そもそも、普通の人間にそんな芸当が出来るとは思わないんだよな。
「もう、私がいつもどれだけ苦労して熊を捕まえてるか考えてほしいですよ。時々私の命令を無視して襲ってくる熊もいたりするんですからね。こんな風に死体を運べるんだったらずいぶんと楽になると思うんだよな。私もこんな風に運べるようになったらいいんだけどな」
 明らかに俺の召喚獣をねだっている感じに見えるのだが、こいつらを気軽に譲渡することなんて出来ないだろう。渡したところでこいつらが少女を主人と認めなければ使役なんて出来ないだろうし、こいつらを使いこなせるほど魔力も精神力も足りていないとしか思えないのだ。
「お前程度の魔力じゃこいつらは扱えないよ。もっと魔力に磨きをかける必要があるんじゃないかな」
「ええ、魔法とか使ったら私の剣術が錆びついちゃいそうですよ。こう見えても私は侍だったんですからね。自己強化の魔法を覚えて使ってたら破門になっちゃったんですけどね。己の肉体だけで戦うのは素晴らしいことだと思うんですけど、簡単に自分を強化できる方法があるのにそれを使わないのって怠慢だと思うんですよね。魔王さんもそう思いません?」
「言いたいことはわかるよ。でも、魔法で強化するにも素の戦闘力も必要になっちゃうからね。魔法だけで簡単に強化しても体が耐えられる保証なんてないもんだからね」
「そうです、それなんです。私がどんなに努力して基礎能力を高めたかあいつらは何も見てないんです。破門になってしまったから侍の能力は封じられてしまってるんですけど、それ以外の力は失われてないんですよ。熊相手だったら負ける気はしてないですからね」
 俺が殺したこの熊を見てもこの少女は生け捕りにしようとしてたんだよな。生け捕りにして言うことを聞かせるなんて相当な実力差がないと出来ないと思うのだけど、この少女にはそれが出来るだけの器があるのだと思う。
 そうでなければ、あの橋の下に転がっている無数の頭蓋骨の説明がつかないんだよな。
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