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第二部

第四話 栗鳥院家の侍 ボーナスステージ前編

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 斎藤美穂改め三代目丘田流燕の弟子や丘田流の門下生たちを総動員して尋ねてみたのだが、栗鳥院藻琴の事を知る者は誰もいなかった。この世界には栗鳥院藻琴なんて存在しないんじゃないかとさえ思えたのだが、その思いは現実のものとなってしまうんじゃないだろうか。
「お役に立てずに申し訳ございません。これから先も栗鳥院藻琴様の情報を知る者がいないか尋ねて回りますので」
「そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ。俺もここだけじゃなくて他の場所にも行って探してみるからさ。他の国に行ったら案外すぐに見つかるかもしれないしね」
「魔王アスモデウス様はこの世界について何もご存じでないみたいなので僭越ながら私めが簡単に説明させていただきます。いま私たちが住んでいるこの大陸以外の場所に人類は誰一人として存在しておりません。亜人や魔人の類を人類として扱っていいのでしたら存在はしていることになりますが、その多くは意思の疎通も難しい状態だと思います。ただ、魔王アスモデウス様が相手であるのなら、意思の疎通は出来るやもしれませんがお探しの栗鳥院藻琴様はいらっしゃらないと思いますよ」
「亜人に魔人ね。栗鳥院藻琴が亜人や魔人の可能性もあるとは思うけど、うまなちゃんたちの先生がそんな感じに設定したりしないと思うんだよな」
「設定……ですか?」
「ごめんごめん、こっちの話なんで気にしないで。でも、ここにいないっていうんだったらそっちにいる可能性にかけた方が良いような気もするんだよね。栗鳥院藻琴がサキュバスとかハーピーみたいな感じだったらまだいいけど、虫とか老女だったらちょっと嫌だな」
 俺に同意してくれる男性門下生とちょっとだけ軽蔑の眼差しを向けてくる三代目丘田流燕と女性一同。
 その視線に耐えられなくなった俺は一目散に道場から逃げ出したのだが、すれ違う多くの人がヒソヒソと何かを話していた。俺の事を見ながら話しているという感じではないので少しだけ気も楽になりそうではあったが、何の話をしているのか気になってしまっていた。そんな中、少し前に知り合った少女が俺を見つけて遠くから物凄い勢いで近付いてくるのが見えてしまった。
「あ、無事に戻ってこれたんですね。負けることはないって思ってたんですけど、無傷で帰ってくるとは思ってもみませんでした」
 俺の手を引いていた少女は俺を見つけて嬉しそうにはしゃぎながら駆け寄ってきた。
「丘田流討剣術とやりあって無傷だなんて信じられないな。そんなに強いんだったら勇気を出して見に行っておけばよかったかも」
「見に来てても何も面白いことなんて無かったぞ。俺はあの女と剣を交えてないからな」
「まあ、お兄さんは武器を持ってないですもんね。素手で丘田流討剣術と戦ったってのもすごい勇気だと思いますけど、なんで無傷なのか気になりますよ。あれだけの殺気をまき散らしていた相手とやりあったにもかかわらず、一方的に勝負を決めたって事ですもんね」
「確かに一方的と言えば一方的かもしれないな」
 俺はこの少女にどんな風に決着がついたのか教えてあげた。少女は俺の言うことなど信じるそぶりも見せずに確かめると言って道場まで行ってきたのだが、そこから戻ってきた少女の顔は先ほどよりも嬉しそうに輝いていた。
「凄いです。凄すぎますよ。あの丘田流討剣術を相手に何もせずに勝利を収めるなんて凄すぎます。一撃必中必殺、敗北は死のみと謳っている丘田流討剣術を相手に戦わずして勝つなんて異常です。どんなにすごい達人が相手でも、どんなにすごい魔物が相手でも、どんなにすごい異世界人が相手でも負けを認めなかった三代目丘田流燕が勝負を避けたって事ですもんね。あなたっていったい何者なんですか?」
「何者って言われてもな。俺は見ての通りの魔王だよ」
「ただの魔王ではないような気もしますけどね。そんな事はどうでもいいんで、約束通り一緒にご飯を食べましょうね。魔王さんの分まで私が食べる予定だったけど、こうして生きて帰ってきてしまったからにはちゃんと魔王さんは自分の分を食べてもらうことになりますからね。おばあちゃんが作ってくれるご飯はとっても美味しいから期待してくれていいですよ」
 丘田流討剣術がどれほどのモノなのか体験することが出来なかったのは悔やまれるが、この世界にいる間に戦う機会にも恵まれるだろう。その時にどんなものか確かめてみればいいだけの話だよな。
 少女に手を引かれ道なりに進んでいたと思っていたら、いつの間にか整備された道から外れて草むらの中へと入っていった。ちゃんと見なければ目印も見当たらない道なき道をずんずんと進んでいるのだが、道路もないのに立派な橋が架かっている大きな川にたどり着いていた。道路に接続されていないのにやたらと立派で大きい橋があるのだが、この橋が何のために作られたものなのか想像もつかなかった。
「もう少しでお家につきますからね。おばあちゃんのお手製ローストベアも出来てるといいな。昨日私が捕まえたトンクラスのクマなんで食べ応えあると思いますよ。ご近所さんにもお裾分けしたんですけど、たくさん残ってるから遠慮しないで食べてくださいね。足りなくなったら獲りに行ってきますけど、魔王さんって熊肉とか苦手だったりします?」
「苦手かと言われても、普段食べてないからわからないかも。ただ、羊とか山羊とかは普通に食べてたから大丈夫だとは思うよ」
「それなら良かったです。ちゃんと下処理はしてるんで臭みとかは気にならないと思いますよ。心臓が動いているうちに体内の血液を全部抜くことも出来ましたからね。それに、おばあちゃん特製スパイスで臭みはほとんど感じなくなってると思います。魔王さんもきっと気に入ると思いますよ」
 色々と聞きたいことはあるのだけど、この小さな少女がトンクラスの熊を仕留めたというのは本当なのかな。もしかしたら、重さのトンではなく何か別の表現なのかもしれないな。
 そんな風に考えていた俺の目の前に突如現れた大きな頭蓋骨。両手で抱えようとしても持ちきれないんじゃないかと思うくらい大きな頭蓋骨が無造作に転がっているのだ。
 動物の頭ってあんなに大きくなるものなのかと思っていたのだが、いつか見た恐竜の化石もあんな大きさだったような気がしていた。頭でこれだけ大きいということは、体はどれだけ大きいんだろう。全く想像も出来ない生物に感じてしまったのだった。
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