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観測者ユイとボーナスステージ 前編

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 真実のみを観測して記録することが大事だと言っていたが、その真実も彼女が見た主観でしかないという事に観測者ユイは気付いていなかったようだ。彼女の書き記してきた様々な世界の観測詩はどれも面白く心惹かれるものがあったのだ。
 ただ、それはとても客観視して描かれているとは言い難く、どれも彼女の主観に満ちていたものであったのだ。

「どれも興味深い話ではあるけれど、これはお前が体験してきた事の全てなのか?」
「そうですよ。私が観測者になってから見てきた事をまとめているんです。他の人に教えてもらったことはどうしてもその人の主観が入ってしまうから入れにくいんですけど、ちょっとくらいなら物語のスパイスとして加えてもいいかなって思うんですよね。ほら、記録書にも少しくらいはコラムとかエッセイとかあった方が読みやすいって思うんで」
「そう言うのがあった方がいいとは読みやすいかもしれないな」
「ですよね。だから、今回は魔王アスモさんの考えとかも聞いてみようかなって思ってるんですよ。この世界は何も事件の起きない平和な世界ですし、どうして魔王なのにそんな平和な世界にしちゃったのかってのが気になるんですよね。今まで見てきた魔王はアスモさんみたいに対話をしてくれるってことが無かったんでどんな風に考えているのかわからなかったんですけど、こうして話をしてくれる魔王がいるってのは貴重だと思うんですよ。これから他の世界に行った時にアスモさんみたいに私と普通に話してくれる魔王がいるって思えないですからね」
「俺もさ、魔王なのにこうして誰とでも気軽に話してていいのかなって思う事もあるんだけどな。でも、この世界の住人も俺と敵対するよりは対話を望んでいるようだし、俺を倒そうとやってくる勇者も何度か挑戦してくると諦めるパターンが多いからな。今だって魔王城の地下にあるリゾートでバカンスを楽しんでいる勇者がいっぱいいるくらいだもんな」
「そこなんですよね。いくら強い魔王が相手だからって何人もいる勇者が戦う事を諦めたってのが不思議なんですよね。どんなに強敵でも諦めずに立ち向かっていく強い意志を持っているのが勇者だと思っていたんですけど、実際ってそうじゃなかったって事なんですかね」
「どうなんだろうな。俺は勇者になったことが無いからわからないけど、お前はどうなんだ?」
「私は勇者になったことはありましたけど、才能が全く無いって自分で思ったのですぐに諦めました。本当はもっと人の役に立ちたいって思ってはいたんですけど、戦うって事にどうも慣れることが出来なかったんですよ。気付いた時には勇者じゃなくて色々な事を経験して観測者になってました」

 観測者ユイは少し悲しそうな表情を見せていた。彼女が何を思っているのかはわからないが、勇者として人を助けたかったという思いがあるのは事実なのだろう。その思いがあるからこそ魔王である俺に直接会って話を聞こうと思っているのではないだろうか、その魔王である俺が比較的争いを好まないという事を観測者ユイは知っているわけなのだが、それでも世界を支配している魔王と一対一で会うというのは怖いはずだ。戦闘手段をもたないであろう彼女が俺のもとへ一人でやってくるという事も十分に勇気のいることではないかと思ってしまった。

「お前は魔王である俺が怖いとは思わないのか?」
「普通に怖いですよ。こうして話している今もちょっと震えていたりしますからね。でも、私が殺されたりしてもここまでの記録は残りますから。どんなことを話してどんな風にしていたかってのは記録として残せるんです。それが観測者としての能力だったりしますからね」
「それって、どんなことでも記録して残せるって事なのか?」
「私が見聞きしたり体験したことだったらですけどね。生き返った後もしばらくの間は残ってるんで、一緒にいた勇者たちがどうして負けたのかって考えることも出来るんですよ。私を仲間に入れる勇者のメリットの一つになるんですけど、戦闘で全く役に立たない私を入れることがデメリットであったりもするんですけどね」
「なるほど。戦闘に全く期待できないお前を入れて枠を一つ埋めることで得るものと失うものがあるという事なんだな。勇者たちが何人で行動できるかにもよるけれど、お前を入れるメリットの方が大きいような気もするけどな」
「そう言ってもらえると嬉しいんですけど、私自身はいつもそうやって付いていくだけでいいのかなって思ったりもしてるんですよね。今までの経験をまとめてみたり話をしたりすることでお金を援助してくれる人もいたりするんですけど、そんな人は滅多にいないんで私を仲間にするメリットって本当はほとんどない感じに思われることが多いんですよ。それでも、私を仲間にしてくれた人たちがいた事は感謝してもし足りないと思っちゃいます」
「世界を歩き回ってきた経験というものを知りたい奴はたくさんいそうだけどな。この世界にだってそれなりにはいると思うんだが」
「そうですね。ここみたいに平和な場所の方が話しを求められることが多いですね。常に争いが近くにあるような場所だと他人のそう言う話よりも自分の方がリアルに体験していますからね」
「そう言う意味だとさ、お前が今まで見聞きして体験してきたことがこの世界の住人にとって物凄い娯楽として受け入れられるんじゃないかな。どうだ、今までの体験を本にまとめてみるというのもいいんじゃないか」

 観測者ユイは俺の言葉を真剣に受け止めて考えているようだ。彼女が望むのであれば使えそうな魔物を派遣して手伝わせることも出来るのだが、魔物だけではなくこの世界の住人や天空人の力も借りた方が良さそうに思える。
 彼女の書く物語はとても魅力的だとは思うのだが、真面目過ぎて物足りない部分もあったりするとは思う。
 戦闘シーンは勇者たちの戦いを間近で観察していたこともあってリアリティが凄いのだ。手に汗握る戦いには俺も魔王としてではなく一人の人間として手に汗を握ってしまったのだが、それだけに彼女の書く物語には色気が足りないのが残念でならなかった。
 戦闘をあれほどうまく伝えることが出来るのであれば、自分が経験したエッチな事もリアルに表現できるのではないかと思うのだが、さすがにそれは恥ずかしいのか一行たりともそのような話題が出てくることは無かったのだ。

「お前の書く話はとても面白いと思う。戦闘シーンも迫力があって俺も久々に興奮してしまった。小さな村の苦労や大きな都市の悩みなんかも上手に表現されていると思う。でも、ひとつ物足りないものがあると俺は思うんだよ」
「褒めてくれるのは嬉しいですけど、物足りない物って何ですか?」
「お前の書く物語には色気が足りないと思うんだ。お前だってそれなりの事は経験してきているはずなのに、それについて一切書かれていないというのは残念だと思うんだよ」
「え、色気って。もしかして、魔王さんは私が書くエッチな話を見たいって事ですか?」
「俺だけじゃなくて世の中の人はみんなそれを見たいと思ってるはずだぞ。お前だって見てみたいとは思わないか?」
「いや、そんなことは無いと思いますけど。それに、そんなのを書いてしまったら子供が読めなくなっちゃうじゃないですか」
「そうかな。でも、お前の書くリアルな戦闘表現も子供に悪い影響を与えるような気がするんだが。結構残酷な表現が多いと思うよ」
「そ、そんな事ないと思いますよ。だって、私の書いているものは現実ですけど目の前にあるリアルではないですし、現実と物語の区別くらいつくと思いますよ」
「だったらさ、なおさらお前が経験してきた事の全てを書き記す必要があるんじゃないかな。俺だってみんなだってお前がどんなエッチをしてきたか見てみたいと思うよ。お前が書くリアルな現実を見てみたいとみんな思ってるはずなんだけどな」
「そんなこと言われても恥ずかしいですよ。アスモさんみたいに全世界に向けてオープンに発信している人だったらそう思わないかもしれないですけど、私みたいなのがそんなのを書いても需要なんて無いと思いますし」
「そんな事ないと思うよ。需要が無いなんてことは無いね。案外、世界はお前みたいなタイプの女を求めているのかもしれないぜ」
「そんなことを言って私をからかってますよね。アスモさんが今までお相手してきた人ってみんな綺麗な人だったし、私みたいな普通体型で顔も良くない人じゃ相手をしたいって思わないですよね」
「俺はお前がどんな風に気持ち良くなるのか興味あるけどな。それに、見た目だって自分で思ってるよりも悪くないと思うよ。美しさなんて数値ではかれる者でもないし、お前が今まで経験してきたことも踏まえて価値があるってもんなんじゃないかな」
「そんなうまいこと言っても無駄ですよ。私は知ってるんですからね。アスモさんの相手をすると自分のその姿がいろんな世界に発信されるって」
「そればっかりは俺がしている事ではないからな。インキュバスとサキュバスが勝手にやってることなんだよ。お前が嫌だって言うんだったら、そう言う事はしないようにって言っておくことも出来ると思うけど」
「別にいいですよ。私の事を見たとしてもそう言う気分にならないで他の人を見るだけだと思いますし。でも、そんな人達の中にも私みたいな人が好きな人ってのもいるかもしれないですよね」
「そうだな。もしかしたら、今までお前が書き記してきた物語を見てお前の事を好きになった人達が望んでいるかもしれないしな」
「そういう人達には見て欲しくないなって思いますよ。だって、私の事を見て幻滅しちゃうかもしれないじゃないですか」
「どうだろうな。そんなことは無いと思うけど、試してみないとわからないよな」

 最初から思っていた事なのだが、この女は俺の映像を今まで何度も見てきたのだろう。そんな事もあって、俺に会いに来るという事が何を意味しているかを十分に理解していたのだ。
 ただ、それを自分から言いだすきっかけも勇気も無かったという事もあり、それをわかっていた俺が意地悪なんかをせずにちゃんと指摘してあげるのだ。
 俺が誘導したことで彼女は自分からこの場にやって来てはいても自ら進んで体を差し出したのではないという事実が生まれたのだ。
 その事は彼女にとって大事な事なのだろう。自らが望んでここにやってきた事実もあるのだが、彼女を望んだのは俺であって彼女が俺を望んでやってきたのではないという事実が生まれたのが重要な事のようだ。

 俺にとってはそんな違いはどうでもいいことではあるが、優しい俺は観測者ユイの望むように物事を進めてあげることにするのであった。
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