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思い込みの激しい姫

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 魔王が思う事ではないと思うのだが、この世界は本当に平和そのものであった。天空姫の一件で天上界と一悶着ありそうな予感はしていたのだが、向こうには戦況を冷静に判断することが出来るものが多くいたこともあって、大きな争いに発展することも無く天上界は俺の支配するこの世界に干渉しないという誓いを立ててきたのだ。
 俺としてはいくらでも受けて立つところではあったのだが、こちらの戦力と向こうの戦力では圧倒的な差が出来ていたし、これからどれだけ向こうに勇者が味方しても戦況が変わることなどありえないという事も影響していたのだろう。それくらいに俺の勢力は他の勢力を圧倒していたのだった。

「魔王さんを倒せばリンがこの世界を支配していいのですか」
「俺と戦おうっていうのか?」
「リンは魔王さんとは戦いません。リンが戦うわけないでしょ。リンの代わりに執事のモンサが戦いますわよ」
「モンサというのは下で俺の配下と談笑しているあの老人の事か?」
「ちょっと待ってもらっていいですか。確認させていただきますから」

 ピンクのフリフリがついたドレスを着たこの女が俺に背を向けて下を確認していたのだが、俺の配下と楽しそうに会話をしている老人を呼びつけていた。老人は軽快な足取りで階段を上ると形だけ女に謝罪していた。

「申し訳ございません。魔王アスモ様の配下の方とお話をしておりましたところ、思いのほか盛り上がってしまいまして」
「モンサはリンの側にいるよりも怪物と話す方が楽しいって事ですか」
「そう言うわけではございません。ただ、あの方々がリン様の事を美しいとおっしゃっておりましたので無碍にするわけにもいかず」
「そう言う事だったら先に言いなさいよ。リンの事を褒めてくれるんだったらそれでいいんだから。ここも思っていたよりも綺麗だし、怪物なのにリンの事を世界一可愛いって言ってくれてるし。いいところなのかもね」
「世界一とは仰っておりませんでしたが、たぶんそう思っているでしょう。で、リン様は私と魔王アスモ様を戦わせようと仰るのですか?」
「そうよ。モンサは我が国最強の魔導士でもあるのですからこの程度の魔王なんて余裕で片づけることが出来るでしょ。さあ、さっさとやっておしまい」
「申し上げにくいのですが、私は最強の魔導士ではございません。仮に、私が最強の魔導士だったとしても魔王アスモ様には手も足も出ないと思いますよ」
「そんな事ないでしょ。だって、モンサはリンに襲い掛かってきた怪物を魔法で退治してくれたじゃない。あの怪物だって魔王さんに匹敵するくらい強いんじゃないのですか」
「そんなわけありませんよ。魔王アスモ様と同等の力を持つ魔物がその辺にいるとしたら、我が国は一瞬のうちに壊滅しているでしょう。私が倒した魔物は低級で種族名しかないようなごくありふれた魔物でありますよ」
「そんなわけないわよ。あの怪物に襲われた時にリンは死んじゃうんじゃないかって思っちゃったもん。今だっていろんな怪物がリンの命を狙ってるんじゃないかって思ってるし、それって大丈夫ですか」
「大丈夫でございますよ。ここにはリン様の命を狙うような魔物はおりませんから。そもそも、あの時も魔物はリン様を襲おうとはしておりませんでしたよ。あいさつ代わりに近寄ってきただけですからね」
「そ、そんなわけないですよ。リンが感じた恐怖は絶対に間違いないです。急に目の前に現れてあんなに強い殺意を向けられたのは初めてですもの。リンが姫だと知って殺そうとしたと思うのですが、それは間違いないですか」
「大きく間違っていらっしゃいますよ。そもそも、私どもの暮らしている世界には悪意をもった魔物は存在いたしませんからね。暗黒竜の力を宿した勇者様が全ての魔物を改心させましたからね」
「暗黒竜の勇者さんって、あの怖い顔した勇者さんですよね。リンはあの勇者さんは怖くて苦手です。あんな怖い人が世界を平和にしたって本当なんですか」
「本当ですよ。勇者様は今も地下世界で魔物を説得して回っておりますからね。地上に出る魔物は全て勇者様の意向をくんで活動されておりますよ」

 目の前にいる老人が最強の魔導士であったとしたらガッカリしていたところではあったが、二人の話を聞いていると俺と似たような力を持っている可能性のある勇者がいるという事なのだろう。そいつならば俺を倒すことが出来るかもしれない。その勇者について少し尋ねてみることにしよう。

「その勇者なんだが、魔物を支配することが出来るというのか?」
「支配と言いますか、仲間にするという方が正しいと思います。勇者様の仲間になった魔物はその身を挺して人間を守っていたり、土木工事なんかも手伝ってくださったりしていますね。この世界における魔物と人間の関係に似たものを築いていると思うのですが、勇者様に魔王アスモ様と戦える力があるかと問われると答えに詰まってしまいますね。間違っていたら申し訳ないのですが、魔王アスモ様は我が国の勇者様と戦ってみたいと思っておいでではございませんか」
「よくわかったな。確かに、俺はお前たちの世界の勇者と戦ってみたいと思うぞ。その能力があれば我が軍の戦力を吸収し恐ろしい力を得るのではないかと思うのだ。それは可能だと思うか?」
「時間をかければ可能だと思いますが、実現はしないでしょうな」
「なぜそう思う」
「勇者様なのですが、リン様の一言がきっかけで地下世界に潜ってしまい人前に出ることを避けるようになってしまったのです。ですので、勇者様が魔王アスモ様の前にやってくることも無いでしょう。魔王アスモ様が会いに行ったとしましても、勇者様はさらに地下深くの誰もたどり着けぬ場所に行ってしまうだけだと思います」
「ちなみになんだが、そいつはなんて言って勇者を追い詰めたんだ?」
「それはですね。ただ一言、顔が怖い。そうおっしゃっただけです」
「リンは勇者さんの事を怖いとは思ったけど、そんなつもりじゃないんです。ただ、じっと見られると怖いなって思っただけなんです。それって、いけない事なんですか」

 この女の言葉に悪意はないのだろう。ただ、悪意が無い分だけその言葉は勇者の心に深く突き刺さってしまったのかもしれない。俺が勇者だったとしても、無邪気な女に顔が怖いと言われたら少しはショックを受けてしまうかもしれないな。その勇者がどれくらい繊細なのかはわからないが、少なくとも俺よりは繊細な心を持っているのだろう。

「その勇者の顔が怖いのはどうでもいい話なのだが、お前から見て俺の顔は怖くないのか?」
「うーん、ちょっと怖い気もするんですけど、そこまで怖いって感じはしないです。魔王さんって、いい人だったりするんですか」
「良い人ではないと思うぞ、これでも一応は魔王だからな」
「でも、リンの国を昔襲った魔王はもっと怖い人だったって聞いてます。絵本とかでもすっごく怖い魔王がいっぱいいたんですけど、その魔王と比べても魔王さんはいい人そうに見えます。魔王さんって、ここに来るまでも色々噂を聞いたんですが、やっぱりいい人なんですか」
「どんな噂を聞いたのかしらが、俺は別にいい人ではない。悪いことだってたくさんしているからな。お前はそう言うの見た事ないだろうが」
「リンは見たことあります。魔王さんがいろんな女の子を気持ちよくさせているのを見たことあります。アレって、リンもしてもらえるんですか」
「して欲しいって言うんだったらしてもいいんだけど、姫なのにそんな事を自分から言っても平気なのか?」
「平気ではないかもしれないです。でも、リンは魔王さんがどんなことをリンにしてくれるのか知りたいんです。それって、ダメな事ですか?」
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