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何でもしたい姫と死にたい王子

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 朝も昼も夜も変わらない生活をしていたはずなのだが、その日はいつもと違って知らない女が俺の玉座に堂々と座っていた。観光客が魔王城に来た記念に座ることは何度もあったので座っていること自体に問題はないのだが、玉座に座っている女はなぜか俺の事を見下していたのだ。

「あたしをいつまで待たせてるんだよ。もっと早くここにこいよ」

 状況を飲み込めない俺はその女をじっと見つめていたのだが、女は俺の視線にも恐れることは無くじっと俺の目を見つめ返してきた。あまりにも真っすぐすぎる視線であったので俺の方が間違っているのではないかと思ってしまったのだが、配下の魔物に確認をしても今日のこの時間に俺に来客があるという予定は一切なかった。

「とりあえず、お腹空いたから何か食べる物ちょうだいよ。昨日の夜からずっと何も食べてないんだからさ、少しくらい気を遣って欲しいもんだわ」
「別に食事をふるまうのはかまわないのだけれど、一体何の用でそこに座っているのかな?」
「何の用って、何も聞いてないわけ?」
「何も聞いてないというか、今日は何の約束も入ってないのだが」
「約束が入ってないって、あたしがわざわざ来てあげてるんだから察しなさいよ。物分かりの悪い魔王ね。でも、今はあんたしかあたしの悩みを解決出来なそうだから仕方ないわ。我慢してあげるからあたしに尽くしなさいよ」

 今までも何人か偉そうな女はいたのだが、この女はその中でも飛びぬけて偉そうで傲慢に見える。着ているものや身に付けているアクセサリーから身分の高い女だとはわかるのだが、その顔にも魔力にも身に覚えはないのであった。
 女の態度があまりにもデカすぎて気が付かなかったのだが、女の隣で小さくなっている付き人らしき男がやたらと俺の様子をうかがっているのであった。俺が少しでも動くたびに物凄く警戒態勢を取っているのだが、俺が玉座へ続く階段に一歩足を乗せるだけでその警戒心は強烈な殺意へと変わっていたのだ。俺は久々に向けられた殺意に喜びすら感じていたのだが、もう一歩階段を上って様子を見ようとすると男は一歩下がって玉座の陰に隠れてしまった。

「そんなところに隠れて何しているのよ。あんたがそんなんじゃ連れてきた意味無いでしょ。しっかりしなさいよ」
「ダメですよ。僕の殺意に全く怯まないで階段を上って来てるんですって。僕の力はこけおどしにしかならないって知ってるのに無理言わないでくださいよ。大体、僕は魔王城に来るのは反対してたんですからね。それに、姫が全責任を取るからついてくるだけで良いって言ったんですよ。僕は嫌だって言ってたしみんなだって姫にはついて行けないって言ってるんですからね」
「そんな事はあたしが一番よく知ってるもん。でも、あんたはそんなあたしの事を見捨てないでついて来てくれたんじゃない。見捨てないでついてきたんだったら最後まで見捨てないで見守りなさいよ」
「お前らが揉めるのは好きにすればいいのだが、ここに来た理由を教えてもらえないだろうか。それさえ教えてくれればあとは自由に喧嘩でもしてくれてかまわないのだが」

 二人は俺の質問に答えるのではなくお互いに顔を見合わせて考えているようだった。俺としてはどちらが質問に答えてくれても問題はないのだけれど、二人にとっては俺の質問に答えるのも命がけのようで慎重に答えをすり合わせているように見えた。
 結構な時間待たされたような気がするのだが、俺の質問に答えてくれたのは女の方だった。男は相変わらず玉座の陰に隠れて俺の様子をうかがっているのだが、俺が近付こうとすると申し訳程度に女を守ろうとはしていた。男は決して俺と目を合わせようとはしてこなかったのだが、俺と女の間に入って身を挺して守ろうという気概はあるように見えていた。

「ちょっと、ソコにいたらあたしと魔王の話の邪魔になるでしょ。少しは考えて行動しなさいよね。本当にいざという時には役に立たないんだから」

 男は何か言いたそうな顔をしていたのだが、誰とも目を合わせることも無く黙って下を向いていた。この男は都合が悪くなると黙って時間だけを浪費するタイプなんだろう。俺も遠い昔に同じような事をしてやり過ごそうとしたような記憶がうっすらと思い浮かんではいたのだった。

「まあいいや。あたしは近いうちに違う世界の王子と結婚をしなくちゃいけないみたいなのよ。その事について文句を言おうと思ってたんだけど、もう決まったことだから変えられないって言われちゃって腹が立っちゃって。あたしは結婚したいなんてこれっぽっちも思ってないし、結婚しても幸せに離れないってのはあたしの親を見てれば嫌でもわかっちゃうのよね。自分たちは結婚してしっぱしたって思ってるくせにさ、あたしにも結婚させて嫌な思いを共有させようとしているのよね。あたしは一生独身でもいいって思ってるんだけど、そう言うわけにもいかないんで形だけでも結婚して自由になりたいって思ってるのよ。そこで魔王であるあなたに相談なんだけど、あたしが結婚した瞬間に相手の王子を殺してもらえないかしら。お礼なら何でもするからさ、聞いてもらえるわよね?」
「ん、今なんでもするって言った?」
「言ったわよ。あなたがどんな人かってのは知ってて言ってるのよ。頭の良いあなたならその意味もちゃんと理解しているわよね。もしも、わからないって言うんだったらあたしの口から教えることになるんだけっど、そんな必要なんて無いわよね?」
「俺の相手をしてくれるって事だったら、その様子を撮影されるって事も当然わかってるんだよな?」
「もちろんよ。それも込みで何でもって言ってるのよ。いちいち確認しなくても大丈夫よ。あたしは知らない男と結婚するくらいだったらあなたの相手をする方を選ぶわよ。一方的とはいえあたしはあなたの事を多少は知っているからね。いつも」

 何かを言いかけた女ではあったが、俺はそれを深く追求する事しなかった。隣で隠れていた男も慌てているようには見えたのだが、俺と一瞬だけ目が遭うとそのまま玉座の陰に隠れてしまった。

「で、その男を殺すのは構わないのだが、そいつはいつどこにいるんだ?」
「どこって、あたしの横であんたから隠れてるこいつよ。あんただったらすぐにこいつの一人くらい殺せるでしょ?」
「まあ、その程度だったら何の苦もなく殺せるとは思うけど、本人を目の前にしてそんなことを言っても良いのか?」
「別にいいのよ。あたしは形だけでも結婚すればそれで満足だし、こいつも出来るだけ苦しまずに死にたいって思ってるのよ」
「なんで?」
「なんでって、そんなのあたしが知るわけないでしょ。こいつに直接聞きなさいよ」
「いや、俺が聞いても答えなさそうだから」
「あの、僕はずっと昔から生きている理由がわからなくて困ってるんです。僕みたいな何も無い人間がいつまでも生きていていいものかと思ってまして。そんな僕でも役に立てることがあればいいのになって思ってたんですけど、僕みたいな男は何の役に立つことも出来ないのに王子という立場があるがゆえに自殺することも死にそうな場所に出向くことも出来なかったんです。でも、魔王アスモさんが天空姫の願いを聞いてくれるんだとしたら僕の夢も同時に叶うんじゃないかと思ってるんですよ。だから、天空姫の願いを聞いて僕の夢も叶えて欲しいんです。魔王アスモさんが相手だったら僕の国も手出しできずに諦めると思うんですよ。だから、僕たちの願いを叶えてください」
「それってさ、死なないで誰も知らない場所に送るのとかじゃダメなわけ?」
「それじゃ意味ないんです。僕みたいな人間にかかる無駄な資源を無くしたいんです。どこかで生き延びるんだとしたら、全く意味がないんですよ。僕は死んで何も消費しないまっさらな存在になりたいんです。僕一人が消えても何の影響もないかもしれないですけど、それでも僕は何も消費しない存在になりたいんです」
「別に俺はお前がどう思ってようが自由だとは思うよ。でもさ、消費する以上に何かを生み出そうとは思わないわけ?」
「それも考えた事はあるんです。でも、僕は王子という立場もあって普通の人よりも大量に資源を無駄に消費しているっていう事実があるんです。例え僕が王子の立場を失って一般人になったとしても、今まで消費してきた分の資源を上回る資源を生産することなんて出来やしないんです。だから、僕は死ぬしかないんです」
「まあ、お前の言ってることはわかるけど、どうしても俺は理解することが出来ないな。でも、お前もそっちの女もお前が死ぬことで幸せになれるって事なんだろ?」
「そうです」
「そうよ」

 俺がこの二人の願い事を聞いてやる義理は無いし、この女の体をどうこうしたいとは特別思いもしなかった。別に願いを聞かなくてもこの女くらい好きに出来るというのもあるのだけれど、なぜか俺はこの二人の願いを聞いてやってもいいような気になっていた。
 人を殺すことに罪悪感が無いのかと言われると即答は出来ないのだが、少なくとも今の状況では人の命を奪う事に対して躊躇うことは無いと思う。それだけ多くの事を経験してきたという事なのだろうな。これは心が強くなったのか鈍感になっただけなのか、どんなことでも答えを導き出せるように思えたのだが、俺にはそこのところだけは判断だけがつかないのであった。
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