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一人ぼっちの戦い編

一人ぼっちの戦い 第二話

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 私はお母さんが死んじゃったという事を信じることが出来なかった。
 みさきちゃんが見てきた事なんだから本当なんだろうけれど、私にはどうしても信じることが出来なかった。信じていないわけではないのだけれど、お母さんがそんなに簡単に殺されてしまうとどうしても思えなかったのだ。
 誰よりも強くて拘束具も聞かないみさきちゃんがお母さんが殺される時までに間に合わないというのもおかしいような気もするけど、捕まってすぐに殺されていたとしたらどちらにせよ助けてもらう事は出来なかったんだろうな。どうしたらお母さんが殺されずに済んだんだろうな。

「あなたはフェリスさんの娘さんのヒカリさんですよね。私は見た目も言動も怪しい者ですが、あなたにちょっとした真実をお伝えしようと思ってここに来たのですよ。それにしても、この町の結界は素晴らしいですね。ここまで来るのにとても苦労してしまいましたよ」

 何だろう。私に話しかけてくる人は今まで何人もいたのだけれど、その中でも群を抜いて怪しい。見た目だけじゃなくて言っていることも怪しいし、どうみても人間には見えないんだよね。それに、私じゃ相手にならないくらい強そうな予感がするよ。

「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。私はね、あなたにちょっとした真実をお伝えしに来ただけですから、そんなに身構えなくても大丈夫ですからね。それに、私はあなたの命には全く興味無いんですよ。むしろ、今のあなたを殺してしまうと私の価値が下がってしまう恐れもあるくらいですからね。だから、私に敵対心を向けないでくださいね。そんなあなたの気持ちに自然と反応してしまうかもしれないんですから。そんなつまらない死に方だけはしないでくださいね」
「私があなたに勝てないという事はわかるんですが、この結界の中で戦ったとしてもすぐに誰かが来ると思いますけど。私よりも強い人しかここにはいないんですよ」
「そうですね。あなたより弱い人はこの町にはいませんもんね。でも、強いと言ってもあなたより少し強い程度ですし、そんな者がやってきたところで私にとっては些細な違いでしかないんですよ。そんな事よりも、あなたは何か知りたいことがあるんじゃないですか?」
「知りたいことはたくさんありますけど、あなたがそれを知っているとは思えないんですけど。何を知っているというんですか?」
「私が知っていることは、私が今まで見てきた事だけですよ。と言いましても直接見た事はほとんどないんですがね。ですが、私のこの両目は全てを見通することが出来るのですよ。あなたが知りたいことなんて全て見てきたと思うんですがね。例えば、あなたのお母様の最後の瞬間とかね。おや、興味がおありのようですね。知りたいならお教えいたしましょうか?」

 私はこの人の言っていることが本当なのか嘘なのか判断できないし、見てきたというのも本当なのか嘘なのかわからない。でも、それが本当だとしたら、私はそれを知りたいと思う。信じることが出来ない事だとしても、それを知りたいと思ってしまっている。
 この人の言うことを本当に信じていいのか、それを決めるのは話を聞いてからにしても遅くは無いんじゃないかな。

「興味はあるんですけど、どうしてそれを私に教えてくれるんですか?」
「その答えは単純ですよ。自分の母親の最後の瞬間を知りたいと思うのは子供として当然の事じゃないですか。私は願いを叶えてあげたいと思っただけなんですよ。それに、あなたに真実を教えた方が私の天敵が困ることになると思いますので。どちらかと言えば、そちらの方が私の目的に近いかもしれませんね。おっと、私の天敵と言うのは佐藤みさきでも前田正樹でもないですよ。その二人は我々にとっては不確定要素の強い異物でしかないんですよ。そんな事はどうでもいい事ですね。では、あなたが知りたい真実をお伝えいたしますよ。私が見てきたことをそのまま伝えることがいいのでしょうが、私は他人に何かを伝えるという事が苦手でして、どうも上手く伝えることが出来ないのです。そこで提案なのですが、私が見てきたものを直接あなたに見せて差し上げるというのはいかがでしょうか?」
「見てきたものを直接私に見せるって、そんなことが出来るんですか?」
「出来るには出来るのですが、魔力がそれほどでもないあなたには負担が大きいかもしれませんよ。例えば、私の魔法に触れることによってあなたの魔力が闇に近付く可能性もあるのですがよろしいでしょうか?」
「闇に近付くって、あなたは悪魔だったんですか」
「そうですよ。と言っても、私は新しく誕生した悪魔ですので名前もまだ与えられていないのです。あなたの名前をいただこうかとも思ったのですが、あなたのお名前は私には眩しすぎますね。その名前をいただいてしまうと、私は私でなくなってしまうような気もしていますよ。ところで、私の提案を受け入ますか?」
「はい、私はあなたの見てきたものを見てみたいです。いや、、見せてもらいたいです」
「いいですね。その覚悟の決まった目は好きですよ。真実を知ったその後にもその目でいてくださると大変助かりますので、しっかりと目を背けずに見届けてくださいね。もっとも、目を閉じたとしても視界を塞ぐことは出来ないんですがね」

 悪魔に身を任せるのはいかがなものかと思ってしまったけれど、私はどう考えても真実を知ることの方が重要だと思った。お母さんの最後の姿を見届けておきたいと思ったのだ。例え、悪魔に魂を売ったとしてもソレを知ることは十分な見返りと言えるだろう。私の魔力を考えれば命なんて軽いものだろうし。

「本当に覚悟が決まっているようなんですね。その目を持っているのに魔力が弱いままだというのは不思議ですが、そんな事は私には関係ない話ですからね。では、失礼いたしますよ」

 さりげなく失礼な事を言われたような気もするのだけれど、この悪魔は私の額に指先を当てて何かの魔法を使ったみたいなのだが、そのすぐ後に私は視界が一気に狭くなって暗闇の中へと吸い込まれていった。
 実際に吸い込まれているのか、感覚的にそう思っただけなのかわからないが、暗闇を抜けた先には見たことのない町があった。私のいる町とは違うどこかの町。歩いている人も重装備で魔導士らしき人は誰一人としていなかった。
 私の意思とは別にどんどんと前に進んでいるのだが、そこには見覚えのある後姿が目に飛び込んできた。町の強そうな人たちが全員道を譲っているのも印象的だったのだが、それ以上に印象的だったのは、今まで一度も見たことが無い不気味な笑顔を浮かべているその顔だった。私の知っているみさきちゃんとは別人のようにも見えていた。
 みさきちゃんはそのまま道を真っすぐに進んでいき、多くの人が集まっている広場に着くとそのまま人混みをかき分けていった。みさきちゃんに気付いた人は驚いて避けようとしていたのだが、人が多すぎて思うように動くことが出来ないようだった。避けようとした人に押された人は不機嫌そうに振り返っていたのだが、みさきちゃんの顔を見るとみんな大きく離れようとしていた。離れようとしていたのだが、あまりにも人が多く思うように動けない人たちが押し合ってしまって将棋倒しになってしまった。
 それを見たみさきちゃんは面倒臭いというように深いため息をつくと、倒れていた人達に向かって邪魔だというような視線を送っていた。
 近くにいた人達は悲鳴をあげて逃げ惑っていたのだが、みさきちゃんが倒れている人を掴んで広場の中央に向かって投げていた。投げられた人は死んでいるように見えたのだけれど、少し経つと這いつくばって逃げ出していた。私はみさきちゃんが何をしたいのかわからないかったが、広場の中央にお母さんたちがいるのを見つけた。お母さんたちは生きているように見えるのだけれど、お母さんたちが生きているとしたらみさきちゃんの話と矛盾する。みさきちゃんが嘘をついているとは思えないのだが、一体どういうことなのだろう。私は周りを見回そうと視線を動かしたのだが、それでも私の視線はお母さんたちとみさきちゃんの姿を外すことは無かった。

 お母さんたちはみさきちゃんが助けに来てくれたと思っていたようなのだが、みさきちゃんはお母さんたちを助けに来たのではなく、一人ずつ順番に殴り殺していった。
 最後に残されたお母さんは泣きながら叫んでいたのだが、私にはその声が聞こえることは無かった。
 私が知りたかったお母さんの最後の姿は、今まで一度も見たことのないような表情で、今まで一度も見たことも無いような恐ろしい光景だった。

 こんな真実なら知らない方が良かった。
 そう思った。
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