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離島編
第二十九話 鍋の〆はうどんで良いですか?
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お鍋の準備が整っていたのは真白先生の足が遅いからではなく、忍ちゃんの手際が良すぎたからなのだ。あらかじめ切っておいた野菜や肉は鍋ごとクーラーボックスの中に入っていたのだけれど、テントや飲み物なんかは真白先生が運んでいるとはいえ忍ちゃんの荷物もそれなりに重量もあると思うのだ。それなのに、私と真白先生がここに着くまでのわずかな時間で鍋が煮えて蓋の穴から湯気が出ているというのはどういうことなのだろうか。
『忍ちゃんって随分と手際がいいんですね。私も真白先生もそんなに遅くなかったと思うんですけど、もう食べられそうですよね。私は幽霊なんで食べることは出来ないですけど』
「別に私は手際がいいってわけじゃないんだよ。野菜もお肉も切って鍋に入れて持ってきてたし、鍋のもとだって魔法瓶に入れてきちゃったからね。それに、今使ってるバーナーも高火力のちょっといいやつだからね。あっという間に火は通っちゃうかも。でも、いったん沸騰したら火を止めて味をしみこませるのが好きなんだ。鵜崎先生は出来たらすぐに食べたい派ですか?」
「俺はそんなにこだわりはないかな。ま、テントを二つ建てるまでは食べる時間なんて無いけどね。それと、ちょっと気になってたんだけど、ここって鳥島の頂上であってるよね?」
真白先生がそう尋ねた事で私はここにあるべきものが無いという事に気付いたのだ。忍ちゃんがあまりにも速く料理の準備を終わらせていたことの方が強く印象に残ってしまってそれ以外に目が向かなかったのだが、あらためて周りを見回してみるとそこにあるべきものが何もないのであった。
お社が無いのも気になるのだけれど、お社が無い時にあったあの女の人を囲むように建っていた鳥居も無いのだ。どちらも無いとただの何もない空き地になってしまうと思うのだけど、こうして見るとそこそこ広くて見晴らしもいいのでキャンプをするにはちょうどいい場所かもしれないですね。風が多少強くてもどういうわけなのか風裏になっているようで物が飛んで行く心配はなさそうだった。
「鵜崎先生ってお鍋の〆って雑炊派ですか、うどん派ですか、それ以外ですか?」
「俺は拘りないかも。みんなが食べたいものを一緒に食べてたって感じだからね。忍ちゃんはどれが好きなの?」
「そうですね。じいちゃんもばあちゃんもお鍋の時はうどんを入れてましたね。いつでも食べられるように冷凍のうどんは常備してあるんですよ。うどんを食べた後に雑炊も食べちゃうんですけど、さすがに食べ過ぎなんだろうなって思いますよ。今日は鵜崎先生がどっちを食べたいのかわからないんで両方用意してありますよ。僕は本当にどっちでも好きですからね」
「どっちもって、チャンポン麺は用意してないって事?」
「すいません。チャンポン麺は用意してないです。海鮮鍋とかやった後だとチャンポン麺で〆るのも美味しそうですね」
「そうなのよ。チャンポン麺ってなぜかお腹いっぱいでもたくさん食べることが出来るのよね。アタシも君みたいに食べ過ぎないように気を付けようとは思ってるんだけどさ、お鍋ってついつい食べ過ぎちゃんだよね」
「わかります。僕も我慢しなくちゃってわかってはいるんですけど、お鍋と焼き肉って食べ過ぎちゃうんですよね。美味しいものに罪は無いって言いますけど、それって本当だなって思いますよ。罪があるのは美味しいものじゃなくてそれを我慢することが出来ない僕自身なんですからね」
「でも、君はシュッとしてるから気にしなくていいと思うんだけどな。それよりも、たくさん食べてお肉をもう少し付けた方がそっちの男の人にも喜ばれると思うよ」
「でも、男の人って口では丸い方が好きとか言うくせに、ちょっとでもお肉がベルトとかに乗っちゃうとバカにしてくるんですよね。そう言うのって良くないと思うんですよ」
「あのさ、ちょっと気になってるんだけど、忍ちゃんって今誰と話してるの?」
「誰って、ヒナミちゃんと話してますよ。ここには僕と鵜崎先生とヒナミちゃんしかいないじゃないですか」
『そうですけど、忍ちゃんが話してるのは私じゃないですよ。私はご飯とか普通に食べること出来ませんから。鍋の〆とかよくわかってないです』
私もご飯を食べることが出来るタイプの幽霊だったら良かったのですが、残念なことに私は何かを食べることが出来ません。そもそも、この世にある物体に触れることも出来ないのです。何故か他の場所との境界線の役割を果たしている壁には近寄れないんですよね。壁には触れられないだけではなく近付くことも出来ないんですよ。
それで、忍ちゃんがさっきから鍋の話をしている人はいったい誰なんでしょうか。忍ちゃんの近くにその人がいるのだろうという事は視線の動きで何となくわかるのですが、私には声は聞こえているのにもかかわらず、その声の主の姿を見ることはできませんでした。
幽霊の声だけ聞こえる真白先生の気持ちが少しだけわかったのだけど、あまりにも聞き取りやすい声であったので姿は見えないのにそこにいることがハッキリと認識できてしまっていたのだ。
「あ、アタシが話しかけるのってまだ早かったかも。ご飯の準備している時にごめんね」
声の主は相変わらず姿を見せないままなのだが、その声から本気で謝っているという事だけは伝わってきたのである。真白先生も私と同じ気持ちなんだろうなと思ってしまっていたのだった。
『忍ちゃんって随分と手際がいいんですね。私も真白先生もそんなに遅くなかったと思うんですけど、もう食べられそうですよね。私は幽霊なんで食べることは出来ないですけど』
「別に私は手際がいいってわけじゃないんだよ。野菜もお肉も切って鍋に入れて持ってきてたし、鍋のもとだって魔法瓶に入れてきちゃったからね。それに、今使ってるバーナーも高火力のちょっといいやつだからね。あっという間に火は通っちゃうかも。でも、いったん沸騰したら火を止めて味をしみこませるのが好きなんだ。鵜崎先生は出来たらすぐに食べたい派ですか?」
「俺はそんなにこだわりはないかな。ま、テントを二つ建てるまでは食べる時間なんて無いけどね。それと、ちょっと気になってたんだけど、ここって鳥島の頂上であってるよね?」
真白先生がそう尋ねた事で私はここにあるべきものが無いという事に気付いたのだ。忍ちゃんがあまりにも速く料理の準備を終わらせていたことの方が強く印象に残ってしまってそれ以外に目が向かなかったのだが、あらためて周りを見回してみるとそこにあるべきものが何もないのであった。
お社が無いのも気になるのだけれど、お社が無い時にあったあの女の人を囲むように建っていた鳥居も無いのだ。どちらも無いとただの何もない空き地になってしまうと思うのだけど、こうして見るとそこそこ広くて見晴らしもいいのでキャンプをするにはちょうどいい場所かもしれないですね。風が多少強くてもどういうわけなのか風裏になっているようで物が飛んで行く心配はなさそうだった。
「鵜崎先生ってお鍋の〆って雑炊派ですか、うどん派ですか、それ以外ですか?」
「俺は拘りないかも。みんなが食べたいものを一緒に食べてたって感じだからね。忍ちゃんはどれが好きなの?」
「そうですね。じいちゃんもばあちゃんもお鍋の時はうどんを入れてましたね。いつでも食べられるように冷凍のうどんは常備してあるんですよ。うどんを食べた後に雑炊も食べちゃうんですけど、さすがに食べ過ぎなんだろうなって思いますよ。今日は鵜崎先生がどっちを食べたいのかわからないんで両方用意してありますよ。僕は本当にどっちでも好きですからね」
「どっちもって、チャンポン麺は用意してないって事?」
「すいません。チャンポン麺は用意してないです。海鮮鍋とかやった後だとチャンポン麺で〆るのも美味しそうですね」
「そうなのよ。チャンポン麺ってなぜかお腹いっぱいでもたくさん食べることが出来るのよね。アタシも君みたいに食べ過ぎないように気を付けようとは思ってるんだけどさ、お鍋ってついつい食べ過ぎちゃんだよね」
「わかります。僕も我慢しなくちゃってわかってはいるんですけど、お鍋と焼き肉って食べ過ぎちゃうんですよね。美味しいものに罪は無いって言いますけど、それって本当だなって思いますよ。罪があるのは美味しいものじゃなくてそれを我慢することが出来ない僕自身なんですからね」
「でも、君はシュッとしてるから気にしなくていいと思うんだけどな。それよりも、たくさん食べてお肉をもう少し付けた方がそっちの男の人にも喜ばれると思うよ」
「でも、男の人って口では丸い方が好きとか言うくせに、ちょっとでもお肉がベルトとかに乗っちゃうとバカにしてくるんですよね。そう言うのって良くないと思うんですよ」
「あのさ、ちょっと気になってるんだけど、忍ちゃんって今誰と話してるの?」
「誰って、ヒナミちゃんと話してますよ。ここには僕と鵜崎先生とヒナミちゃんしかいないじゃないですか」
『そうですけど、忍ちゃんが話してるのは私じゃないですよ。私はご飯とか普通に食べること出来ませんから。鍋の〆とかよくわかってないです』
私もご飯を食べることが出来るタイプの幽霊だったら良かったのですが、残念なことに私は何かを食べることが出来ません。そもそも、この世にある物体に触れることも出来ないのです。何故か他の場所との境界線の役割を果たしている壁には近寄れないんですよね。壁には触れられないだけではなく近付くことも出来ないんですよ。
それで、忍ちゃんがさっきから鍋の話をしている人はいったい誰なんでしょうか。忍ちゃんの近くにその人がいるのだろうという事は視線の動きで何となくわかるのですが、私には声は聞こえているのにもかかわらず、その声の主の姿を見ることはできませんでした。
幽霊の声だけ聞こえる真白先生の気持ちが少しだけわかったのだけど、あまりにも聞き取りやすい声であったので姿は見えないのにそこにいることがハッキリと認識できてしまっていたのだ。
「あ、アタシが話しかけるのってまだ早かったかも。ご飯の準備している時にごめんね」
声の主は相変わらず姿を見せないままなのだが、その声から本気で謝っているという事だけは伝わってきたのである。真白先生も私と同じ気持ちなんだろうなと思ってしまっていたのだった。
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