【R18】除霊の代金は体で支払ってもらうので気にしないでください

釧路太郎

文字の大きさ
上 下
46 / 64
離島編

第十八話 【R18】気持ち良いのは胸だけじゃないはず

しおりを挟む
 火曜日の朝。

 慧一は早めに家を出て、会社の駐車場で峰子を待つことにした。

 電話やメールより、直接会って話がしたい。

 会社は明日から夏季休業に入る。彼女をデートに誘って、その時に話してもいいのだが、一日でも早く伝えたかった。

 峰子は普段、慧一より十五分ほど早く出勤している。今朝も、いつもと同じ時間に彼女は現れた。

 慧一は駐車場前の坂道に立ち、歩いてくる彼女をじっと見つめた。

 お下げに眼鏡。白いブラウスと紺のタイトスカート。真面目な会社員として、隙のない通勤スタイルだ。

 峰子はまだ慧一に気付かない。

 トートバッグの持ち手をぎゅっと握りしめ、俯きかげんで歩く彼女は、どこか緊張しているように見える。


 かなり近付いてきたところで、峰子が顔を上げた。坂道で待つ慧一を見つけると、たちまち笑顔になる。


「慧一さん、おはようございます!」


 元気よく挨拶し、駆け寄ってくる。さっきとは打って変わって、明るい印象だ。


「そんなに慌てるなよ。転ぶぞ」


 思わず微笑み、慧一も彼女のほうへと歩き出した。


「体調はよさそうだな」

「はい。あの、絶好調です」


 峰子はガッツポーズを作った。ユーモラスな仕草に慧一は目を細め、彼女の顔をあらためて見つめる。

 今日も唇が紅い。
 よく見ると、メイクもいつもより丁寧にほどこされていた。

 慧一は反射的に若い営業マンを思い出すが、すぐに打ち消す。


 二人は並んで歩き出した。


「今朝は早いんですね」

「ああ。君に言っておきたいことがあって、待ってたんだ」

「私に?」


 峰子が不思議そうな顔で、慧一を見上げる。


「あのな、峰子」

「はい」

「俺、転勤するかもしれん」

「え……」


 峰子のパンプスが止まった。


「遠くですか」

「うん」


 少し時間が早いと、出勤してくる社員もまばらである。今、ここは二人きりの坂道だった。

 静かな空気を震わせ、峰子が訊ねる。


「国内、ですよね」

「……いや」


 慧一はイギリス工場の所在地を教えた。

 峰子は声を上げそうになったのか、口元を抑える。


「まだ本決まりじゃないけど、多分、行くことになると思う。状況が変わらない限り」


 駐車場から会社の正門まで、徒歩五分。

 こんな短い距離で伝えるのは、無理があったかな。

 慧一は少し後悔するが、こうなっては仕方ない。かえって自分に発破をかけることが出来て幸いだ。と、ポジティブに考える。

 立ちすくむ峰子に一歩近付き、昨夜からずっと考えていた言葉を口にした。


「一緒に来ないか」

「……」


 彼女は驚きのあまり、ものも言えずに固まっている。瞬きもせず、彼女の周りだけ時が止まったかのよう。

 予想を上回る反応だった。


「よく考えて、返事をしてくれ。待ってるから」


 慧一は峰子の肩に手を置いてから、先に歩き出した。

 正門に着くまでの途中、何度か振り向こうと思った。

 だが出来なかった。

 峰子がどんな表情かおでいるのか、確認するのが怖い。昨夜はあれほど意気込んで、この申し込みを計画したのに、いざとなると自信がなくなる。

 あんな反応をされると、自分の思いどおりに事を運ぶなど、とても無理な話ではないかと、怯んでしまう。

 しかし、慧一は考える。

 あんな峰子だから俺は好きになったのだ。惚れてしまったのだ。

 もうあとは彼女の判断に任せるしかない。どんな答えでも受け入れよう。


 慧一は心を決めると、真っ直ぐに前を向いて門を潜った。



◇ ◇ ◇



 峰子はいつのまにか更衣室にいた。

 自分のロッカーの前でぼんやり考えている。


(私は、両親……特に母親に対して、一度だけ自分の意思を通した。高校卒業後は就職するという進路選択。学校という枠が苦しくて、中学の頃から、早く外に出て働こうと思っていたから)


 念願かなって勤めることが出来たこの会社は、峰子にとって大切な居場所である。そして、就職して最も幸運に思ったのは、滝口慧一と出会えたことだ。

 親の言うなりに進学していたら、彼との接点は失われ、一生彼を知らずに過ごしただろう。そんな恐ろしくて悲しい人生、想像したくもない。


 ぼんやりと制服に着替え、更衣室を出た。

 組合事務所のカウンター内にある自分の席に、無意識に座った。いつもの流れ、いつもどおりの動作。



(何も考えなくても、この場所に、当然のようにたどり着くことが出来る。これが私の安定した日常。さっきまでずっと幸せで、いつまでもこの生活が続くと思っていたのに……)


 大切な居場所と、大好きな人。

 その二つが離れ離れになるなんて、峰子の考えにまるでなかった。


 峰子はデスクに置かれた広報誌を、何となく開いた。ある社員がハネムーンに出かけたという記事に目が留まる。

 若い男女が幸せそうに寄り添っている。

 背景は外国の風景。

 遠い、海の向こうの国……

 峰子は海外旅行をしたことが無い。でも、いつか行ってみたいと思う。世界中の博物館や図書館を巡りたいという夢がある。


 ――そんな一人旅が夢です。


 朝礼でのスピーチを思い出す。あの時は、本当にそう思っていた。

 一人旅が気楽で、望ましいと。

 でも、今は……


 峰子は広報誌を閉じると、デスクに突っ伏した。

 そろそろ朝の掃除を始めなければ。でも、体が動かない。

 頭の中は、あの人のことでいっぱいだ。このところずっとそう。何をしていても、あの人のことが頭に浮かぶ。胸を締め付ける。

 ついさっきも、坂道で私を待つ彼を見つけた時の、嬉しさ、幸せな気持ち。

 あの人に伝わっただろうか。


 一緒に来ないか――


 耳に心地よい温かな声。

 峰子は顔を上げる。泣きそうだった。

 どうして「はい」と言えないのだろう。

 自分の意気地のなさに、彼女は再びくじけて顔を伏せてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

ill〜怪異特務課事件簿〜

錦木
ホラー
現実の常識が通用しない『怪異』絡みの事件を扱う「怪異特務課」。 ミステリアスで冷徹な捜査官・名護、真面目である事情により怪異と深くつながる体質となってしまった捜査官・戸草。 とある秘密を共有する二人は協力して怪奇事件の捜査を行う。

処理中です...