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離島編

第十三話 おばあさんと八基の鳥居

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 おばあさんの部屋はまるで神社に来たかのような作りになっていた。幽霊である私が入っていいのか躊躇してしまっていたのだけれど、おばあさんが私にも中に入るようにと優しく言ってくれたので信じて中へと入って行くことにしたのだ。
「さっきはすまなかったね。てっきり忍に悪さでもするのかと思ってたからね。でも、よくよく考えてみると先生と一緒にいるんだから悪さするはずも無いって気付いたんだよ」
『謝らないで大丈夫ですよ。でも、私の姿がハッキリ見えてるんですか?』
「今はハッキリと見えていますよ。この部屋だと見えにくいものも見えるようになるんでね」
『そうなんですか。でも、この部屋ってあまり生活感ないですよね。ここでいつも過ごしてるんですか?』
「まさか。ここは特別な時にしか入らないよ。今日は鳥島で何があったか教えてもらいたくてね。私が知っている事と同じモノを見たんだとしたら、教えなくちゃいけないこともあるって事だからね。伝八から軽くは聞いているけど、あんた達三人からもちゃんと教えてもらわないといけないからね」

 私も真白先生も忍さんもあの島の頂上で何を見たかは説明した。見た後で忍さんが何をしたのかはさすがに言わなかったのだけれど、おばあさんは頂上にあった鳥居の話を聞いて少し困ったような顔をしていた。
「あんた達が見た八基の鳥居の高さは腰くらいだったって事なのかい?」
「そうですね。私もヒナミも立ったままくぐるのは無理でしたからね。僕の腰よりは少し低いくらいでしたけど」
「膝くらいの高さではなく、腰までの高さがあったって事で間違いないんだね?」
「うん、間違いないよ。僕もそう感じたし。膝くらいの高さだったら中を見てみようなんて思わないだろうしね」
「いつの間にかそんな時期になっちまったって事なんだね。あんた達が見た女の人って、恨みのこもった目で見てきていたかい?」
『そう言う目ではなかったと思いますよ。どちらかというと、私たちにあまり関わりたくないと言った感じだったような気がします』
 おばあさんは私の言葉を聞いて目を見開いて驚いていました。それを目の前で見た私も少し驚いてしまいましたが、真白先生と忍さんはあまり気にしていない様子でした。
「水神様があんた達に対して何を思ったのかわからないけど、もう以前の時の恨みは残ってないって事なのかもね。それがわかっただけでもあんたを呼んだ甲斐があったってもんだね」
「それって、どういう意味なの?」
 おばあさんの言っている事が理解出来ないのは私だけではなく忍さんも同じだったようで、私の代わりに忍さんはおばあさんに色々と聞いてくれていた。
 そこでわかった事なのだが、真白先生がこの島に呼ばれたのは鳥島にいる水神様の祟りを鎮める方法を探すためだったそうだ。
 なんでも、忍さんのお母さんもおばあちゃんも水神様の祟りを鎮めるために犠牲になったそうで、そう遠くない将来に忍さんが子供を産んだ時にはその二人と同じように水神様に命を捧げなくてはいけないという事になっている。だが、その風習をいつまでも続けることは出来ないと思った島の多くの人が鵜崎家に救いを求めてきたところ、女性では水神様を説得することが出来ないという事がわかって真白先生が派遣されるという事になったそうだ。
 ただ、真白先生が水神様を説得出来るとは到底思えないのだけれど、解決に向けて何かのきっかけになればいいくらいの気持ちで行かされたのだと後で聞いた時には真白先生も少しだけ怒っていたように見えたのだった。
「でも、僕と鵜崎先生しか頂上にある鳥居を見てないんだけど、信じても平気なの?」
「そりゃ信じるさ。鳥島にあるのは鳥居じゃなくて社祠だからね。それなのに、あんた達は頂上にあるのが鳥居だと言ったじゃないか。それも、何かを守るように八基の鳥居が建っていたのを見たという事は、水神様に招かれたって事だからね。ばあちゃんも若い時に一度その光景を見た事があったんだけど、その時の水神様はとても恐ろしい顔でこっちを見てたんだよ。あの顔は今思い出しても恐ろしくて震えあがっちまうけど、あんたらが見たのはそうじゃなかったって事なんだからね。もう、水神様の祟りに怯えなくても良くなるって事なのかもしれないよ」
『よくわからないのは私だけなのかもしれないですけど、水神様の祟りが無くなるって事は真白先生がここに来た意味も無かったって事になるんじゃないですか?』
「そんなことは無いさ。水神様の様子を確認してもらえるってだけで来てもらえた価値はあったって言えるからね。忍のとこのじいさん以外は水神様の事なんて何とも思っていないんだろうけどさ」
「僕も水神様の事はちゃんと聞いた事ないけど、そんなに怖い神様なの?」
「いいや、怖い神様なんかじゃないよ。海を守ってくれる神様だし、漁に出たみんなが無事に戻ってっこれるように願ってくれる神様だからね。ただ、十年に一度生贄を捧げないといけないという決まりがあるんだよ」
『十年に一度の生贄って、今年がそうだって事ですか?』
 私の質問を聞いたおばあさんはまた驚いていたようなのだけれど、私はあんまり話しかけない方が良いのだろうか。幽霊なんだからあまりでしゃばるなよと言われても仕方ないと思うけれど、ここの神様がどんな感じなのか気になっているのだから仕方ないよね。
 真白先生も忍さんもそこのところにあまり興味もなさそうだし、私が聞かないと肝心な事をちゃんと理解することが出来なくなりそうだもんね。
 おばあさんは私たち一人一人の顔を見てから小さく息を吸って、何も知らない小さな子供に言い聞かせるような感じで優しく語り掛けてきた。
「いや、生贄を捧げる必要があるのは今年じゃないんだよ。必要があったのは、十年前なんだよ」
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