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 オーナーとイザーさんとボクの三人で過ごすことが多くなっていた。
 元の世界ではそれなりに生徒さん達との交流もあったりして寂しいという思いはほとんどないのだけど、こちらの世界では誰一人としてボクの淹れたコーヒーを飲みに来てくれなかった。
 店長とボクのコーヒーにそんなに違いは無いと思うのだけど、こちらの世界の人達はボクが淹れたコーヒーは絶対に飲んでくれないのだ。

「オーナーは店長がもうこの世界にはいないのになんでこの世界にこだわってるんですか?」
「この世界にはお兄ちゃんが残してくれた大切なものがあるからね。お兄ちゃんが生きていた証がこの世界にはたくさん残っているんだよ」
「そんな事言ってもお兄さんを殺しちゃったのはうまなちゃんなんだよ。うまなちゃんがお兄さんを殺さなかったらもっとたくさんの思い出が出来たんじゃないかな」
「そうは言うけどさ、あの時の私はどうかしてたんだと思うよ。あの時はお兄ちゃんを絶対に勇者にしてはいけないって謎の使命感があったんだけど、それってなんでだったんだろう?」

 険しい顔をしながらボクの淹れたコーヒーを飲むオーナー。ボクは店長に習ったとおりに豆を焙煎して挽いているし、お湯だって店長に教えて貰った温度だし注ぎ方だって全く同じようになっているはずなのに、飲む人はみんな違うと口をそろえているのだ。
 ボクと店長の違いなんてコーヒーにかける情熱くらいなものだと思うのだけど、その情熱がそこまで味に違いなんてうまないとは思うのだが、ボクが思っている以上にコーヒーにかける思いというのは大切なものなのかもしれないな。

「お兄さんを真の勇者にしてはいけないって思ってるのって、何か困ることでもあったのかな?」
「お兄ちゃんが勇者になっても私としては何も困ることは無いと思うんだけどね。私が魔王を瀕死に追い込んでお兄ちゃんにとどめを刺してもらうってだけの話だからね。愛華も瑠璃先生も柘榴ちゃんもみんないなくなっちゃった今、魔王を追い込めるのって私だけしかいないもんね」
「三人の力を貰ったうまなちゃんは今まで以上に強いからね。一人だったとしても四人分以上の力は出せちゃうんじゃないかな」

「それって、オーナーが皆さんの力と能力を貰ったって事ですよね。だとしたら、店長の勇者としての力と能力も貰ってるって事なんじゃないですか?」
「それがそううまくいかないんだよ。珠希がそう思っても仕方ないんだけど、うまなちゃんが手に入れることが出来るモノと手に入れることが出来ないモノがあって、お兄さんの力ってのはうまなちゃんと正反対の属性だからどう頑張っても手に入ることはないんだ」
「正反対の属性って、勇者の反対って事は、もしかして」
「おっと、それ以上は口に出さない方がいいと思うよ。この世界は察しがいい人から順番に消えていくって噂だからね。愛華は頭が良すぎてアレだったし、お姉ちゃんも勘が鋭くてアレになっちゃったし、柘榴ちゃんも見抜いちゃったからアレになっちゃったんだよ。お兄さんは別の意味でアレだったんで助かると思ったんだけど、うまなちゃんの中に眠る想いがお兄さんの事を拒んでしまったんだよね。私としては、お兄さんともう少し一緒に居たかったって思ってたけど、うまなちゃんがそうしたくなかったんだから仕方ないよね」

 イザーさんもボクが淹れたコーヒーを飲むことをためらっている。この人の場合は店長が淹れたコーヒーもあまり飲んでいなかったのでコーヒー自体が好きじゃないのかもしれないけど、それでもボクの淹れたコーヒーを飲み干してはくれていた。

「そう言えば、イザーさんって他の世界を行ったり来たり出来るじゃないですか。なんでみんなでそれをしないんですか?」
「なんでって、私以外の人が私みたいに頻繁に移動すると体が壊れちゃうからだよ。怪我するとか病気になるって意味の壊れるじゃなくて、文字通り体が壊れちゃうって事ね。珠希はみんなと違って多少は耐性もあるから大丈夫だったんだけど、今のうまなちゃんを連れて一緒に他の世界に行ったとしたら、うまなちゃんの体はパズルのピースみたいにバラバラになっていろんな世界に散らばってしまうかもしれないね」
「普通の人間だとどんなに強くても耐えられないって事ですか?」

「その通り。次元を超える移動に普通の人間は耐えられないんだよ。珠希は真空状態でも灼熱状態でも極寒状態でも一週間くらいは生存できると思うけど、普通の人間にはそれは不可能なんだよ。生身の状態でそれに耐えられるのなんて珠希以外には三種類くらいしか知らないけどさ」
「ボクって頑丈だなとは思ってたんですけど、そんなに特別だったんですね。自分じゃ気付かないもんなんですね」
「そういうものなのかもね。ねえ、私が言うのも変だとは思うけど、イザーちゃんは新しいお兄ちゃんを連れてきてくれないの?」
「お兄さんの場合はちょっと時間がかかるんだよね。他の人だったらそんなに悩むことはないんだけど、お兄さんはよほど慎重に選ばないと大変なことになっちゃうんだよ」

「何がそんなに大変なの?」

「何がって、お兄さんの性質によっては世界の様相ががらりと変わってしまうからね。お兄さんが悪に振り切っていたとしたら、全世界とお兄さん一人が戦うことになるんだよ」
「全世界とお兄ちゃん一人だったらどうとでもなりそうだけど。だって、こんな言い方したらあれだけど、お兄ちゃんって全然戦いに向いてないと思うんだよね」
「それなんだけど、お兄さんの戦闘能力って心が善か悪かで強さが変わってくるんだよ。今まで見たいに善に振り切ってると戦闘にはほとんど役に立たないって事になるんだよね。元々の力があるから魔王を倒すことは出来るんだけど、二人が知っているお兄さんはそれだけだったりするんだ。それで十分だって話ではあるけどね」

「私たちの知らないお兄ちゃんって、ちょっと興味あるかも。ねえ、どんなお兄ちゃんがいるのかな?」
「そうだね。ちょっとでも悪に傾いていると、うまなちゃんがクシャミしちゃっただけで殺されちゃうかもね」
「それってヤバいね。クシャミなんて普通にしちゃうよ。じゃあ、良いお兄ちゃんを探さないとね」
「そういう話になるんだけど、それがなかなか簡単にはいかないのだよ。今まで見たいに気軽に冗談も言えるようなお兄さんって相当レアなんだよね。基本属性が悪い人だから良い人を探すのって大変なんだよ。ほら、いじめられても抵抗しないで引きこもっちゃうような優しい人ってほとんどいないんだよね。探し出すのに結構時間かかっちゃうかもね」
「そんなにかかるもんなんですね。探すのに疲れたらここに来てくださいよ。イザーさんの好きなモノ作りますから」

「ありがとう。珠希はお兄さんと一緒で優しい人で助かるよ。じゃあ、気合入れてお兄さんを探してくるかな」
「私が言うのもおかしな話だけど、よろしくお願いします。次はお兄ちゃんを殺さないように気を付けるから」
「気を付けてくれるのは嬉しいけど、お兄さんが勇者だとしたらそれは難しいかもね。だって、うまなちゃんって」
「私がどうかしたの?」

「いや、これはまだ話さない方がいいかも」
「ちょっと、そんな言い方したら気になるでしょ。ちゃんと教えてよ」
「それはまたの機会にね。じゃあ、私はちょっとお兄さんを探してくることにするよ」
「無理しないで頑張ってね」

「うん、無理はしないで頑張ってくるよ。この世界の時間で349京2413兆4400億年くらい探してみたら見つかると思うよ。桜の花が散ったころにはお兄さんを連れてこられると思うよ」
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