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勇者の試練

勇者の試練 第九話

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 俺の座った椅子が偶然にも当たりだったらしく、何事もなく座っている俺を男は不思議そうに見ていた。
 今まで自分の事を運がいいとは思ったことなんて無かったけれど、ここに来て今まで溜まっていた運が解放されたのかと思うと、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなくなってしまっていた。

「ちょっと待て、なんでお前はソレが普通の椅子だと気付いたんだ?」

 男がそう聞いてきたことに少し驚いたが、それ以上に驚いたのは本当に普通の椅子があったという事だ。
 俺は話を聞いた時は男が座っているあの椅子以外は全部罠が仕掛けられていると思っていた。俺があいつなら絶対に自分が座る椅子以外は罠を仕掛けると思っていたからだ。

「なんでって言われてもな。たまたま近くにあったから、かな」
「そんなふざけた理由で俺の罠を避けることが出来るはずがないだろ。たまたまとか偶然とか奇跡とかそんなモノはありはしないんだ。絶対にありえない」
「そうは言われてもさ、こうして俺は座れているんだから問題ないでしょ」

 俺が普通に座ったことで男は怒っているのと思ったのだが、怒りとは違う感情も色々と見せてきていた。
 愛華ちゃんも俺を見て驚いていた。その後に安心したのかホッと息をついてた。

 さて、これからどうするべきかと考えていたのだが、目の前にあるアイスカフェオレを飲むことにしよう。
 愛華ちゃんにも飲んでもらいたいところではあるけれど、この席を離れることは良くないような気がして俺はそのまま座って二人の様子を見守っていた。

「おい、お前はたまたま近くにあったから座ったと言ったが、そんなはずはないんだ。この椅子は俺以外のやつが座ると拘束されるように出来ているんだ。お前はお前で俺ではないはずなのに、どうしてお前は俺みたいに座ることが出来ているんだ。そんなはずはないのに、お前はどうして俺の椅子に座ることが出来ているんだ」

「言ってることがめちゃくちゃだが、あんたの言ってることを信じるのなら、当たりの椅子が無かったという事になると思うんだが」
「当たりの椅子は存在している。俺がこの椅子を離れて新しい椅子に座っても罠は発動しない。俺が当たりを引くための鍵になっているから当たりの椅子はいくつでも存在することになるんだ。それなのに、なんで鍵ではないお前が当たりを引くことが出来ているんだ」

「なんでって言われてもな。俺も知らんが」
「理由もなく当たりを引けるわけがないだろ。俺でもタイミングを間違えることがあるというのに、お前みたいな何のとりえも無いような男が俺の世界で正解にたどり着くことが出来るわけがないんだ。お前みたいなふざけた野郎は罠なんてかけなくてもこの手で殺してやる」

 俺に文句を言いながら飛びかかってきた男は俺の目の前で何かに思いっきり押されたような感じで壁まで吹っ飛んでいってしまった。
 吹っ飛んでいった男は強い力で押さえつけられたかのように壁にめり込んでいたのだった。

 「すいません。休憩所だと思って油断してしまってました。次からはこんなことにならないように気を付けますね」

 愛華ちゃんは俺の隣に来てアイスカフェオレを手に取ると、テーブルに腰を下ろしてゆっくり味わいながら飲んでいた。
 いつの間にか解けた拘束にまた引っかかるわけにはいかないという思いがあって椅子には座らずにテーブルに座っているのだろうが、その理由を知らなければマナーの悪い人に思われてしまいそうだな。

「美味しい。真琴さんの作ったアイスカフェオレ凄く美味しいです。もう一杯飲みたいところではありますが、あまりゆっくりしていると次の人が待つ時間伸びちゃいますよね。次に戻ってきてるのは誰なんでしょうね。瑠璃先生か柘榴さんのような気がしてますよ。うまなさんはちょっと時間がかかりそうな感じでしたからね」
「それよりも、いつの間に拘束が解けてたの?」

「真琴さんがその椅子に座った時には解けてましたよ。おそらくなんですが、あの男の人以外の誰かが椅子にちゃんと座ることが出来ればいったんリセットされるような仕組みになってたんだと思います。それじゃないとただのズルい技になっちゃいますからね。技なのかギミックなのかわからないですけど」
「そうだったんだ。とにかく、愛華ちゃんが無事でよかったよ。愛華ちゃんが酷い目に会ったらどうしようかなって不安だったからね」

「ありがとうございます。でも、私の事は心配してくれなくても大丈夫ですよ。ほら、私って真琴さんより強いですから。動けなくても何とかできたと思いますし」

 動けなくても何とかできるというのはどういう意味なのだろう。
 俺の疑問に愛華ちゃんは答えてくれたのだが、愛華ちゃんは俺が気付かないうちにこの部屋にいくつかの仕掛けをしていたらしい。
 自分に何かあった時のために銃をいくつも隠していて、視線と瞬きの回数で発射できるようにしていたという事だ。

 ただ、残念なことにあの男の射線上に俺もいたという事で一発も撃てなかったという事なのだが、そんな時には俺の事なんて気にしないでくれていいのにという事は伝えておいた。
 でも、愛華ちゃんはそんなことは出来ないと笑っていってくれた。

「真琴さんを守るために私がいるのに、そんな私が真琴さんを撃っちゃったらここにいる意味が無くなっちゃいますよ」

 そんな事はないんだよ。そう言いたかった俺ではあったけれど、愛華ちゃんの真剣な目を見ていたら、そんな事はとてもではないが言えなかった。
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