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引きこもりからの脱却

第五話 瑠璃の親友

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 初めて来た焼鳥屋はテレビで見たことがある焼鳥屋とあまり変わらなかった。想像していたよりも騒がしくて暑い気もするけれど、これはこれで楽しいところである。
 何を頼んでいいのかわからないのでメニューにある物を手あたり次第に注文してると瑠璃が呆れたような顔で俺の顔をじっと見ていた。

「そんな馬鹿みたいに頼まなくても良いって。食べきれる分だけ頼もうよ。それにしても、兄貴ってお酒強いんだね。家で隠れて飲んでたりするの?」
「いや、初めて飲んだ。ニートだった俺が酒を飲めるわけないだろ。瑠璃は酒飲まないのか?」

「ああ、そうだね。兄貴はニートだったからお酒を買うお金もないもんね。私は酔っぱらうと面倒くさいってよく言われるからお酒は止められてるんだ。西ちゃんに瑠璃は人前でお酒を飲んだらダメだからね。特に、男がいる前では飲んじゃだめだよ。ってきつく言われてるんだよね。怖くてどんな感じになってるのか聞けてないんだけど」

 うちの両親も家で酒を飲んだりしていないので酔っ払いというのは想像上の生き物なのかと思っていたこともあった。だが、こうして焼鳥屋にきて他の客を見ていると案外酔っ払いなんてその辺に普通に生息しているんだなと知ることが出来た。

「あ、その後ろ姿はやっぱり瑠璃だ。でもえらいぞ、私の言った通り男の前ではお酒飲んでないんだね」

 いきなり話しかけてきた女子が瑠璃と俺の事を交互に見比べていた。目つきが普通でないところを見ると、この女子も酔っ払いの一種なのだろう。

「あんたもついに男を見つけたんだね。知り合った時からずっとお兄ちゃんの事が好きだ好きだって言ってたあんたも社会に出ることをきっかけに男を作るなんて意外だわ。あれだけ好きだって言ってたお兄ちゃんの事を諦めたって事だね」
「ちょっと、余計なこと言わないでよ」

 瑠璃の声が大きかったため店内が一瞬静まり返ったのだが、酔っ払いたちは少し時間が経つと自分たちの世界へと戻っていったようだ。それにしても、瑠璃がこんなに大きな声を出せるなんて知らなかったな。これくらい大きい声を出せるのであれば生徒から舐められることもないかもしれないな。

「ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ。彼氏さんも気を悪くしないでくださいね。私と瑠璃って昔からずっと一緒に遊んでたんですよ。それで、この子ってずっと彼氏作らなかったから心配してたんですよ。でも、彼氏さんってなんか良い人そうだから任せられるかもって勝手に思っちゃったんです」

「いや、俺は瑠璃の彼氏じゃないけど」

 そう言えば、瑠璃は休みの日も学校が終わった後もずっと家にいたような気がする。自分の部屋にこもっているときももちろんあったけれど、毎日ほんの少しの時間でも俺の部屋に遊びには来ていたな。そんな感じだと確かに彼氏がいないというのも納得出来るけど、お兄ちゃんが好きだって言うのは何の冗談なんだろう。家ではそんなそぶりは一度も見せたことなんて無いよな。むしろ、俺の事を馬鹿にしている記憶しかないのだが。

「もう、本当に余計なこと言わなくていいから。ほら、西ちゃんの彼氏が一人で寂しそうにしてるよ」

 西ちゃんというのは瑠璃との会話で何度か聞いたことがある名前だった。俺にはいない親友というやつなんだろう。さっきの話を聞いても瑠璃の事を心配してくれているというのは伝わってきた。俺も妹の親友に会って挨拶も出来ないようじゃこの先やっていけないだろう。そう思って俺は簡単に挨拶をすることにした。

「いつも妹がお世話になっているみたいでありがとうございます。瑠璃の兄の真琴です」

 変なタイミングで自己紹介をしてしまったからなのか西ちゃんは固まっていた。

「あ、お兄さんだったんですか。瑠璃と小学生の時から仲良くさせてもらってる西野双葉です。さっきのは冗談なんで気にしないでください。酔っ払いのたわごとなんで気にしないでくださいね」
「もう、西ちゃんの彼氏スマホいじってるよ。浮気してるかもしれないから戻った方がいいって」

「あ、うん。なんか、ごめんね」

 台風のような西ちゃんが自分の席に戻っていったのだが瑠璃は何度もため息をついていた。自分の親友がいるのだったら一緒に飲めばいいのにと思ったのだが、瑠璃は下を向いてため息を何度もついていた。

「どうした?」
「もう、最悪」

 瑠璃はそう言いつつ俺の飲みかけの日本酒を一息で飲むとお猪口に注ぎなおしてまた一気に飲み干していた。

 お酒は飲まない方がいいって言われていたはずなのに飲んで平気なのかと思って見ていたが、特に何か変化があるようでも無かったので俺は深く考えないことにした。


 結局その後もお酒を追加して二人でたくさん飲んでしまったのだが、瑠璃はちょっと足元がふらふらしているくらいで意識ははっきりあるようだった。

 歩くのが無理であればタクシーで帰ることも考えていたけれど、瑠璃はタクシーだと吐いちゃうかもしれないと言うので仕方なく歩いて帰ることにした。そこまで家から離れていない場所なので歩くこと自体は問題ないのだが、若干肌寒いので少しだけ歩くのが面倒に感じてしまった。

 初めて飲んだお酒は意外と酔わないものなんだと思ったけれど、俺よりも少ない量子化飲んでいない瑠璃がちょっとふらふらになっているのを見ると個人差があるのだという事を学ぶことが出来た。お酒を飲む機会がこれから増えるかもしれないけれど、俺は意外とそういう場でも困ることは少ないのかもしれないな。

「あ、私の家ココだから。ここまででいいよ」
「何言ってんだ。俺も同じ家だろ」
「そっか、今日はまだお兄ちゃんも同じ家だったね。引っ越すのまだだったね」

 酔っぱらって帰ってきた瑠璃を見た両親は特に慌てることもなくいつもと変わらない様子だった。俺が知らないだけで瑠璃がこうして酔っぱらって帰ってくることもあったのかもしれないと思った俺はそのまま瑠璃を支えながら階段を上っていった。

「ねえ、お兄ちゃん。引っ越す前に一緒に寝ようよ。ねえ、いいでしょ?」
「はいはい、わかったわかった。今から瑠璃の部屋に連れて行くからちゃんと着替えて寝るんだよ」
「うん、お着替えして待ってるね」

 瑠璃は手を振りながら自分の部屋へと入っていった。こんなに機嫌のいい瑠璃を見るのはいつ以来だろう。手を振られたのだって幼稚園くらいまで遡るのではないかと思っていた。
 俺はそのまま自室に戻って荷物の最終確認を済ませてから着替えて寝ることにした。

 今週は色々なことがあったけれど、今日の瑠璃の姿が一番印象的だったなと思うと何だかおかしくて笑ってしまいそうになっていた。

 次にいつこのベッドで眠る日が来るのかと考えると少し感傷的になってしまったけれど、そこまで遠い未来の話ではないだろうと思って見たりもした。

 連休があれば帰ってくることもあるだろう。その時は瑠璃がいてもお酒は飲まないようにしようかな。そう考えながら俺は眠りに落ちていったのだった。
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