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第九十一話 三人はまだ戻ってきていなかった

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 お土産を買って帰ってきたのだけれど、愛ちゃん達はまだ戻ってきていないようだ。もうすぐ晩御飯の時間だというのに戻ってきていないのはおかしいと思うのだけれど、旅館の人に聞いた話ではお弁当なども持って行っていないにもかかわらずお昼にも戻ってきていなかったそうだ。
 この辺りにはコンビニやレストランなんかも無いし個人商店は何件かあるみたいだけれどそこに連絡をして聞いてみても三人が立ち寄ったという事も無かったようだ。朝に軽くご飯を食べただけの三人が何も食べずにこんな時間まで何をしているのだろうという思いもあったけれど、それ以上に神社で何かあったんじゃないかという心配が大きかった。
 誰にも言っていなかったけれど、私は神社で何か自分たち以外の気配を感じていたし、神社から帰る時に何者かに見られているような感覚もあったのだ。
「ねえ、まだ帰ってきてないって事は何かあったのかもしれないし探しに行った方が良いんじゃないかな?」
「そうだな。唯もその方が良いと思うよね?」
「そうね。でも、心配しなくてももうすぐ帰ってくると思うよ」
 右近は三人の事を心配しているのがわかるけれど、唯ちゃんは特に心配している様子も見られなかった。自分の好きな人と親友といとこが行方不明になっているかもしれないというのにこの落ち着きようはいったい何なんだろうという気持ちになってしまう。
「唯ちゃんは三人の事が心配じゃないの?」
「え、心配はしてるよ。でも、あの神社に行ったんだったら大丈夫だと思う。ここから一本道で道に迷うことは無いと思うし、この辺りには猛獣とかもいないしね」
「そうなのかもしれないけどさ、お昼も食べないで夜になっても帰ってきてないなんておかしいって思わないのかな。三人が遭難してるって可能性もあるんじゃないの?」
「遭難する事も無いと思うよ。遭難するとしたら蛍を見に行った場所まで行って奥にある滝を越えた先の崖まで行くと思うんだけど、そこまで行く理由も無いしね。仮に崖まで行ったとしてもあそこはこの辺の人の散歩コースになってるから誰かに止められると思うんだ。映画の撮影があったくらいにあの辺りで事故があってね、それ以来誰か彼かが散歩がてら見回りをしているようになってるんだよ。この辺の人は自分たちの住んでいる地域で誰かが事故に遭うのが嫌なんでそう言う見回りを定期的にしてるんだよ。千雪ちゃんを見たら誰かがここに連絡をしてくれてるみたいなんだけど、今日はソレも無いから神社にしか行ってないんじゃないかな」
「納得は出来ないけど、唯ちゃんの言ってることはわかったよ。でも、私は三人が心配だから神社に行くだけでも行った方が良いんじゃないかなって思う。もしかしたら、熱中症とか脱水症状で動けなくなってるって事もあるとは思うし」
「その可能性はわずかにあるかもしれないかも。お水はみんな持って行ってるとは思うんだけど、それだけじゃ足りないって可能性もあるかもしれないしね」
「じゃあ、完全に暗くなる前に行かないとね。急いで準備しないと」
 私は部屋に戻って山に行く準備をしていた。準備と言ってもスカートをパンツに変えて長袖のシャツを着てスニーカーに履き替えるだけなのだが。
 旅館の玄関に向かうと唯ちゃんも私と同じような格好をしていて待っていた。なんだかんだ言って心配はしているんだと思ったのだ。心配をしていなければこんなに早く準備も終わらないだろうしね。右近はそれから少しだけ遅れてやってきた。

 神社に向かう道中は三人の無事を祈るように何事もないといいなという話をしていたのだけれど、唯ちゃんはあまり口数も多くなく少しうつむき加減で歩いていた。右近は心配する私を励ましてくれる感じでたくさん話しかけてくれるのだけれど、いつもとは違う空気感はさすがに能天気に話をする空気ではないという事を理解しているのだろう。
 当然の事ではあるのだが、旅館から神社までの一本道に三人が遭難していたり事故に遭っているような痕跡も無かった。私も唯ちゃん同様何事も起きていないと信じてはいるのだけれど、万が一という可能性があるので気を抜くことは出来なかったのだ。
 赤い鳥居が視界に入ってきたので神社にもうすぐたどり着く頃合いだと思って上を見上げてみたのだが、神社の位置が昨日よりも上にあがっているような気がしていた。昨日は階段をあがってすぐに鳥居があったのだけれど、ここから見る鳥居は階段の上ではなく山の中腹にあるように見える。木々の隙間から階段は見えているのだけれど、昨日とは違って階段が崩れかけているようにも見えた。
「ねえ、あの鳥居ってあんな高いところにあったっけ?」
 私の言葉に反応した唯ちゃんと右近は私が指さした方向を同時に見たのだが、二人の反応は私が想像していたものとは異なるものであった。
「あんな高いところって、どこのことを言ってるの?」
「ほら、あのちょっとだけ開けてる場所にあるじゃない。ね、あそこに黒っぽい鳥居があるでしょ?」
「そんなのどこにも見当たらないけど。それにさ、黒っぽい鳥居って見間違いじゃないかな。昨日見た神社の鳥居は黒くなかったし。唯には唯菜の言ってる鳥居ってどこにあるかわかる?」
「ごめん、私も桜さんが行ってる鳥居がどこにあるのかわからないよ。黒い鳥居なんて聞いたことが無いし、開けてる場所って言ってもそもそもこの辺りはそんなに木が密集して生えてる場所も無いと思うんだけど」
 そんなはずはないと思って私はさっき鳥居を見た場所を見たんだけど、そこは唯ちゃんの言う通りで鳥居なんてものはなかった。それ以前に、私が見たような階段を隠すようなほど木が生えている場所も無かったのだ。私はいったい何を見たのだというのだろう。暑さにやられて幻覚を見たという事もないと思うし、蜃気楼を見たという事でもないだろう。私が見たのはいったい何だったんだろうという思いはあったのだけれど、いくら考えても答えなんて出るはずもなく私は黙って前に進むことしか出来なかった。
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