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第八十六話 廃神社を軽く清掃してみた
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旅館から神社へと続く道は一本道であり迷う事なんて無いと思うのだが、俺は昨日見た景色との違いに戸惑いを隠せなかった。
階段の前に鳥居があるのは昨日と同じなのだが、その先にある階段は二十段も無い程度の長さであり空を見るように上を見上げなくてももう一つの鳥居を見ることが出来るのだ。その鳥居も目の前にある鳥居と同じく赤い色をしているのだが、俺が昨日見た階段とも鳥居とも明らかに異なる場所だと思うのに通ってきた道は昨日と全く一緒なのである。
「何だよ、これくらいの階段を上れないほど疲れてるとでもいうのか。昨日からお前は千雪と一緒に遊びっぱなしで疲れてるのかもしれないけど、これくらいの階段を見ただけで絶望を感じたような顔をしているなんてやっぱりお前はインドアで貧弱な人間なんだな」
「いや、そう言うわけでもないんだけど」
「別に私に言い訳なんてしなくてもいいぞ。唯ちゃんも鬼仏院右近も桜ももう上に行ってるはずだからな。ほら、お前もさっさと行くぞ」
髑髏沼愛華は俺の事を鼓舞するかのように話しかけてくれている。確かに俺の体は昨日からずっと遊びっぱなしで疲れているのだけれど、今ここで立ち止まってしまったのはそれだけが原因ではない。昨日見た無限に続くと思われるほどの石段が何だったのだろうという事を考えると混乱してしまっているのだ。ただ、それを誰かに話しても信じてなんて貰えないだろう。もしかしたら、あまりにも憑かれていた俺が見た幻だったのかもしれないな。
俺は本当にこの階段を上って良いものなのかと考えながら一歩ずつ歩を勧めているのだが、そんな俺の思いをよそにあっという間に神社が俺の目に飛び込んできた。昨日はその姿を見ていないので何とも言えないのだが、ところどころ朽ちているその神社は本当にお参りをしても大丈夫なのかとさえ思えたのだ。
「お、やっと来たな。そんなに疲れてるならお前も千雪ちゃんと一緒に休んでてよかったのにな。政虎は昨日ここにお参りに来てたんだし、今日来なくても罰は当たらないだろ」
「罰なんて当たらないって。ここにはもう神様も祀られてないんだからね。でも、山に入って蛍を見せてもらったんだからお礼くらいは言っておいてもいいと思ったんだ。桜さんは熱心に手を合わせてお礼をたくさん言ってるよ。ほら、政虎も一緒にお礼を言いなって」
俺は鵜崎唯に促されて賽銭箱と鈴があったと思われる場所の前に立って頭を下げてから手を合わせてお礼を心の中で言っていた。一通りお礼を言い終わって頭をあげていて気になったのだが、唯菜ちゃんはまだ目を瞑って熱心に何か呟くように何かを唱えている。いったい何をそんなに熱心にお願いしているのだろうと思って見ていたのだけれど、固く閉じられた目や強く何度も擦りあわされている両手を見ているとそれはお礼ではなく謝罪をしているようにも見えてきた。
そのまま視線を神社の方へと移すと、暗がりの中だったとはいえ昨日見た時にはもう少し綺麗に整地されていたと思っていた境内も所々に草が伸びて他人の手が入っていないのは明らかな様子であった。昨日見た時はもっと綺麗になっていて普通に参拝客が今でも来ているように見えたのだ。だが、よくよく考えてみると俺が昨日見たのは神社ではなく神社へと続く道だけなのだ。その道が綺麗に整備されていたのであってここがそうだったとは記憶していない。そもそも、俺は昨日神社を見た記憶が無いのだ。
ただ、昨日と同じ石段を上っていったのにもかかわらず違う場所に出てしまっているという俺の考えが本当に正しいのか答えは出ていないのだ。
「桜さんが熱心にお参りしてるからこの辺の雑草だけでもとっておこうか。さすがにこの状態のまま放置しておくのも良くないと思うしね。抜いた草は脇の方に寄せておけばここの人達が処理してくれると思うよ。手は入ってないと言っても一月に一回くらいは誰かが見に来ているだろうし。それに、旅館のおじさん達にも後で伝えておくからね」
俺達が草むしりをしている間も唯菜ちゃんは熱心に手を合わせて謝っているようだった。俺には唯菜ちゃんが心から謝罪しているように見えていたのだけれど、鬼仏院右近の目には何かを必死に頼み込んでいるように見えていたらしい。
「唯菜が謝罪してるように見えるっていうけどさ、何に対して謝ってるっていうのさ。俺には唯菜が何か悪い事をしたとは思えないし、この中で神様に謝ることがある人間がいるとしたら俺か政虎だけだと思うよ」
「いや、俺が謝る側だってのは百歩譲って理解出来るけどさ、お前が何を謝罪するっていうんだよ」
「そりゃ、生きてたら何か悪いことの一つでもしてるもんだろ。俺にだって政虎に言えない事だってしてたりするからな」
「確かにな。お前は見た目が良くて勉強が出来て性格も良くて社交的で誰にも分け隔てなく平等に接することが出来る聖人と呼ぶにふさわしいような人間だと思うけど、そんなお前にも人には言えないようなやましい何かがあるって事なんだもんな」
「まあ、そう言うことだ」
人間に来ていれば悪いことを一回や二回してしまう事もあるだろう。良くないことを考えることだってあるだろう。だが、鬼仏院右近はそんな事を思ったり考えたりしていたとしても、それを口に出してしまえばいい意味で味方をしてくれて実現させてくれる人だっていると思うのだ。こいつが何か悪いことをしたいと思えばそれを悪いことではなくしてしまうような人間もいるんじゃないかとさえ思ってしまう。こいつがやりたいことであればそれは悪いことではなかったのではないかと錯覚してしまうのかもしれないし。
俺達はその後も無駄話をしつつ伸び来ていた雑草を引き抜いて一か所に集めていた。多少の疲労感は残ってたものの、こうして境内が少しでも綺麗になって見栄えが良くなるのは気持ちが良いモノである。沈みつつある太陽の光に照らされた寂れている神社は多少不気味さを感じさせるところはあるのだ。でも、いい事をしたという充足感があるので俺はここが居心地のいい場所なんじゃないかと思えてきていた。
昨日もここに来たのだという記憶はないのだけれど、不安を感じさせるような視線は全く感じる事が無かったのだった。
階段の前に鳥居があるのは昨日と同じなのだが、その先にある階段は二十段も無い程度の長さであり空を見るように上を見上げなくてももう一つの鳥居を見ることが出来るのだ。その鳥居も目の前にある鳥居と同じく赤い色をしているのだが、俺が昨日見た階段とも鳥居とも明らかに異なる場所だと思うのに通ってきた道は昨日と全く一緒なのである。
「何だよ、これくらいの階段を上れないほど疲れてるとでもいうのか。昨日からお前は千雪と一緒に遊びっぱなしで疲れてるのかもしれないけど、これくらいの階段を見ただけで絶望を感じたような顔をしているなんてやっぱりお前はインドアで貧弱な人間なんだな」
「いや、そう言うわけでもないんだけど」
「別に私に言い訳なんてしなくてもいいぞ。唯ちゃんも鬼仏院右近も桜ももう上に行ってるはずだからな。ほら、お前もさっさと行くぞ」
髑髏沼愛華は俺の事を鼓舞するかのように話しかけてくれている。確かに俺の体は昨日からずっと遊びっぱなしで疲れているのだけれど、今ここで立ち止まってしまったのはそれだけが原因ではない。昨日見た無限に続くと思われるほどの石段が何だったのだろうという事を考えると混乱してしまっているのだ。ただ、それを誰かに話しても信じてなんて貰えないだろう。もしかしたら、あまりにも憑かれていた俺が見た幻だったのかもしれないな。
俺は本当にこの階段を上って良いものなのかと考えながら一歩ずつ歩を勧めているのだが、そんな俺の思いをよそにあっという間に神社が俺の目に飛び込んできた。昨日はその姿を見ていないので何とも言えないのだが、ところどころ朽ちているその神社は本当にお参りをしても大丈夫なのかとさえ思えたのだ。
「お、やっと来たな。そんなに疲れてるならお前も千雪ちゃんと一緒に休んでてよかったのにな。政虎は昨日ここにお参りに来てたんだし、今日来なくても罰は当たらないだろ」
「罰なんて当たらないって。ここにはもう神様も祀られてないんだからね。でも、山に入って蛍を見せてもらったんだからお礼くらいは言っておいてもいいと思ったんだ。桜さんは熱心に手を合わせてお礼をたくさん言ってるよ。ほら、政虎も一緒にお礼を言いなって」
俺は鵜崎唯に促されて賽銭箱と鈴があったと思われる場所の前に立って頭を下げてから手を合わせてお礼を心の中で言っていた。一通りお礼を言い終わって頭をあげていて気になったのだが、唯菜ちゃんはまだ目を瞑って熱心に何か呟くように何かを唱えている。いったい何をそんなに熱心にお願いしているのだろうと思って見ていたのだけれど、固く閉じられた目や強く何度も擦りあわされている両手を見ているとそれはお礼ではなく謝罪をしているようにも見えてきた。
そのまま視線を神社の方へと移すと、暗がりの中だったとはいえ昨日見た時にはもう少し綺麗に整地されていたと思っていた境内も所々に草が伸びて他人の手が入っていないのは明らかな様子であった。昨日見た時はもっと綺麗になっていて普通に参拝客が今でも来ているように見えたのだ。だが、よくよく考えてみると俺が昨日見たのは神社ではなく神社へと続く道だけなのだ。その道が綺麗に整備されていたのであってここがそうだったとは記憶していない。そもそも、俺は昨日神社を見た記憶が無いのだ。
ただ、昨日と同じ石段を上っていったのにもかかわらず違う場所に出てしまっているという俺の考えが本当に正しいのか答えは出ていないのだ。
「桜さんが熱心にお参りしてるからこの辺の雑草だけでもとっておこうか。さすがにこの状態のまま放置しておくのも良くないと思うしね。抜いた草は脇の方に寄せておけばここの人達が処理してくれると思うよ。手は入ってないと言っても一月に一回くらいは誰かが見に来ているだろうし。それに、旅館のおじさん達にも後で伝えておくからね」
俺達が草むしりをしている間も唯菜ちゃんは熱心に手を合わせて謝っているようだった。俺には唯菜ちゃんが心から謝罪しているように見えていたのだけれど、鬼仏院右近の目には何かを必死に頼み込んでいるように見えていたらしい。
「唯菜が謝罪してるように見えるっていうけどさ、何に対して謝ってるっていうのさ。俺には唯菜が何か悪い事をしたとは思えないし、この中で神様に謝ることがある人間がいるとしたら俺か政虎だけだと思うよ」
「いや、俺が謝る側だってのは百歩譲って理解出来るけどさ、お前が何を謝罪するっていうんだよ」
「そりゃ、生きてたら何か悪いことの一つでもしてるもんだろ。俺にだって政虎に言えない事だってしてたりするからな」
「確かにな。お前は見た目が良くて勉強が出来て性格も良くて社交的で誰にも分け隔てなく平等に接することが出来る聖人と呼ぶにふさわしいような人間だと思うけど、そんなお前にも人には言えないようなやましい何かがあるって事なんだもんな」
「まあ、そう言うことだ」
人間に来ていれば悪いことを一回や二回してしまう事もあるだろう。良くないことを考えることだってあるだろう。だが、鬼仏院右近はそんな事を思ったり考えたりしていたとしても、それを口に出してしまえばいい意味で味方をしてくれて実現させてくれる人だっていると思うのだ。こいつが何か悪いことをしたいと思えばそれを悪いことではなくしてしまうような人間もいるんじゃないかとさえ思ってしまう。こいつがやりたいことであればそれは悪いことではなかったのではないかと錯覚してしまうのかもしれないし。
俺達はその後も無駄話をしつつ伸び来ていた雑草を引き抜いて一か所に集めていた。多少の疲労感は残ってたものの、こうして境内が少しでも綺麗になって見栄えが良くなるのは気持ちが良いモノである。沈みつつある太陽の光に照らされた寂れている神社は多少不気味さを感じさせるところはあるのだ。でも、いい事をしたという充足感があるので俺はここが居心地のいい場所なんじゃないかと思えてきていた。
昨日もここに来たのだという記憶はないのだけれど、不安を感じさせるような視線は全く感じる事が無かったのだった。
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