上 下
76 / 100

第七十六話 知らない人がいるような気がするけど誰なのか知らない

しおりを挟む
 夕食の前にお風呂に入ってから談話室に移動して誰もいないソファの上で横になっていた。横になるのなら自分の部屋ですればいいと思うのだけれど、部屋で横になってしまったら本格的に眠ってしまいそうなくらい体が疲れていた。千雪ちゃんのように若くて元気な子と遊ぶという事がどれだけ大変なのかという事を実感しつつも、俺の体は今すぐにでも休息に入りたいという合図を送り続けているのである。
「ご飯が出来たから食堂に行くぞ。そんなに眠いんだったら晩御飯を食べないで部屋まで帰るか?」
 俺はそれもいいかもしれないと少しだけ思っていた。それくらい疲れてはいたのだけれど、さすがに空腹感を感じなくなるほどではないのだ。むしろ、何か食べてからゆっくり眠りたいとさえ思っていた。
「今から行くからちょっと待っててくれよ」
 俺はちょっとだけ間をあけてそう伝えたのだが、俺が体を起こして歩きだそうとした時にはもう誰もいなかったのだ。せっかちなやつだなと思って食堂へ向かおうと思った時に気付いたのだが、今俺に話しかけてきたのはいったい誰なんだろう。鬼仏院右近かと思ったのだけれどあいつなら俺に話しかける前に起こしてくると思うのだ。となると、俺に話しかけてきたのはいったい誰なんだろう。おそらくは良い匂いに誘われた俺が起きるために見た夢か幻なんだろう。だが、そこまでいい匂いは感じていないんだよな。

 食堂にはみんな揃っており、俺は千雪の隣が開いていたのでそこに座ることにしたのだけれど、なぜかみんな俺の事をじっと無言で見つめてきていたのだ。
「お姉ちゃんの隣も空いてるんですけど、お兄さんはそこでいいんですか?」
「え、唯の隣って男の人が座ってなかったっけ?」
 先ほど確認した時は唯の隣に誰か男の人が座っていたように見えたのだけれど、千雪ちゃんの言う通りそこには誰も座っていなかった。俺と右近以外に男はいないのでどんな人が座っていたんだったかなと思い出そうとしてもなぜかその姿を思い出すことが出来なかった。
 ちょっと横になったくらいでは疲れはとれないのかなと思いつつも、今更席を移動するのも変な感じになるので俺は千雪ちゃんの隣でご飯を食べることにした。
「あの、今日一日千雪がお兄さんと遊んであげたせいでお兄さんが千雪の事を好きになったんだとしたらごめんなさい。千雪にはそういうつもりは全くないんで諦めてくださいね。千雪はお兄さんの事は友達とか親戚のお兄さんくらい誌にしか思ってないので恋愛感情とかは芽生えないと思います。それに、お姉ちゃんがお兄さんの事を好きだって知ってるので略奪するとか全然考えてないですから。だから、お兄さんは万が一にも千雪の事を好きになったなんて思わないでくださいね」
「うん、俺も千雪ちゃんに対してそういう気持ちは一切持ってないから安心してね。大体、俺は千雪ちゃんみたいな子供は恋愛対象にはならないからさ」
 俺が言葉をまだまだ紡いでいこうとしていたのだけれど、千雪ちゃんは俺の言葉を遮るように角煮を一つ俺の皿から奪っていったのだ。角煮自体は美味しかったので取られたのは少し悔しい気持ちもあったのだけれど、それ以外にも並んでいる数多くの料理を思えば角煮を二つも食べるなんて俺の胃は耐えられそうにも無いな。
「そんな風に言われると千雪が魅力のない女みたいに聞こえるじゃないですか。そんなことを言っちゃうお兄さんは罰として角煮を一つ失ってしまいました。こんなに美味しい角煮を一つしか食べられないなんて可哀そうなお兄さんですね。返してほしかったら今の千雪はまだまだ成長途中でこれから将来が楽しみだって言ってください。そうすれば許してあげてもいいですよ」
 千雪ちゃんの言葉は俺に向けてのモノだと思うのだが、なぜか千雪ちゃんの視線は俺ではなく髑髏沼愛華に向けられていたのだ。髑髏沼愛華は背も高くてスラっとしている美人で大人な女性なのだが、大人なわりには胸がかなり控えめになっているのだ。それこそ、中学生の千雪ちゃんとサイズが変わらない程度にしかないそうなのだ。直接聞いたわけではないのだけれど、水着を買いに行った時に自分の代わりに千雪ちゃんに試着させていたという事を考えれば色々と察してしまうというものだ。
「おい、今何か失礼な事を考えているよな。私に対して失礼な事を考えているのは間違いないよな?」
「……え、俺?」
「そうだよ。お前だよお前。今千雪ちゃんの言葉を聞いて私の事を考えただろ」
「いや、別にそんな事は考えてないって」
「そんな事とはどんなことなのかな。返答次第ではお前の目の前にあるエビフライを私が頂くことになるんだがそれでもかまわないという事かな」
 俺が髑髏沼愛華の事を考えていたのは事実ではあるのだが、そこまで怒る事なのかという疑問もあった。そもそも、俺は髑髏沼愛華の胸が小さいことを悪いことだとは思っていない。むしろ、バランスの取れた素敵な体型だとさえ思っている。でも、さすがにこの量の料理を全部食べきることは出来そうにないのでエビフライは諦めることにしよう。
 俺は自分の目の前にある残ったエビフライをそっと髑髏沼愛華の前まで差し出したのだ。一瞬驚いているように見えた髑髏沼愛華ではあったが、そのまま差し出された皿からエビフライを取ると自分の皿へと移していたのだった。
「じゃあ、ついでに残っているマカロニサラダもいただくことにしようか」
 その言葉を聞いて俺は髑髏沼愛華の箸が伸びてくる前に皿を自分の前へと戻していた。髑髏沼愛華がマカロニサラダと言った瞬間にはもう皿を戻していたのだ。
「エビフライはいいけどマカロニサラダはダメだろ。こんなに美味しいマカロニサラダを今まで食べた事が無かったんだから、これだけは取られたくない」
「あ、すまん。それは申し訳ない。もし良かったらなんだが、私の分のマカロニサラダをあげようか?」
 俺は髑髏沼愛華の提案を快く受け入れて世界一美味しいと思えるマカロニサラダを堪能する事にした。
 多くの料理が並んでいてどれもこれも美味しいのだけれど、なぜかこのマカロニサラダが一番美味しく感じていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

庭木を切った隣人が刑事訴訟を恐れて小学生の娘を謝罪に来させたアホな実話

フルーツパフェ
大衆娯楽
祝!! 慰謝料30万円獲得記念の知人の体験談! 隣人宅の植木を許可なく切ることは紛れもない犯罪です。 30万円以下の罰金・過料、もしくは3年以下の懲役に処される可能性があります。 そうとは知らずに短気を起こして家の庭木を切った隣人(40代職業不詳・男)。 刑事訴訟になることを恐れた彼が取った行動は、まだ小学生の娘達を謝りに行かせることだった!? 子供ならば許してくれるとでも思ったのか。 「ごめんなさい、お尻ぺんぺんで許してくれますか?」 大人達の事情も知らず、健気に罪滅ぼしをしようとする少女を、あなたは許せるだろうか。 余りに情けない親子の末路を描く実話。 ※一部、演出を含んでいます。

萬倶楽部のお話(仮)

きよし
青春
ここは、奇妙なしきたりがある、とある高校。 それは、新入生の中からひとり、生徒会の庶務係を選ばなければならないというものであった。 そこに、春から通うことになるさる新入生は、ひょんなことからそのひとりに選ばれてしまった。 そして、少年の学園生活が、淡々と始まる。はずであった、のだが……。

処理中です...