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第二十九話 洗濯機の中身とぬいぐるみ

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 どこを見てもチリ一つ落ちていないこの部屋に住んでいると俺の部屋の掃除の仕方に文句を言いたくなるのも納得できた。俺だって一応こまめに掃除はしているのだけれど、ここまで綺麗に掃除をちゃんと継続して行えと言われたら面倒になって手を抜いてしまいそうだと思うのだが、鵜崎唯の部屋は掃除にも一切手を抜いている様子は見られなかった。
 トイレを借りた時も思っていたのだが、どうやったらここまで綺麗な状態を保つことが出来るのだろう。普通に暮らしていたらもう少し汚れていても良さそうな気もするのだけれど、どこを見ても隙なんて見当たらないのだ。まるで、ついさっき清掃業者の手が入ったのではないかと思えるくらいに綺麗な状態である。
 あまりにも綺麗な状態なので俺は汚してはいけないのかと思って座って用を足してしまった。普段だったら立ったまま用を足しているのだけれど、ここまで綺麗だとほんの少しでも汚してはいけないのではないかと思えて自然とそう言った行動をとってしまったのだろう。
 何となくではあるが、俺はトイレを使った流れでお風呂場も覗いてしまったのだが、お風呂場もトイレ同様まるで新品なんじゃないかと思うくらいに綺麗な状態になっているのだ。換気扇が回っているのに床や壁が少し濡れているのだが、たぶんこれは朝起きてから鵜崎唯がシャワーを浴びた証拠なのだと思う。ほんのりといい匂いがしているような気もしたのだけれど、これ以上詮索すると本当に変態になってしまうのではないかと思って今すぐにでも部屋に戻ろうと思っていた。
 だが、俺はお風呂の目の前にある洗濯機の蓋が空いている事に気付いてしまったのだ。いや、最初から気付いてはいたのだけれど、さすがに洗濯機の中を見るのは間違った行動だという事はわかっている。わかってはいるのだけれど、なぜか洗濯機の中が気になって仕方なくなってしまっていた。先程鵜崎唯が言った余計な一言が無ければ洗濯機の中なんて見ようとは思わないのだけれど、思わず覗いてしまいそうになっているのだ。
「そんなにキョロキョロして怪しいな。お前は洗濯機の中を本当に覗こうとしているのか?」
「いや、そう言うわけじゃないけど」
「じゃあなんでトイレを使うだけでそんなに時間がかかってるんだよ。それにさ、チラッと風呂の中も見てたよな。お前ってそういう趣味もあるのか?」
「そう言う趣味もってどういう意味だよ。別にちょっと見たくらいだし。俺の部屋を唯が掃除してくれた時も思ってたんだけどさ、なんでここまで綺麗な状態を保ってられるんだろうって考えてたんだよ。俺だって普通に掃除はしてるけどさ、ここまで綺麗な状態を保つなんて凄いなって感心してたんだよ。この部屋を見るまでは俺の部屋と比べてどうなんだろうなって思うことはあったけどさ、これだけ綺麗な部屋に住んでるんだったら俺の部屋でも気になったりするんだろうなって思っただけだよ」
「私も唯ちゃんの部屋にくるたびに綺麗にしてるなって思うけどさ、あんたらだってわりと綺麗な状態で部屋を使っているとは思うよ。ただ、それ以上に唯ちゃんの部屋が綺麗だってだけだしな」
 髑髏沼愛華がぼそっと言った、あんたらの部屋ってのは俺と鬼仏院右近の部屋の事だろう。あまり人を入れたがらない鬼仏院右近の部屋に髑髏沼愛華が入ったことがあるというのは少し意外ではあったけれど、鬼仏院右近と髑髏沼愛華の関係を理解すればソレもおかしいことではないのかもしれないな。
「ん、急に黙ってどうしたんだ。もしかして、私の部屋の事を想像でもしていたのか。言っておくが私の部屋もそれなりに綺麗ではあるからな」
「だろうな。ご飯を食べてる時とか鞄の使い方とかを見ているとやっぱり愛ってきっちりしてる性格だと思うもんな。そんな性格なんだから部屋も綺麗だって思うよ」
「ねえ、洗濯機の中の下着を見たいんだったらさ、バスタオルをどけてくれたら見えると思うよ。洗濯ネットから出して見てもいいけどさ、ちゃんとネットの中に入れておいてね」
「そんな事しないって」
 俺は急に鵜崎唯に話しかけられて焦ってしまった。悪いことはしてないしこれからもする予定なんて無いのだけれど、何となく居心地の悪い気がしていた。今の流れだと洗濯機の中を確認した方が良いのではないかと思うのだけれど、さすがにそんな事をしていいわけもないというのはわかっていた。
 ただ、鵜崎唯が時々送ってくる優しい視線とは対照的に髑髏沼愛華の鋭い視線の両方は洗濯機の中に関する思いの違いなのだろう。鵜崎唯がそこまでして見せたい理由とは何なのだろうと思っても俺には答えなんてわかるはずも無いし、どちらかと言えば髑髏沼愛華の考えている方がわかるような気もしていた。
 当然俺は洗濯機の中を見ることも無く先ほど座っていた位置へと戻って座り直したのだが、いつの間にか俺の座っていた場所に手のひらで隠せそうな大きさのぬいぐるみが置いてあった。
 鵜崎唯の部屋でぬいぐるみと言うと、以前見た魔法陣の中心に置いてあったぬいぐるみを思い出すのだけれど、このぬいぐるみはあの時のぬいぐるみと比べてもかなり小さいものだと思う。近くで見たわけではないのでハッキリとはわからないけれど、このぬいぐるみの十倍くらいの大きさはあったような気がしていた。
 何となくそのぬいぐるみを持ってみると、今まで触ったことがあるぬいぐるみと手触りが何か違うように感じた。柔らかいことには変わりないのだけれど、何となく弾力もある不思議な握り心地であった。タグなんかも付いていないことから鵜崎唯が趣味で作ったものなのだろうと思って見ていると、何となくではあるが俺に似ているような印象を持ってしまった。髪型も目の色も違ってはいるのだけれど、俺に似ているように思えてしまったのだ。
「そのぬいぐるみが気になるのか?」
「気になるというか、さっきまでここにあったっけ?」
「あったんじゃないか。私も覚えてはいないけど、誰もぬいぐるみなんて移動させてないからあったんだろうな」
 髑髏沼愛華はこういう事をするような人間ではないし、鵜崎唯だってずっと料理を作ってくれている。こんな事をしそうなのは鬼仏院右近なのだが、あいつは鵜崎唯の家に来ていないのでそんなことが出来るはずがない。
 となると、最初からここに置いてあったことにはなるのだけれど、今まで気付かなかったことなんてありあえるのだろうか。ただ、実際にそんな事が起こってしまっているのだからありえるんだろうなとは思うしかないのだった。
「お昼ご飯できたよ。今日はスープパスタにしてみたんだけど大丈夫かな?」
 鵜崎唯の作ってくれたスープパスタの良い匂いに脳を刺激された俺はぬいぐるみの事なんてどうでもいいのではないかと思ってしまった。
 それくらい、鵜崎唯の料理は俺の身も心も支配してしまうものである。なぜか、俺は鵜崎唯の料理にはいつどんな時でも抗うことが出来ないのだった。
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