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衣装作り

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 演劇部に入ったのは稔先輩がいたからであって、私は演劇になんて全く興味無かった。稔先輩は芸能事務所からもスカウトが来てるって噂があるくらい格好いいし、他の学校の女の子たちもわざわざ見に来るくらいイケている。
 私は演劇部に入っても舞台に立つことなんて恥ずかしくて出来なかったので裏方に専念していたんだけど、そんな私にも稔先輩は優しく声をかけてくれていた。私だけが特別なんじゃなくて、稔先輩は誰にでも平等に優しいのは知っているけれど、最近は私に話しかけてくれることが多くなっているような気がしていた。それは何か特別な感情があるからという事ではなく、私が稔先輩の衣装を作ることになったからなのだ。
「川崎さんはさ、普段から服を作ったりしてるの?」
「そんな事ないですけど、どうしてですか?」
「だってさ、他のみんなは買ってきた服を直したり、昔使ってた衣装を改造したりしてるのにさ、川崎さんは俺のために一から服を作ってくれてるじゃない。それって、凄いって思うんだよね。服とかよく作ってるのかなって思ったんだ」
「私は服なんて作った事なかったんですけど、小学校の時の家庭科でお裁縫が好きになって小物とかは作ってたんですよ。それで、服作りが趣味の知り合いがいるんでその人に教えてもらいながら作ってたことがありまして、そのお陰で作れるようになったんだと思いますよ。でも、デザインは難しくて知り合いに頼んじゃうんですけどね」
「そうなんだ。でも凄いよな。俺はその説明書きを見ても作れる気なんてしないや。本番までまだ時間あるから焦らないで良いモノ作ってね。俺もそれを着るために太らないようにしとくからさ」
 稔先輩が話しかけてくれることが多くなったけれど、それは私の話ではなく今作っている衣装の話なのだ。稔先輩が好きなモノは何でも知っているけど、私の好きなモノを稔先輩は何も知らないんだろうな。
 でも、それでも良いと私は思っている。稔先輩と仲良くなるためだけに入った演劇部で私が出来ることなんて裏方の仕事しかないんだものね。

 もう少し手直しはしたいところがあるのだけれど、一応衣装は完成した。その衣装を見た稔先輩は喜んでくれたし、サイズ感もばっちりだった。
「凄いね。俺のサイズにピッタリだわ。動きの邪魔にもならないし、いいね」
「何か気になるところとかあったら言ってくださいね。違和感があったら直しますから」
「大丈夫大丈夫。いい感じだよ。一回これを着て通しでやってみていいかな?」
 何度も確認したので大丈夫だとは思っていたけれど、こうしてちゃんと着てもらえて嬉しかった。変なところも無いみたいだし、後は気になった個所を修正していけばいいかな。
 本番まで余裕をもって完成させることが出来たのは一刻も早く稔先輩に着てもらいたかったからだ。急いで作ったからと言って手は抜いていないけど、寝る時間を削って作ってもミスが無かったのは愛のお陰かもしれない。私が稔先輩の事が好きだというのはみんなにバレていると思うけど、みんなも稔先輩の事が好きなんだから変には思われていないだろう。誰だって稔先輩が好きなんだからね。
「川崎さんの作った衣装良いよ。腕を思いっ切り動かしても引っかからないし、動きやすいね」
「ありがとうございます。気になるところとかなかったですか?」
「うん、大丈夫。通しでやってみたけど問題無いと思うよ。いや、これは最高だよ。川崎さんに作ってもらって良かった。ありがとうね」
 稔先輩が私の作った衣装を着て喜んでくれていた。それだけでも私は天にも昇るような気持ちになっていたのだ。もしかしたら、このまま稔先輩が卒業するまで衣装を作り続けることが出来るかもしれないなんて思っていた。
「それでさ、川崎さんに頼みがあるんだけどいいかな?」
「なんですか?」
 もしかして、衣装を早く作ったご褒美にデートでもしてもらえるのかな。なんて、期待しちゃダメだよね。でも、稔先輩の頼みってなんだろう。
「この衣装を着てみて感じたんだけどさ、川崎さんって服作りの才能あると思うんだ。もうすぐ学祭で時間が無いってのは分かってるんだけどさ、亜矢の分の衣装も作ってもらえないかな?」
 亜矢は私と同じ一年で顔が良いだけの何も出来ない女だ。声だって小さくて聞こえないし、なんであんな女が稔先輩の相手役に選ばれたのか不思議なくらいだ。稔先輩にベタベタ甘えているあの女の事はみんな嫌いなのだ。
「亜矢ちゃんのは私服でも問題無いんじゃないですか?」
「そうなんだけどさ、やっぱり彼女にもちゃんとした衣装を着てもらいたいって思っちゃってね」
「彼女?」
「みんなには言わないでね。俺は亜矢と先週から付き合ってるんだよ」
 私が女子から嫌われているあの女の衣装を作る必要なんてあるのかな。

「良いですよ。出来るだけ頑張りますね」
 嫌いな女の為ではなく大好きな稔先輩の為なら自分の気持ちに嘘をつく。
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