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有村親子の物語
誘拐事件
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私が用意できた身代金は誘拐犯の要求には届かなかったのだが、急に一千万円を用意しろと言われてもすぐに用意出来るような金額ではないという事をわかった上での事だったようだ。
何とか用意出来た三百万円をもって南ふ頭へ一人で向かったのだが、南ふ頭から街中へ抜けるルートには多くの警察関係者が配備されることになっていたのだ。万が一にも犯人を取り逃がさないようにという配慮なのだが、港という事もあって船で逃走する可能性も考えてヘリも待機しているそうだ。何事もなく拓海が戻ってきてくれればそれでいいのだが、私には何が正解なのかさっぱりわからない状況になっていたのだ。
誘拐犯から指定された場所で待っていたのだが、入り口はどこも鍵がかかっていて中に張ることは出来ず、近くに誰かいるような気配もなく私は何も出来ずにただそうこの前に立ち尽くしていた。
犯人からの連絡もなく、警察からの指示も無いこの状況で私に出来ることと言えば、ただ待っている事しかないのだ。この場から逃げたいという気持ちも多少はあったのだが、拓海に会いたいという一心でこの場にとどまっていたのだ。
それからどれくらい時間が経ったのだろうか。私は車の周りを何度も何度もウロウロしていたのだが、一向に事態が進展する様子も見受けられなかった。時々車に戻っては警察の指示を受けていたのだが、どれだけ待っても誘拐犯からの連絡はなかったのだ。私は最悪の事態を想定していたのだが、警察から思いもよらない報告が入ってきたのだった。
「有村さん。息子さんの拓海君は無事に保護いたしました。容疑者の身柄も確保したのでご安心ください。拓海君に外傷等は見受けられないのですが、万が一の場合を考えまして一晩検査入院させていただきます。詳しい話は直接署でお伝えいたしますので、そちらに向かっている刑事と共に署まで来ていただくようお願いいたします」
「拓海は無事なんですよね?」
「はい、拓海君は無事ですよ。一応病院で検査を受けていただく事にはなりますが、特に怪我をしているという様子も見られませんのでご安心ください」
「良かった。でも、どうして犯人がわかったんですか?」
「詳しい話は署で行いますので、こちらにいらしてから説明いたしますね」
「わかりました。でも、拓海は本当に無事なんですか。声を聞くことは出来ませんか?」
「今は病院に向かっているところですので、この電話を切った後に拓海君のスマホに有村さんの方から連絡していただければ繋がると思いますよ」
「そうですか。では、拓海に電話をかけてみますので、ありがとうございました」
「無事に解決して良かったです。では、後程」
刑事さんとの電話を切った私はすぐに拓海に電話をかけたのだ。いつもは中々電話に出ない拓海ではあったが、今だけはほぼワンコールに近い速さで電話に出てくれたのだ。
「拓海か?」
「そうだよ。心配かけてごめんね」
「何を謝ってるんだ。お前が悪いわけじゃないだろ。怪我はしてないのか?」
「うん、体を縛られて少し痛かったけど、叩かれたりはしてないから大丈夫だよ」
「そうか、それならいいんだ。本当に無事なんだな?」
「ああ、無事だよ。父さんに心配かけちゃったよね。ごめんね」
「お前が謝る事じゃないだろ。父さんの方こそ守れなくてごめんな」
「父さんは悪くないよ。ミクは気付いてるかな?」
「どうだろうな。今は警察署で待っててもらってるんだけど、父さんと一緒に誘拐犯の電話を聞いてたから心配しているかもな。もしかしたら、誘拐というものを知らなくて何だろうって思ってる可能性もあるけど、拓海がいなくなったって事は理解しているみたいで心配はしてたぞ」
「そっか、後でミクにも謝っとかないとね。そろそろ病院に着くみたいだから切るね」
「ああ、何事も無いと思うけどちゃんと調べてもらうんだぞ。あとでミクと一緒に病院に行くからな」
私は拓海の声を聞いて心の底から安心していた。指定された場所についても何も連絡が無かったこともあって最悪の事態を思い浮かべていたりもしたのだが、それだけは免れたという事でほっとしていたのだ。
飲みかけのコーヒーを手に取って一口飲んで深呼吸したところで窓をノックされた。私は油断していたという事もあって突然のノックに驚いてしまったのだが、外を見ると警察署で見た刑事さんが二人立っていたのだ。
「突然すいません。警部から連絡がいってたと思うのですが、これから署まで移動していただいてよろしいですか。もしよければ私が有村さんの代わりに運転いたしますが」
「あ、ああ、警察署までですね。はい、行きます行きます。えっと、運転を替わってくれるって事ですか?」
「はい、拓海君が無事に保護出来たという事で安心なさってると思いますが、有村さんはさっきまでずっと心配してストレスも溜まっていたと思いますので、運転のようなストレスのかかる行為を行うのも大変だと思いますし、よろしければ私が代わりに運転いたしますが。もちろん、無理に変わってくれと言ってるわけではないですが」
「いえ、お願いしたいです。さっきまでの緊張感と解放感で頭が働いてないような気がするんですよ。大丈夫だとは思うんですが、代わっていただけるなら嬉しいです」
私は車を降りて助手席に乗り込んだ。運転席に座った刑事さんはミラーやシートの位置を合わせると、もう一台の車の運転手に合図を送っていた。
おそらく、前を走っている車は覆面パトカーなのだとは思うが、警察署に向かっているこの間はサイレンを鳴らして走行することも無く赤信号で止まることも多かった。私は一刻も早く誘拐事件の詳細を聞いて拓海のもとへ行きたいと思っているのだが、さすがに刑事さんが交通ルールを破るような事はしなかったのである。
「私も詳細は聞いてないのですが、息子さんが無事に保護されて良かったですよね」
「ええ、皆さんのおかげで助かったみたいですね」
「それもあるんですけど、有村さんのところのミクちゃんの功績も大きいですよ。あの子が電話の違和感に気付かなかったらもう少し解決まで時間がかかったかもしれないですからね」
「それって、どういうことですか?」
「私は南ふ頭の出入り口を張っていたので直接見ていたわけではないのですが、連絡を聞く限りでは犯人がどこにいるのかというヒントをミクちゃんが見付けたみたいですよ」
私はこの刑事さんの言っていることを聞いてもどういうことなのかわからなかった。なぜミクが犯人の居場所を知らせることが出来たのだろうか。家族以外でミクが会った事のある人間なんて私の会社関係者で竹島君の送別会にいた人物くらいだろう。
刑事さんの運転で無事に警察署についたのだが、駐車場ではなく入り口前で私は車を降りて電話をしてくれた刑事さんの案内で署長室へと案内された。なぜ署長室なのかわからなかったが、とりあえず私はソファに座って待つことにしたのだ。
「無事に解決して良かったですよね。何より、拓海君が無事に帰って来てくれて私どもも一安心いたしましたよ。何より、有村さんのミクさんのお手柄ですからね」
「ミクが何かしたんですか?」
私はミクがどのような事をしたのか知らないのだ。詳細は署で伝えると言われていたのだけれど、いまだにそれについて説明も無い状態なのだ。おそらく、今からソレについて説明があると思うのだが、警察署に着いてからミクの姿を見ていないのも気になっていた。
「南ふ頭の周りを固める人員の他に情報を収集する班もいましてね、彼らは有村さんが録音してくれた音声に何か手がかりが無いか確認していたのですよ。するとですね、ミクさんが拓海君の声の奥に誰かの声が聞こえると言い出しまして、その音声を解析してみたところ、若い男性の声が拓海君の声の後ろでしていたのです。残念ながらその声の主が誰なのかわからなかったのですが、ミクさんはその声に聞き覚えがあったようで、声の主を思い出してもらうと有村さんの仕事仲間の竹島さんに似ているという事でした」
「竹島君は北海道の工場にいるはずなんで竹島君の声はありえないと思うのですが」
「そうなんですよ。ミクさんが以前お会いした竹島さんは間違いなく北海道の工場で働いていたんです。なので、竹島さんが拓海君を誘拐したという事はありえないのですが、その事が事件の解決に大いに役立つこととなったのですよ」
「それって、どういう事なんですか?」
「それはですね、有村さんの家にかかってきた電話番号を調べた事ですぐに繋がったのです。有村さんの家にかかってきた正体不明の番号は竹島さんの実家のものだったのですよ」
竹島君の家から電話がかかってきても特におかしいとは思わないだろう。竹島君と連絡がつかなくて北海道に異動する前は一番付き合いのあった私に竹島君の所在を確認することもあるだろう。
だが、私と竹島君が仲が良いという事を知っているご両親も竹島君と一緒に北海道に引っ越しているのだ。竹島君の家には竹島君はいないし、竹島君のご両親もいないのだ。
それなのに竹島君の家から電話がかかってくるという事はどういうことなのだろうか。
それについては刑事さんが詳しく説明してくれることとなったのだった。
何とか用意出来た三百万円をもって南ふ頭へ一人で向かったのだが、南ふ頭から街中へ抜けるルートには多くの警察関係者が配備されることになっていたのだ。万が一にも犯人を取り逃がさないようにという配慮なのだが、港という事もあって船で逃走する可能性も考えてヘリも待機しているそうだ。何事もなく拓海が戻ってきてくれればそれでいいのだが、私には何が正解なのかさっぱりわからない状況になっていたのだ。
誘拐犯から指定された場所で待っていたのだが、入り口はどこも鍵がかかっていて中に張ることは出来ず、近くに誰かいるような気配もなく私は何も出来ずにただそうこの前に立ち尽くしていた。
犯人からの連絡もなく、警察からの指示も無いこの状況で私に出来ることと言えば、ただ待っている事しかないのだ。この場から逃げたいという気持ちも多少はあったのだが、拓海に会いたいという一心でこの場にとどまっていたのだ。
それからどれくらい時間が経ったのだろうか。私は車の周りを何度も何度もウロウロしていたのだが、一向に事態が進展する様子も見受けられなかった。時々車に戻っては警察の指示を受けていたのだが、どれだけ待っても誘拐犯からの連絡はなかったのだ。私は最悪の事態を想定していたのだが、警察から思いもよらない報告が入ってきたのだった。
「有村さん。息子さんの拓海君は無事に保護いたしました。容疑者の身柄も確保したのでご安心ください。拓海君に外傷等は見受けられないのですが、万が一の場合を考えまして一晩検査入院させていただきます。詳しい話は直接署でお伝えいたしますので、そちらに向かっている刑事と共に署まで来ていただくようお願いいたします」
「拓海は無事なんですよね?」
「はい、拓海君は無事ですよ。一応病院で検査を受けていただく事にはなりますが、特に怪我をしているという様子も見られませんのでご安心ください」
「良かった。でも、どうして犯人がわかったんですか?」
「詳しい話は署で行いますので、こちらにいらしてから説明いたしますね」
「わかりました。でも、拓海は本当に無事なんですか。声を聞くことは出来ませんか?」
「今は病院に向かっているところですので、この電話を切った後に拓海君のスマホに有村さんの方から連絡していただければ繋がると思いますよ」
「そうですか。では、拓海に電話をかけてみますので、ありがとうございました」
「無事に解決して良かったです。では、後程」
刑事さんとの電話を切った私はすぐに拓海に電話をかけたのだ。いつもは中々電話に出ない拓海ではあったが、今だけはほぼワンコールに近い速さで電話に出てくれたのだ。
「拓海か?」
「そうだよ。心配かけてごめんね」
「何を謝ってるんだ。お前が悪いわけじゃないだろ。怪我はしてないのか?」
「うん、体を縛られて少し痛かったけど、叩かれたりはしてないから大丈夫だよ」
「そうか、それならいいんだ。本当に無事なんだな?」
「ああ、無事だよ。父さんに心配かけちゃったよね。ごめんね」
「お前が謝る事じゃないだろ。父さんの方こそ守れなくてごめんな」
「父さんは悪くないよ。ミクは気付いてるかな?」
「どうだろうな。今は警察署で待っててもらってるんだけど、父さんと一緒に誘拐犯の電話を聞いてたから心配しているかもな。もしかしたら、誘拐というものを知らなくて何だろうって思ってる可能性もあるけど、拓海がいなくなったって事は理解しているみたいで心配はしてたぞ」
「そっか、後でミクにも謝っとかないとね。そろそろ病院に着くみたいだから切るね」
「ああ、何事も無いと思うけどちゃんと調べてもらうんだぞ。あとでミクと一緒に病院に行くからな」
私は拓海の声を聞いて心の底から安心していた。指定された場所についても何も連絡が無かったこともあって最悪の事態を思い浮かべていたりもしたのだが、それだけは免れたという事でほっとしていたのだ。
飲みかけのコーヒーを手に取って一口飲んで深呼吸したところで窓をノックされた。私は油断していたという事もあって突然のノックに驚いてしまったのだが、外を見ると警察署で見た刑事さんが二人立っていたのだ。
「突然すいません。警部から連絡がいってたと思うのですが、これから署まで移動していただいてよろしいですか。もしよければ私が有村さんの代わりに運転いたしますが」
「あ、ああ、警察署までですね。はい、行きます行きます。えっと、運転を替わってくれるって事ですか?」
「はい、拓海君が無事に保護出来たという事で安心なさってると思いますが、有村さんはさっきまでずっと心配してストレスも溜まっていたと思いますので、運転のようなストレスのかかる行為を行うのも大変だと思いますし、よろしければ私が代わりに運転いたしますが。もちろん、無理に変わってくれと言ってるわけではないですが」
「いえ、お願いしたいです。さっきまでの緊張感と解放感で頭が働いてないような気がするんですよ。大丈夫だとは思うんですが、代わっていただけるなら嬉しいです」
私は車を降りて助手席に乗り込んだ。運転席に座った刑事さんはミラーやシートの位置を合わせると、もう一台の車の運転手に合図を送っていた。
おそらく、前を走っている車は覆面パトカーなのだとは思うが、警察署に向かっているこの間はサイレンを鳴らして走行することも無く赤信号で止まることも多かった。私は一刻も早く誘拐事件の詳細を聞いて拓海のもとへ行きたいと思っているのだが、さすがに刑事さんが交通ルールを破るような事はしなかったのである。
「私も詳細は聞いてないのですが、息子さんが無事に保護されて良かったですよね」
「ええ、皆さんのおかげで助かったみたいですね」
「それもあるんですけど、有村さんのところのミクちゃんの功績も大きいですよ。あの子が電話の違和感に気付かなかったらもう少し解決まで時間がかかったかもしれないですからね」
「それって、どういうことですか?」
「私は南ふ頭の出入り口を張っていたので直接見ていたわけではないのですが、連絡を聞く限りでは犯人がどこにいるのかというヒントをミクちゃんが見付けたみたいですよ」
私はこの刑事さんの言っていることを聞いてもどういうことなのかわからなかった。なぜミクが犯人の居場所を知らせることが出来たのだろうか。家族以外でミクが会った事のある人間なんて私の会社関係者で竹島君の送別会にいた人物くらいだろう。
刑事さんの運転で無事に警察署についたのだが、駐車場ではなく入り口前で私は車を降りて電話をしてくれた刑事さんの案内で署長室へと案内された。なぜ署長室なのかわからなかったが、とりあえず私はソファに座って待つことにしたのだ。
「無事に解決して良かったですよね。何より、拓海君が無事に帰って来てくれて私どもも一安心いたしましたよ。何より、有村さんのミクさんのお手柄ですからね」
「ミクが何かしたんですか?」
私はミクがどのような事をしたのか知らないのだ。詳細は署で伝えると言われていたのだけれど、いまだにそれについて説明も無い状態なのだ。おそらく、今からソレについて説明があると思うのだが、警察署に着いてからミクの姿を見ていないのも気になっていた。
「南ふ頭の周りを固める人員の他に情報を収集する班もいましてね、彼らは有村さんが録音してくれた音声に何か手がかりが無いか確認していたのですよ。するとですね、ミクさんが拓海君の声の奥に誰かの声が聞こえると言い出しまして、その音声を解析してみたところ、若い男性の声が拓海君の声の後ろでしていたのです。残念ながらその声の主が誰なのかわからなかったのですが、ミクさんはその声に聞き覚えがあったようで、声の主を思い出してもらうと有村さんの仕事仲間の竹島さんに似ているという事でした」
「竹島君は北海道の工場にいるはずなんで竹島君の声はありえないと思うのですが」
「そうなんですよ。ミクさんが以前お会いした竹島さんは間違いなく北海道の工場で働いていたんです。なので、竹島さんが拓海君を誘拐したという事はありえないのですが、その事が事件の解決に大いに役立つこととなったのですよ」
「それって、どういう事なんですか?」
「それはですね、有村さんの家にかかってきた電話番号を調べた事ですぐに繋がったのです。有村さんの家にかかってきた正体不明の番号は竹島さんの実家のものだったのですよ」
竹島君の家から電話がかかってきても特におかしいとは思わないだろう。竹島君と連絡がつかなくて北海道に異動する前は一番付き合いのあった私に竹島君の所在を確認することもあるだろう。
だが、私と竹島君が仲が良いという事を知っているご両親も竹島君と一緒に北海道に引っ越しているのだ。竹島君の家には竹島君はいないし、竹島君のご両親もいないのだ。
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